夢への第一歩を踏み出す津山尚大、海外挑戦への思い「2024年のオリンピックへ」

2019/11/11
Bリーグ&国内
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津山尚大

「この1年はカナダのハリファックス・ハリケーンズというチームと契約しました。そこで結果を残してヨーロッパを目指します」。そう語る津山尚大の表情は明るい。かねてから希望していたが海外挑戦がようやく実現するとあって希望に満ちている。ただ、「先発ポイントガードとして」という好待遇のオファーを蹴ってまで、なぜ彼は日本を飛び出すのか。その真意を聞いた。

「外国人選手と日頃からマッチアップすることが大事」

──クラウドファンディングでの海外挑戦、これは全く新しい形で驚いたのですが、まずは海外でのプレーにそこまでこだわる理由を教えてください。

ただ上手くなりたいという単純な思いです。海外に行けばそれで上手くなるわけじゃないんですけど、レベルの高いところに行くことによって、その経験が自分のキャリアに生きると思いました。単にスキルだけじゃなく、バスケの考え方やIQ、フィジカルもそうですし、一番は言葉の通じない中で自分がどう表現していけるか。ポイントガードとしてのコミュニケーションはスキル以上に学べるはずだと思っています。

──それはBリーグでは経験できないと判断したのですか?

日本にいるとどうしても日本人同士のマッチアップになるので、それはそれで良い面もありますが、僕は外国人選手と日頃からマッチアップして、フィジカルやスピードで立ち向かうことが大事だと思っています。

──津山選手がプレーヤーとして目指すスタイル、思い描くキャリアはどんなものですか?

スピードもフィジカルもシュート力もパスもある、すべて揃った理想のポイントガードになりたいです。さらにリーダーシップの面もクリアしていけば、2024年のオリンピックに28歳で出られると思います。シーズンを通して海外のリーグでプレーする、というのを3年間続けて、日本に戻って沖縄でプレーして2024年を迎える。これが理想ですね。

──なるほど。では、クラウドファンディングを使った理由を教えてください。

まずはお金の面で協力していただきたかったこと、もう一つは僕のクラウドファンディングをやってくれている方々と話すうちに、僕が海外でプレーしても情報が伝わらないのではダメだと感じるようになりました。自分が沖縄を出て世界でやっているんだと、沖縄の子たちに情報発信したいんです。そのために沖縄でクリニックとかもたくさんやって、支えてくれる皆さんと接点を保ちながらバスケで成功することで、恩返しもできると思いました。

津山尚大

「この1年は成功するイメージを持ってカナダで勝負する」

──NBAでプレーする渡邊雄太選手や八村塁選手は同世代です。海外を意識するきっかけは彼らの成功よりも前だと思いますが、何か特別なきっかけがあったのですか?

今も彼らには刺激をもらっていますが、僕が世界を意識するようになったのは高校3年の時、U18日本代表で行ったヨーロッパ遠征でのトルコ戦です。12人中10人が身長2mを超えてて、そのメンバーがオールコートのプレスを掛けてくる。その時は70点差で負けたんですけど、初めて同級生に恐怖を感じたというか、同じ年齢でこんなに差があるのかと衝撃を受けました。

しかもそのトルコに勝ったアメリカが、全米のチームじゃなくて州の代表みたいなチームなんですよ。「マジかあ!」って(笑)。上には上がいるんだと思い知らされましたね。でも同時にすごくワクワクしたんです。

──今回、Bリーグのクラブからのオファーもたくさんあったのでは? 一方で海外に行くとなれば年俸などの待遇面はほとんど望めません。日本にいればプロとしてキャリアを築き、十分な報酬も得られるのに、その機会を捨てることに葛藤はありませんでしたか?

何チームからかオファーをいただいて、ありがたいことにメインのポイントガードとして使うという話もあって、少し悩みました。でも、それ以上に海外に行きたい気持ちが強かったんです。自分の気持ちとしては去年から海外に行きたかったので。Bリーグの中で移籍して、24歳で主力で使ってもらえれば良い思いはできるでしょうが、自分の本当にやりたいことができなかったと後悔することになると思いました。

──海外挑戦の気持ちは、高校3年から今まででブレることはなかったですか?

以前は周りから「2020を目指して頑張って」とよく言われました。しかし、自分の実力もまだまだだし、実際に代表にも入れないもどかしい状況で、東京オリンピックのことを考えたら寄り道はできないし、モチベーションが上がらなくて海外に行く夢を捨てようと思ったこともあります。でも、ある人に「オリンピックはその後にもあるじゃん」と言われたんです。「2020に一生を懸けるなら日本に残るべきだけど、海外挑戦をした後のオリンピックでもいいよね」って。その人は何気なく言った言葉だと思うんですけど僕には響いて、すごくすっきりしました。

──海外に行って、2024年のオリンピックを目指す。その後どうするかも考えていますか?

いや、逃げ道は作らないほうがいいです。決めているのはそれだけで、這いつくばってでもそこに進みます。まずこの1年は成功するイメージを持ってカナダで勝負する、それだけです。

津山尚大

「ようやく決まった海外挑戦、絶対に成功させる」

──今回はカナダですが、その次のステップとしてはアメリカではなくヨーロッパをイメージしていますよね。アメリカじゃなくてヨーロッパ、これには理由があるんですか?

アメリカ人は身体能力が高くて、クロスオーバーの幅やスピードだったりは日本人が真似できるものではありません。ヨーロッパの選手は能力が高いんですけど、基礎がしっかりしている。パス一つ、スクリーン一つにしろ、足を置く位置や身体の角度、肩の向きとか、細かいところまでレベルが高いんです。自分もそこを学べば、海外リーグでもリングにアタックして得点できるポイントガードになれると考えています。

本当はヨーロッパのクラブに行きたくて、トライアウトを受けてでも行きたかったんですけど、そのルートがありませんでした。だからカナダで結果を残して、自分で映像を作って回して、練習生で受け入れてくれるチームでもいいから出てきたら行くつもりです。カナダでプレーしながら、そのアプローチは続けていきます。

──沖縄出身の津山選手は福岡でも寒い寒いと言っていたので、カナダの気候は相当キツいと思います。他にバスケ以外の面で不安なことはありませんか?

寒いのは苦手なので、バスケ以外では外出しないかも(笑)。しかも行くのは秋からなので寒いですよね……。語学については、沖縄で僕の叔母が英会話教室をやっているので、そこに週3回か4回で通っています。福岡でも山下泰弘選手に紹介してもらったスクールに通っていました。外国籍選手としゃべっていても、相手が何を言いたいかは分かります。あとは自分で話すことですが、バスケットの中では感覚でやれると思っています。

バスケを離れたプライベートの部分で自分が快適な環境を作ることが大事で、それがバスケットでも成功を収める秘訣だと思います。まあ、とにかく全力でやるしかありません。僕にとってはようやく決まった海外挑戦で、絶対に成功させなきゃいけないと思っています。いつかまた日本でプレーするつもりなので、その時はまたよろしくお願いします。