井手口孝

「もう毎日、何が起こるか分からない」と井手口孝コーチは苦笑した。昨年から残る主力が多い今年、福岡第一は安定したチーム作りができると思われたが、インターハイ出場を逃したことで楽観的な予想は覆された。ウインターカップ県予選の大一番を前に、主力の留学生がいなくなるアクシデントが起こるも、この大濠戦に今年最高のパフォーマンスを見せて大勝。ただしその後はU18日清食品トップリーグで3連敗と、急上昇と急降下を繰り返してきた。経験豊富な井手口コーチでも先の展開は全く読めない。「その都度ベストを尽くしていくしかない」と語る井手口コーチに、ウインターカップへの意気込みを聞いた。

「あの日の出来だったらどことやっても負けません」

──まずは新チームになってからここまでを振り返りたいと思います。大きな要素として、インターハイ出場を逃すという出来事がありました。

宮本ツインズのガード陣、センターのシー・ムサが去年から残っているので、「今年はそこそこ行けるだろう」という気持ちを5月31日までは持っていました。ところが6月1日にちょっと下手を打ってしまったというか(笑)。

──福岡大学附属大濠に51-58で敗れたインターハイの県予選ですね。これでインターハイ出場を逃し、その後は『地獄の夏』だったそうですが、実際どのような感じでしたか。

九州ブロック大会でウインターカップの枠を何としてでも取らなければいけないと、必死になりました。結果的にウチと大濠の決勝になってウインターカップの枠を持って来ることができて、優勝もできました。その後はインターハイと少し重なっている時期に台湾のカップ戦に招待いただいたので、そこに向けてチームを立て直しました。

台湾の遠征は、6月1日に自信喪失してしまった分を取り返さないといけないということで、3年生だけで行きました。崎濱秀寿のケガがあったりしたのですが、一人ひとりが積極性を取り戻すことができ、良い結果が出たんです。その後は8月に開幕するトップリーグに向けて、インターハイに出場できなかった分まで全勝優勝しようとという気持ちで練習しました。『地獄の夏』なんて言われているけど、そんなにバスケから離れてフィジカルばかりやったり、走っていたわけではないんです。

──そうやってチームを積み上げてきて、ウインターカップ予選の大濠戦という大一番の数日前にムサがいなくなるという事件が起きました。

朝練には来ていたんです。そこから「ムサがいない」と騒ぎになって、その後にムサから私に「申し訳ありません。個人的な理由でセネガルに帰ります」と連絡がありました。

──インサイドの大黒柱となるムサが抜けて、そのショックがまだ残る中で11月3日のウインターカップ県予選で、周囲の予想を覆して大濠に大勝しました。

11月3日は素晴らしかった。あの日の出来だったらどことやっても負けませんね(笑)。

井手口孝

「不覚にも試合の前から涙が出てきちゃってね」

──ムサがいなくなってから大濠戦までわずか数日、どんな工夫をしましたか。

1年生の留学生を入れて練習したのですがチームとして全然合わず、3年生がみんな「ソップ兄弟(ソップ・ハンソンとソップ・デビシー)でやらせてください」と言いに来ましたよ。ハンソンとデビシーは2年生で意思疎通もできるのですが、1年生はまだ福岡第一のバスケを理解しきれていない。だから彼らがそう言うのも分かるのですが、ハンソンとデビシーはサイズ的にも4番の選手なんです。私は「それでお前たちはすっきりするかもしれないけど、ウインターカップまで考えた時に留学生のいるチームとも対戦するから。だからこれでやる」と言いました。

「それで上手くいかなければハンソンやデビシーを5番で使うかもしれないし、あるいは藤田悠暉を5番、佐藤伶音を4番で3年生のスモールラインナップで試合をするかもしれない」と。こっちはそこまで考えているからと説明して、1年生の留学生に朝から付きっ切りでスクリーンとディフェンスを教え込みました。

もう試合前日まで嫌というほど練習をやりました。普段は試合前日だとケガが怖いので軽くしかやらないのですが、今回はもう徹底的に、私が納得いくまでやりました。そこまでやったら、あとは「負けても言い訳はあるから」と思うようにして(笑)。

選手たちには「やれることをやってみよう」みたいな感じで声を掛けていたのですが、チームの雰囲気が何となく良い方向にいっていると思ったら不覚にも試合の前から涙が出てきちゃってね。応援席の3年生から「先生、まだ早いよ」なんて言われたりして(笑)。

──絶対的に不利と見られていた県予選での大濠戦に圧勝を収めましたが、トップリーグではその後に鳥取城北、東山、大濠に3試合連続で大敗を喫しました。

油断ではないのですが、過信があったところに鳥取城北の一番出来の良い日が重なりました。翌日の東山との試合は、鳥取城北戦の負けを引きずってしまった。この時はハンソンとデビシーが家庭の事情で出場できず、ウチの1年生では相手の留学生に太刀打ちできませんでした。最後の大濠戦は、その前の試合で東山が負けて「勝てば優勝」の状況になったので、大濠の選手たちの目の色が変わっていましたね。ピークにある大濠と、どん底の福岡第一という戦いでした。

もう毎日、何が起こるか分からないという心境です(笑)。一番最悪なのは過去に何度も経験していますが、ウインターカップが始まってからケガ人が出ること。去年は準決勝で食当たりを起こして数名が体調不良になりました。何が起こるか分からない中で、その都度ベストを尽くしていくしかありません。

井手口孝

「見られていることを常に意識してほしい」

──『バスケット・カウント』が10年目で、高校バスケの取材をするようになって10年になります。この10年で高校カテゴリーの注目度もすごく上がりましたが、井手口コーチはこの変化をどうご覧になっていますか。

今が良い状態になったのは間違いないですね。だけど逆に言うと、良くなったことでの不安もあります。高校生に注目が集まりすぎて、高校生らしさを失ってしまった。具体的に言えばBリーグのプロ選手と同じようにジャッジに対してオーバーリアクションするとか、速攻を止めるためにアンスポぎりぎりのファウルをわざとやるとか。

プロ選手がやっているから小中学生もやっていいのか、となってしまうので、注目度が上がった分だけ高校生は良いバスケをしなきゃいけない義務がある。そうでないとバスケ界が良くなっていかないと思います。

──井手口コーチが考える「高校生らしい良いバスケ」とは何ですか。

やっぱりキビキビ動くことです。メンバーチェンジの時は走って行く、審判からボールをいただく時には礼をする、ファウルを吹かれたら手を挙げる。髪型も今は自由になって、学校の規則もなくなっていますが、高校生スポーツマンらしい姿はあるべきで、強いチームであればあるほど、小学生や中学生から見られていることを常に意識してほしいです。

──ウインターカップに話を戻しますが、今年の福岡第一は去年から主力を務めている選手が多い分、例年よりも安定しているように見えます。

去年のラインナップで八田滉仁と宇田ザイオンが抜けたところに長岡大杜と藤田悠暉を入れたので、大崩れはしないですよね。銀(山口銀之丞)や崎濱秀寿は去年からバックアップでやっていて、彼らをスタートにしても良いと思うのですが、決めたからにはやり続けています。それでも台湾で耀がケガをして、銀やトンプソン(ヨセフハサン)をスタートで使う起用もしてきたので、例年よりもちょっと懐深く戦えると思います。

──ウインターカップ開幕まであと2週間。今のチームの出来は何点ですか。

70点……なんだけど、これが100点になっても優勝できるかどうかは分かりません。今の段階で決して落第点ではないので、チャンスはあります。今年は他のチームを見ても本当にずば抜けて力があるチーム、どうやっても勝てないと思うチームはないような気がします。ウチもずば抜けて力があるわけじゃないので、1回戦から厳しい試合になることを想定して、ディフェンスのところ、しっかり走るところをもう一回やっています。

──トップリーグを見ていても、福岡第一への応援はすさまじかったです。ウインターカップで福岡第一に注目するファンの皆さんにメッセージをお願いします。

昨日は練習試合をやったのですが、県外も含めてたくさんの人が見に来てくださいました。そういう人たちが福岡第一に望むのは「高校生らしいバスケ」だと思うので、その姿をまずは見ていただきたいです。それで「楽しかった」とか「元気をもらえた」と言ってもらえるように頑張ります。