ジョー・イングルス

個人技に依存しがちなバックスの戦い方に、知性で変革をもたらす

昨シーズンのバックスはNBA連覇を目指しましたが、プレーオフではクリス・ミドルトンがケガで欠場することとなり、ヤニス・アデトクンポを中心に最後まで食い下がったものの、カンファレンスセミファイナルでセルティックスに競り負けました。

ドリュー・ホリデーを含めたビッグ3だけで1億1000万ドル(約150億円)を超えるサラリーを支払っているだけに、1人でも欠ければチーム力が大きく低下してしまうのは避けられず、致し方のない敗戦でした。

シーズンを通してブルック・ロペスの欠場が長引き、ビッグマンの層が薄くなったことも響きましたが、皮肉だったのは前年にガードの層が薄かった反省からビッグマンを削ったことでした。優勝のためにはすべてのポジションに有力なベンチメンバーを揃えたいところですが、ロスターとサラリーに枠が設定されている以上、すべてを揃えるのは不可能です。そんなバックスには複数のポジションを埋められるユーティリティプレイヤーの獲得が必要でした。

迎えた今オフは現状維持が精一杯で、補強に動くことすら難しい状況でしたが、たった1人の新戦力であるジョー・イングルスの獲得だけで、すべてが解決したように感じます。これまで不在だったユーティリティプレイヤーの補強は、選手層の強化だけでなく戦術的にも柔軟性を与えるため、これ以上ない完璧なワンポイント補強と言えます。

身体能力の低さを補って余りある知性を持つイングルスは、3ポイントシュート成功率40%を超えるウィングシューターであるとともに、適切な判断力でアシストを量産するポイントガード役にもなれるため、ホリデーとミドルトン双方のバックアップ役をこなせます。

さすがにビッグマンの代役はできませんが、インサイドのダーティーワークも嫌がらずにこなすため、いざとなればアデトクンポをセンターにしたスモールラインナップへと移行することも可能です。普段はシューターとして機能し、主力の欠場時には代役となり、ラインナップの柔軟性も作れるイングルスは、バックスが王座を奪還するための『強力なピンポイント補強』でした。

ユーティリティ性以上に期待したいのは、試合終盤の緊迫した場面になればなるほど、個人技に依存していくバックスの戦い方に変革をもたらすことです。身体能力の低いイングルスに『強引な突破』という選択肢はなく、常にディフェンスの動きを観察して逆を取るプレーをしてNBAで生き残ってきました。それだけに、起点役としてコンビプレーで崩したり、アデトクンポを囮にしたパスで決定機を演出するなど、バックスにはなかったチームプレーを作り上げるはずです。

アデトクンポの問答無用な突破力と、鮮やかにディフェンスを崩すイングルスの知性が絡みあえば、ディフェンスするのは不可能にすら感じます。

バックスは近年の成功もあって、次々とアシスタントコーチを引き抜かれているのも1つの悩みになっています。しかし、新シーズンはコート内にもコーチが存在することになるでしょう。イングルスの獲得は単純なスタッツ以上に、ユーティリティ性による選手層の改善、ラインナップの柔軟性、強引過ぎる試合終盤の戦い方の改善と、その知性がもたらす様々なプラスアルファが期待できる完璧すぎる補強になります。