大神雄子

トヨタ自動車アンテロープスの大神雄子ヘッドコーチのインタビュー。後編では国内外でのプレー経験を持つ大神氏ならではの視点で、今後のスポーツ界、バスケ界、女子バスケット界の展望や課題について語ってもらった。

先人のおかげで現在のバスケ界の躍進がある

——パリオリンピック出場を決めた男子日本代表のワールドカップの戦いは、どのように見られていましたか?

ワールドカップはちょうど韓国で開かれたパク・シンジャカップの期間中だったので、日本中の熱を画面越しで見ていました。直接あの熱を感じられなかったのは残念ですが、男子代表の頑張りには刺激を受けました。

——東京オリンピックで女子が銀メダルを取って、ワールドカップでは男子が飛躍しました。日本バスケット界への周囲の期待はこれまで以上に大きく高まっています。

日本協会は2014年にFIBAから国際試合出場停止などの制裁を受け、協会を指導するタスクフォースができ、川淵三郎さんが旗振り役として変革した時期がありました。当時、私は現役を続けるか、引退するかという瀬戸際にいましたが、まずはあの時代を忘れてはいけないと思います。そして、当時JBAの会長を務めていた深津泰彦さんら、当時に大変な思いをした人、つらい思いをした人がいたから今があることを理解し、その人たちに感謝しなければいけません。

また、アンダーカテゴリーの躍進も重要でした。育成年代を指導される先生方が世界を見据えて『アジアでトップになる』と本気で取り組まなければ、今のような結果には至っていないと思います。全員でつかみ取った五輪の切符だったと思います。バスケ界のプロジェクトは良い方向に向かっています。協会がメソッドを確立したのであれば、他競技に伝えられればいい。日本スポーツ界の発展に貢献できると思います。

——6月にはFIBAの殿堂入りを果たしました。世界が大神さんを評価しました。

うれしいです。もしかしたら今回の殿堂入りは、東京オリンピックで女子が銀メダルを取ったことが影響したのかもしれません。積み重ねを辿ると、男子でミュンヘンオリンピックやモントリオールオリンピックに出た先輩たちがいてくださったのも大きい。バスケットボールは日本だけの競技でもなければ、現役のメンバーだけでやっているわけでもない。私も日本代表としてプレーしていた頃は、「先輩たちがやってきてくれたから代表として戦える」という思いが常にありました。

大神雄子、安間志織

Wリーグにインポートプレーヤーを導入してほしい

——安間志織選手や馬瓜ステファニー選手、男子の渡邊雄太選手や八村塁選手など、世界でチャレンジする選手たちも増えました。世界を目指す子供たちにメッセージをいただけますか。

野球漫画の『MAJOR』を引き合いに出させてください。主人公の茂野吾郎が「世界だ、世界だ」と連呼していたように、みなさんも目標をしっかり設定するのが大事ですし、できればその目標は高くしてほしいです。そして、大人たちが子供たちが高い目標に目を向けられるような環境を作ることも重要だと思います。子供たちにバスケットを教えることもそう。今回のパク・シンジャカップのような海外の大会に出場することもそう。日本が大会を誘致することも大事になります。

Wリーグで実施してみてほしいのはインポートプレーヤーの導入です。盛り上がると思うし、日本の選手たちは日頃から外国人選手と戦うことで、フィジカル面など様々なメリット・デメリットを知ることができます。そういうチャレンジはいいんじゃないかな。子供たちも「この選手はどこの国でプレーしていたのかな?」って海外に目を向けるきっかけにもなります。

——Wリーグは今後どこを見据えていけばいいと思いますか?

ビジネスとしてお金をどう生むかという問題もあり、どの競技、どの国でも女子スポーツのプロ化は難しいのが現状です。世界最高峰の女子プロバスケリーグのWNBAですら、NBAとは収入が全然違います。2020年に新しい労使協定が結ばれ、私がWNBAに在籍していた2000年代からサラリーは3倍ぐらいに上がりましたが、それでも男子との差はある。スポーツ大国のアメリカですら乗り切れていないわけです。

ただ、ジェンダーの問題に最もトライしているのはやはりアメリカです。びっくりしたのは、NCAAの女性コーチの契約。先日、キム・マルキーがルイジアナ州立大と10年3200万ドル(約45億円)の契約を結んだとニュースで知りました。少し前にはドーン・ステイリーもサウスカロライナ大と7年2200万ドル(約33億円)で契約しています。夢がありますよね。自分も同じ女性のヘッドコーチですから、10年3200万ドルという契約には憧れます。ベッキー・ハモン(WNBAラスベガス・エーシズヘッドコーチ)も1年で100万ドルです。1億4000万円です。こういった傾向は選手の報酬にも絶対に影響が出てくると思いますし、そうなれば選手たちにとっても大きなモチベーションになりますよね。そうじゃないと女子プロバスケットボール選手を目指す人はいなくなります。「YouTuberで簡単に1億円」ならそっちを選ぶじゃないですか。

大神雄子

3分のプレーでインパクトを残せる選手こそがスター

——確かに、最近はバスケット選手からYouTuberに転身する人が増えてきました。

自分で起業できる時代になってきているし、そういう職業を目指す人たちが増えてきました。だからこそこれまでとやり方を変えないと。スポーツ選手という職業の優先順位が下がれば、発掘も難しくなりますし、競技力も落ちてしまう。日本は中国のように人口が多い国ではないわけですから。

——八村塁選手や河村勇輝選手のようなスターを育てることも、女子バスケット界の発展につながるのでは?

そう思います。ただ、個人スポーツなら目立たせられるんですけど、日本人は良くも悪くも「まずチームが主だよね」となりますから、「この選手を売り出そう!」みたいな考え方を誰がするかですよね。

——現役時代の大神さんは「Wリーグといえば大神」という印象でした。

多分、チームと内海知秀ヘッドコーチがそういう方向性で私のプレータイムを伸ばして、スターを生み出そうとしていたんだと思います。

——ヘッドコーチとして、同様の考え方はお持ちですか?

今のバスケットボールは私の現役時代とは異なり、1人の選手が40分間を通して試合に出るというものではないので、「(前編で紹介した)スーパースターはいないけど…」という表現になるのかもしれません。ただ、3分のプレータイムでもインパクトを残せる選手は残せます。それがスター性というものです。トヨタなら安間、山本(麻衣)、横山(智那美)がそういう選手だと思います。

——最後にファンの方々にメッセージをお願いいたします。

今年のスローガンは「アンテロープス・ウェイ」です。チームの目標はリーグ優勝、そして皇后杯優勝を掲げています。自分たちにしかできない「way」を築いていきます。選手だけじゃなくてスタッフ全員で成長していくチームを掲げているので、その成長を、シーズンを通して一緒に見て、応援してもらえたらうれしいです。