先日、川崎ブレイブサンダースは2つの大きなプロジェクトを発表した。京急川崎駅に隣接されたビルにチームオフィスも入る複合文化施設『カワサキ文化会館』、今秋に駅近の商業施設ラ チッタデッラ内にクラブ直営のバスケットボールコート『KAWASAKI BRAVE THUNDERS COURT』をそれぞれ開業する。今回に限らず川崎は、これまでも地元自治体やパートナー企業と様々な取り組みを行ってきた。予断を許さない部分はあるにせよ、世の中がアフターコロナへと進みつつある中、ここからどんな戦略でチームをさらに成長させていきたいのか元沢伸夫社長に聞いた。
「バスケットボールがもっと文化として成長していかないと、事業として成長はない」
――新型コロナウィルスについての社会情勢が変わり、1年前ではできなかった今回のような事業を発表できる状況となりました。この点についてどう感じていますか。
コロナ禍では不可能だったイベントや発信ができるようになったので、限られた時間の中でスピーディーに実行していきたい。ようやくそれができるようになってうれしく思います。あとこのような話は、僕らだけの力でできることはほとんどなく、パートナーさんと一緒にやらないとできません。そして、川崎という街がエンターテインメントを応援してくれる風土があるおかげなので、僕らがうまくやっているというより、その風土とパートナーさんに感謝しかないです。
――この2つのプロジェクトだけでなく、川崎は地域に密着した取り組みが他のチームと比べても多い印象です。これはチームの戦略としてかなり意識していますか。
元々、DeNAとしてスポーツ事業に参加する際、もちろん勝つこと、お客様とスポンサー様を増やすことは大事ですが、それだけを目的としているわけではないです。街づくりと言うのは大げさですが、スポーツを使って街の中にどれだけ溶け込めるのか。単純にバスケットボールをやるだけでなく、スポーツで地域を良くしていくための事業をそもそもやるつもりでスタートしているので、常に戦略構想としてこういう話はあり、いろいろと仕掛けています。
――カワサキ文化会館にチームオフィスを移転するのは大きな決断だと思います。必然的にホームゲーム以外でも地元の人々、そしてファンと触れ合う機会が増えると予想されます。
まず、バスケットボールがもっと文化として成長していかないと、事業として成長はないと思っています。そのことをうちのスタッフ全員に体感してもらいたいことが、オフィスの移転にも関係しています。ブレイブサンダースはバスケットボールをやっているだけでなく、街のいろいろな要素を担っていくクラブになることを目指しています。これを口で言うのは簡単ですが、実際に体感しないと分からない部分はあることも影響しています。
――過去2シーズンは、コロナ禍で入場制限などいろいろな制約がありました。この逆境の中で得た収穫、知見はどんなものがあったのでしょうか。
逆説的になりますが制限があったからこそ、よりいろいろな企画、イベントが研ぎ澄まされていったと思います。コロナ禍の前ならなんとなくやっていたことも、これは絶対に進めないといけない、これは違うと取捨選択をより的確にできようになりました。
また、SDGsとデジタルマーケティングはブレイブサンダースの代名詞と呼べるくらいになったと思います。デジタルに関しては多くのタッチポイントを作ることで新しいファン層の開拓に加え、既存のファンの方にも楽しんでもらえています。SDGsはコロナ禍の中でもたくさん活動できたことで、これまで接点がなかった企業さんとも繋がることができました。
――昨シーズン終盤から観客制限がなくなりましたが、すぐにはかつてのように満員とはなりませんでした。観客の数については率直にどのような印象を持ちましたか。
制限が解除された当時はオミクロン株の感染が増えていた時期でもあり、仕方のないことですが皆さん慎重になられていて、思った以上に席が埋まらないなとは感じました。ただ、逆にそこから4月、5月にかけて観客が戻ってきて、チャンピオンシップという特別な舞台だったにせよチケット完売になったことのすごさも感じています。それでも、これで新シーズンに開幕から毎試合完売になるとはまったく思っていません。コロナ禍の前のようにアリーナを埋めていくには、経営努力を相当しないといけないとスタッフに号令をかけています。
そのためにもまずは来てくれた方の満足度をどう上げていくかが必要です。いつも応援してくださっているコアファンの皆さんが、次も必ず来てくれると思うのは大きな間違いです。そして試合内容はコントロールできないので、試合以外の満足度を高めないといけない。これはとてもハードルが高いです。もう一つは試合に来ていただく手段が何なのか、それをゼロベースで議論して開発していくことです。デジタルの施策だけでお客さんが来てくれることはまったくない。デジタルを通して川崎の存在を知っても、それだけでチームを好きになってくれるところまで到達するとは思っていないです。コアファンの皆さんに満足していただくとともに新規ファンも開拓しないといけない。これを両輪でやっていくのは本当に難しいですが、プロスポーツクラブとしてやらなければならないです。
「強い組織を作るには、自分たちで苦労して稼いでいくことが重要」
――ビジネス部門だけでなく、バスケットボール部門についても質問があります。ここ数年、リーグ全体として大企業がチームを買収し、選手獲得に多額の資金を投入するケースが増えています。結果としてコロナ禍でリーグ全体として売り上げが減っていく中でも、人件費が右肩上がりとなっています。この流れをどのように見ていますか。
僕らはDeNAグループとして独立採算でスポーツクラブを運営しています。今でもたまに誤解されるのですが、DeNAが親会社として川崎に多額の協賛金を入れることはないです。それはブレることのないチームのポリシーです。
親会社さんが多くの資金を投入するのは、それだけバスケットボールに魅力を感じてくれる訳で素晴らしいことです。一方で僕の考えは、中長期的に見て強い組織を作るためには選手の年俸を自分たちで苦労して稼いでいくことが重要、ということです。チャレンジする中でもちろん失敗することもたくさんありますが、そうやって本気で考えて動いていく苦労をしていかないと、プロスポーツクラブを運営する組織として強くなれない。そして、こういう経験を積んだ人が将来バスケットボールに限らず日本のスポーツ界を支えていく、というサイクルができると考えています。これからのスポーツ界を支えていく人を育てられる組織を作りたいと思います。
――川崎の大きな特徴は継続路線で、それはコーチングスタッフについても同じです。これは結果的にそうなったのか、それとも意図して編成していますか。
編成責任者の北(卓也)GMとも話して一致している考えで、まず今のチームスタッフに優れた人材が揃っていることもあります。また、僕らはファンの皆さんも含めてファミリーと呼んでいますが、このファミリー感が勝敗を決する大事な要素になると考えています。いずれメンバーが大きく変わることもあると思いますが今はその時期ではないです。今のチームの信頼関係は本当に素晴らしいもので、これを作っていくことは簡単ではありません。『このクラブで優勝できなかったらどうしたらいいんだ?』と思える良い雰囲気ができており、それを崩したくないです。
――あらためて新シーズンに向けて、ビジネス面における姿勢を教えてください。完全にコロナの脅威がなくなった訳ではなく慎重なスタンスなのか、それともどんどん攻めていきますか。
コロナ対策など守るべきところは引き続きしっかり守っていきますが、基本的には間違いなく攻めです。僕らはプロ野球のように大きな基盤がある訳ではないので、横ばいでは衰退していくばかりです。常にリスクを取って攻めていかないといけないです。
――最後に川崎ファンに向けたメッセージをお願いします。
チームとしては何としてもタイトルを取るために戦っていきます。事業においてはバスケットが発展していく環境を作っていきます。この両面でもっと日本のバスケットを盛り上げていくので一緒になって楽しんでもらいたいです。