リオ五輪初戦で骨折、痛みをこらえて3ポイントを決めていた
トヨタ自動車アンテロープスの栗原三佳は、Wリーグ後半戦からの巻き返しを狙っている。リオ五輪中に起きた右親指の剥離(はくり)骨折から5カ月あまり。すでに術後のリハビリを終え、11月下旬から復帰しているが、これまではシュート感覚がつかめずに万全とは言えなかった。年末のリーグ戦で試合感覚を慣らし、オールジャパンで手応えをつかみ、ようやく、「復帰の第一段階まできました」と言えるようになったのだ。
昨年夏、栗原はリオの地で躍動した。日本代表は予選ラウンドでベラルーシ、ブラジル、フランスから3勝を挙げ、アトランタ五輪以来、20年ぶりとなる決勝トーナメント進出を果たした。栗原はその躍進の中心として、トランジションの速い展開からクイックモーションの3ポイントシュートを要所で決めて日本を勢いに乗せた。
その躍動感は『爽快シューター』からとった『ソウ』のコートネームそのもの。アベレージ12.7点(チーム2位)、3ポイント51.1%(チーム1位、全体3位)、リバウンド5本(チーム2位)という貢献度を見せた。
ただチームとしては、オーストラリア戦で金星を逃したことや、トルコの老獪さにやられことなど、試合テンポの調整や駆け引きについてはツメの甘さも目立った。多くの宿題を持ち帰った日本代表は、Wリーグでそれぞれの課題に取り組みながらプレーしている。吉田亜沙美、間宮佑圭、渡嘉敷来夢を擁するJX-ENEOSサンフラワーズは今まで以上の強さでオールジャパンを制し、髙田真希(デンソー)は得点とリバウンドで1位をひた走り、本川紗奈生もシャンソン化粧品のエースとして奮闘。三好南穂(シャンソン)、町田瑠唯(富士通)、近藤楓(トヨタ)は3ポイントシュート成功率で1~3位を占め、長岡萌映子(富士通)と宮澤夕貴(富士通)はフォワードしてプレーの幅を広げるシーズンになっている。
だが、負傷してしまった栗原だけは夏から前に進めずにいた。
信じられないことに栗原の負傷は、10本中6本もの3ポイントシュートを決めてチームを勢いに乗せた初戦のベラルーシ戦で起きたものだ。あれから5カ月。2次ラウンドからスタメンに返り咲いた栗原三佳の復帰はどう進められてきたのか。
「オリンピックで得た自信も振り出しに戻ってしまいました」
8月7日のベラルーシ戦、ディフェンスでダブルチームに行った時にアクシデントは起きた。相手との接触で指を引っ張られ、激痛とともに、右手親指の付け根の靭帯と骨は引き裂かれてしまった。
「ものすごい激痛でしたが、良い流れが来ていたので交代してほしいとは言えなかったし、自分の活躍で勝利をもぎ取りたかったので、必死にゲームを続けていました」
試合後にエコーを撮ったものの腫れがあまりにもひどかったために骨折と判明できず、『重度のつき指』という認識で、超音波や電気治療を受けながらプレーしていた。
大会中の練習では、うまくキャッチができない栗原に対してチームメートはバウンズパスを出す気遣いを見せ、極力シューティングを控えて本番に臨んでいた。それでも試合になれば、走り回ってはガード陣からドンピシャのパスを受け、確率の高い3ポイントシュートを決めまくった。激痛をこらえた原動力はどこにあったのだろうか。
「オリンピックが楽しくて仕方なかったです。誰よりも速く走ってパスをもらって打つ練習はヨーロッパ遠征からしていて、リオでも私が走ったところにリュウさん(吉田)がパスをくれるから思い切り打てました。練習と同じことができるから、打てば打つほど自信になっていましたね。痛くてもアドレナリンが出ていたみたいです(笑)」
栗原はオリンピック前年のアジア選手権で極度の不振を経験している。打てども、打てども3ポイントが入らず、気持ちよく決まったのは大差がついた中国との決勝での1本のみ。シュートが入らなかったことより、大会中に状態の悪さを修正できなかった反省が残った。
「キャッチしてシュートを打つことしかできなかったから」というバリエーションの少なさを反省し、次のシーズンには様々なボールのもらい方や打ち方の研究をして臨んでいる。その結果、試行錯誤した3ポイントシュートの確率は前年より落ちたものの、シュートバリエーションは増え、クォーターファイナルでは平均17.67点、リバウンド8.33本と高いスコアを残している。
そうした試練を乗り越えて迎えたオリンピックだっただけに、さあこれから、というところでの負傷はダメージが大きかったのだ。「いろいろと壁にぶち当たりますよね。今はオリンピックで得た自信も振り出しに戻ってしまいました。神様に『まだまだ頑張れ』と言われているみたいです……」
震える声を絞り出してそう語ったのは12月上旬のことだった。
トヨタ自動車が前進するには栗原のシュート力が不可欠
復帰後、調子がなかなか上がらなかった原因の一つに、指を開く可動域が狭くなっていたことがある。特に今の時期は寒いこともあり、右手を念入りにマッサージしないと親指の付け根のところが引っ張られて、手のひらがうまく開かないという。
そうした苦労を重ねながらも、オールジャパンでは復調の兆しを見せた。母校との対戦となった初戦の大阪人間科学大戦で、後半に突き放す連続3ポイントシュートで調子をつかむと、準決勝のJX-ENEOS戦では15分のプレータイムで4本中3本の3ポイントを決めている。そんな中で見えてきたのは、3ポイントだけにこだわらないことだ。
栗原は走ってシュートチャンスを作るタイプのため、リバウンドやドライブにも絡める脚力がある。オリンピックでの平均5本のリバウンドは渡嘉敷に次ぐチーム2位。「シュートがダメな時こそ、リバウンドやディフェンスで貢献しなきゃいけないということは、不調だったアジア選手権で学びました」と原点に立ち返っている。リバウンドに絡めるかどうかは栗原の好不調のバロメーター。事実、2次ラウンド2試合目のシャンソン戦では9リバウンドと奮闘。そして、待望の当たりがやってきた。5本の3ポイントを決めてチームを勝利に導いたのだ。
今シーズンのトヨタは、栗原とともにオリンピックに出場した近藤楓が安定し、近藤と同期の水島沙紀が台頭してきた。栗原不在でもその穴を感じさせなかったのは、同じポジションのこの2人が奮闘していたおかげでもある。しかし、今のトヨタは思いのほかスコアが伸びない。今チームが欲しているのは、苦しい時間帯にこじあけるような打開力や、たたみかける爆発力であることは明らか。それはまさしく、栗原の役目なのだ。
「オリンピックで痛みの中でシュートを決めたことは自分の貴重な経験になっているので、リバウンドを取ることからしっかりやって、あとは這い上がっていくだけです」
プレーオフに向けてのもうひと踏ん張り。今こそ栗原三佳の力が必要な時だ。
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