ドリアン・フィニー・スミス

カイリー獲得の代償は、戦術面の柔軟性をもたらす『忠実なる黒子』

カイリー・アービングのトレード要求が公になってから、マーベリックスとの交渉が成立するまであっという間でした。このトレードをマブスから見ると、ドリアン・フィニー・スミスを放出したことが大きな衝撃です。ドラフト外から契約を勝ち取ったマブス一筋の働き者は、キャリア7年目にして新天地へと旅立つことになりました。

ルカ・ドンチッチが表の主役なら、フィニー・スミスは影の主役ともいうべき存在であり、またダーク・ノビツキーの時代からドンチッチの時代へとマブスのカルチャーを引き継いだ存在でもあります。動かないエースの代わりに誰よりも走り回り、エースがディフェンスでサボりがちな分をカバーしながらエースキラーもこなす。スーパースターの輝きを際立たせる『忠実なる黒子』として働き続けてきました。

フィニー・スミスの主たる仕事はディフェンスで相手エースを封じ込めること。これはルーキーシーズンから変わっていませんが、その間にNBAの戦術は大きく進化し、マンマーク以上にカバーリングやローテーションの重要性が高くなりました。それは高さ以上に広いスペースを守れることの重要性が高まったことでもあります。フィニー・スミスはマブスが好むダブルチームやトラップディフェンスなどの積極的な仕掛けの起点役になるだけでなく、抜かれた後のカバーリングや次のプレーを先読みしたローテーションなど、空いたスペースを埋める役割もこなし、単なるエースキラーではなく優れたディフェンス戦術を実行するキーマンでした。

昨シーズンのプレーオフで西のカンファレンスファイナルまで進んだマブスは、極端なスモールラインナップを採用しましたが、そのディフェンスは時にセンターのようなカバーリングを見せるフィニー・スミスがいてこそ成立するものでした。加えてオフェンスでもスクリーナーからコーナーでの3ポイントシュート担当に加えて、何度もオフェンスリバウンドに絡み、セカンドチャンスを作り出しました。特殊な戦術を構成するのに必要なマルチタレントぶりを遺憾なく発揮し、ある意味でドンチッチ以上に替えの利かない選手でした。

最初の2年間は30%以下、3年目の2018-19シーズンも成功率31.1%と苦手にしていた3ポイントシュートも、ここ2シーズンは40%近くまで上げ、マブスで最も安定したコーナーシューターへと成長しました。それも『待ち』のコーナーシューターではなく、トップでのプレーメークに絡んだり、ゴール下へのカットプレーを繰り返しながらコーナーへ移動してスペーサーの役割をこなします。その上でオフェンスリバウンドにもトランジションディフェンスにも顔を出し続けるスペシャルな働き者で、ドンチッチがレフェリーにクレームしている時のフォローも黙々と行っていました。

選手としての価値はアービングとは比べるべくもありませんが、フィニー・スミスはマブスの『魂』であり、ドンチッチとは全く違う仕事をこなす『相棒』でもあっただけに、このトレードでマブスは戦術面での柔軟性を失い、それは攻守に見えない『穴』になるはずです。ただ、そこまでしてでもドンチッチとアービングというスターを並べる可能性に賭けたトレードでした。

フィニー・スミスの新天地となるネッツは、このトレードでエースの一角であるアービングを失った代わりに、ウイングの層をさらに厚くすることに成功しました。フィニー・スミス、ロイス・オニール、そして渡邊雄太とドラフト外から這い上がってきたハードワーカーが、ケビン・デュラントの輝きを増幅させるために働くことは間違いありません。昨シーズン開幕時の『ビッグ3』から大きく形を変えて、残りのシーズンを戦うことになります。