取材=Dice(山口大輔) 構成=鈴木健一郎 写真=野口岳彦

シーズン途中にアルバルク東京に加入したジェフ・エアーズ。スパーズの一員としてNBA優勝を勝ち取った経験を持つ彼は、徐々にではあるが着実にチームを上向かせてきた。かつてアスレティックトレーナーとしてエアーズとともにスパーズで働いたDice(山口大輔)によるインタビューの第2弾。今回はMLBやNBAのマネジメントを経て、現在はアルバルク東京のマーケティング部門の一員として試合演出を担当するMorris(森岡浩志)も加わり、日本のバスケットボールとファンの関係性、アリーナの雰囲気作りをテーマに語ってもらった。

「試合には勝ったけど負けたような気分」だった開幕戦

Dice Morrisはこの1年、ずっとA東京の一員としてマネジメント側でチームを支えてきた。選手やコーチングスタッフと違った視点から、この1年での変化をどう感じている?

Morris 代々木第一体育館で行われた開幕戦は、A東京のみならずBリーグにとっても非常に大きな試合だった。日本のバスケットボール史上最も大きな試合だったと言っていいと思う。

Jeff 見た見た! コートがピカピカ光ってクールだったよ!

Morris そうだね。チームは連勝スタートを切ったんだけど、僕らとしては問題点が浮かび上がった試合となった。と言うのも、相手の琉球ゴールデンキングスはプロチームとして10年活動してきて、A東京とは全く違うファンベースを持っている。開幕戦当日は3000人ほどのファンが沖縄からはるばるチームの応援にやってきた。彼らの応援の仕方はすでに形があって、ものすごい盛り上がりでね。

Dice A東京は企業チームが母体だから、違いがあったということか。

Morris A東京サイドに赤、琉球サイドに白のTシャツが配布されて、赤と白で会場が分けられたんだけど、琉球の応援がすごく盛り上がっているから、赤いTシャツを着たファンもそれに引き込まれていってしまった。A東京サイドにはこれといった応援スタイルがなかったからね。A東京のマーケティングの人間としては、大きな問題に直面したと感じたよ。試合には勝ったけど、負けたような気分だった。

Jeff うん、そうだろうね。

昨年9月22日のBリーグ開幕戦。琉球の「白」とA東京の「赤」に二分された代々木第一体育館でチームは勝利した。それでもMorrisは「負けたような気分」に。

Morris そんな状況が、Jeffが入ってから変わりつつあると思っているんだ。以前からマーケティングサイドからは、ファンともっとコミュニケーションを取ってほしいと選手にはお願いしてきたんだけど、そう簡単に変われるものではなかった。でもJeffはそれを自然とやってくれている。

Jeff マーケティングサイドから働きかけるより、選手からファンに伝えようとするほうがずっと効果はあるものさ。

Morris そうなんだ。ファンが盛り上がってくれればチームの勝利への後押しにもなる。そしてチームが勝てばファンも増える。Jeffが入って以来、ファンとの距離が縮まっているのは僕から見ても感じられるよ。

Dice それは具体的にどういう部分で?

Morris 試合が接戦になった時とか、Jeffはよくファンを鼓舞する仕草を見せる。これは開幕戦で琉球の選手たちが自然にやっていたことなんだ。A東京の試合を見に来る人たちはまだバスケットボール観戦に慣れていない人も多い。Jeffみたいなコート上のリーダーが存在するとファンはより盛り上がりやすくなる。そして一緒に応援するという空間を共有することでバスケットボールをもっと好きになってもらえる。そんな空間をJeffはもたらしてくれていると思う。

Jeff そういう意味で、アスリートからファンに向けたコミュニケーションは本当に重要だね。でも、僕は結局のところ日本人じゃない。やっぱり(竹内)譲次や(田中)大貴、KJ(松井啓十郎)、(伊藤)大司みたいな日本人選手たちがファンを盛り上げられたら、僕らのアリーナはすごいものになると思うよ。

Dice やはり外国籍選手だけでは難しい?

Jeff そういう面もあるよね。どんなにファンが僕のことを気に入ってくれていたとしても、日本人でない僕があれこれやったところで「外国人らしいなあ」と思われてしまえば、一体感は生まれないから。でも日本人選手が感情を出せば意外性もあるだろうし、「一緒に」という気持ちになると思うよ。盛り上がりって、要するに一体感だから。

Morris そういう意味で今回のプレーオフは楽しみだよね。僕らの選手とファンとの間でどんなケミストリーが生まれるかが見れると思う。

結局、バスケットボールはエンターテイメントなんだ

Dice 2人の話を聞いていると、僕が初めて見たNBAの試合を思い出すよ。僕はインディアナ州立大学に行ったんだけど、ある日、インディアナポリスからそう離れていないという理由でインディアナ・ペイサーズの試合を見に行ったんだ。2002年だったかな。僕はもともとマイケル・ジョーダンにあこがれてバスケを始めたから、ブルズのライバルであるペイサーズ、特にレジー・ミラーは大嫌いだったけど。

Morris 嘘でしょ、レジーは僕のヒーローだよ!(笑)

Dice でもNBAは見たかったから会場に行ったんだ。それで試合が始まってすぐ、コート上でプレーするレジーを見た瞬間に、彼の虜になってしまった。彼のプレーはもちろんエキサイティングだったんだけど、それ以上に彼はファンを盛り上げるのがすごく上手だった。もちろんファンがレジーのことをよく知っていたというのはあるけれど、彼はファンと非常に近い関係を作り上げていたんだ。

Jeff それでMJからレジーに乗り換えたってことか(笑)。

Dice そうなんだ、自分でも驚いたよ(笑)。でも、あの経験があったからNBAのファンがあそこまで熱狂的に自分のチームを応援したがる理由、会場にわざわざ足を運ぶ理由が分かるんだ。テレビからは伝わらないものがそこにある。

Jeff 確かにそうだね。あの空気感、環境がバスケットボール観戦を癖にするんだ。自宅のテレビでの試合観戦はリラックスして楽しむことができる。ただ、快適すぎてバカ騒ぎをする気にはなれない。これがアリーナに行って、何千人もの仲間たちと自分のチームを応援するというのは、大きなファミリーができたような経験だ。それこそ、会場に行かなければできない経験だよね。そうやって『ホームコートアドバンテージ』が作られていくんだ。

Dice Bリーグの会場で特に印象的だったところはどこ?

Jeff 秋田に行った時には本当に驚いたよ。チームの成績が良いわけではないんだけど、ファンがとてもクレイジーだった。試合中ずっと声を出して応援し続けるんだ。最高の環境だよ。栃木のファンも素晴らしい。この前の水曜開催の栃木戦では信じられない光景を見たよ。まるで栃木のホームゲームだった。

Morris そうだね。スタンドの40%ぐらいは栃木のファンだったと思う。

Dice A東京のホームゲームだったのに、ということ?

Morris 20%くらいはA東京のファンで、残りの40%はどっちのファンでもないって感じかな。だから前半は栃木のホームアリーナのような空気感だった。後半に負けていた僕たちが盛り返す試合展開もあって、どちらにも付いていなかった40%の人たちがA東京を応援しだした、という感じだった。

Jeff そうなんだ。Morrisの言うように、栃木のファンはもちろん盛り上がっていたけど、僕らがボールを持った時もものすごい盛り上がりになっていた。前半とは比べようもないくらいにね。結局、バスケットボールっていうのはエンターテイメントなんだ。ファンは一日の2時間か3時間を僕らのプレーを見るために費やす。それは何か非現実的で楽しいことを経験するためだよね。あの時のファンはそんな経験をすることができた。本当に白熱した空間だった。

Morris それがここ最近の数試合と開幕戦との大きな違いだ。ファンが会場を出るときの顔を見ると、チームが負けたにもかかわらず楽しんでくれたのが分かる。中には「本当に楽しかった」とわざわざ伝えてくれるファンもいたぐらい。試合に負けて悔しいけど、ファンは楽しんでくれた。また家族や友人を連れて来てくれると期待できた。

僕らを知ってもらうことが、応援するきっかけになる

Dice ちょうど1年ぐらい前に、妻と一緒にNBLの試合を見に行ったことがある。良いカードなのに白熱した空気がなくて、試合が始まって少ししたら妻が「もう帰る?」と聞いてきたぐらい。でも、先日のA東京の試合は違った。11カ月の子供も一緒だったから、そのへんはちょっと大変だったんだけど(笑)、妻も楽しんでいたよ。

Jeff アリーナの雰囲気についての感想はどうだった?

Dice さっきMorrisが言ったことを僕も経験したよ。前半は千葉の応援ばかりが聞こえていたけど、後半にはA東京のファンも盛り上がって「ホームコート」の空気感になっていた。リーグが変わったことが大きいんだろうけど、選手のインテンシティや姿勢の変化がファンにも好影響を与えていると思って、それはすごく面白かったよ。しかも、そうやって成長している日本のバスケットボール界にJeffがいることがまたうれしかった。

Jeff そりゃそうだ。僕らはスパーズでずっと一緒だったし、しかもチャンピオンシップまで勝っている。特別な感情にならないわけがない。そうでなくても、一度会場に足を運んでもらいたいね。そこでの経験は特別だから。そう思って僕は毎試合後できるだけ多くのファンにサインしようとしているんだ。覚えた日本語をできるだけ使いながらね。それがファンたちにとってはパーソナルな経験となるはず。そのためなら僕の一日のうちの20分や30分なんて余裕で使っちゃうよ。ファンは僕らにとって本当に大切な存在なんだ。

Morris A東京とファンの関係は着実に良くなっていると思う。Jeffには期待しているよ。

Jeff 僕らは東京をホームとしている。日本で最も人口の多い都市なんだから、理論的に言えば日本一ファンが多くなくちゃいけない。でも、まだそこまでは行っていないよね。良くなってはいるけど。ただ、今は試合会場の小ささが実は良いんだと思っている。あのサイズがファンと選手の距離を縮めてくれるんだ。NBAの2万人収容のアリーナは大きすぎて、一体感を生むのが大変になってしまう。でも代々木第二が100%僕らのファンで埋まったらどうなる? 相手のファンは来るのを嫌がるようになるかもね。その一人が「ディーフェンス!」なんて言っても、周囲を取り囲んだA東京ファンの声にかき消されてしまうような。そんな状況を目標にしなきゃ。

Dice ファンとの絆を強くするために、試合中に煽って一体感を出したり、試合後にサインしたり、いろいろとやれることはあるよね。

Jeff 選手とファンが接する場所が増えるのであれば何でもいい。チャリティーに参加するとか、試合後に募金を募るとか、学校を訪問するとか。とにかくファンに選手のことを知ってもらって、気にかけてもらう機会を増やしていかないと。僕らの人間性を知ってもらうことが、ファンが僕らを見に来て、応援するきっかけになる。どんな人間か、どんな選手かを知ってもらうことが、応援する一番のベースになるんだ。僕だってスパーズのメンバーが頑張っているのを見たり、ジェームズ・ハーデン(アリゾナ州立大学でチームメイト)が良いプレーしてるのを見るとすごくうれしくなる。選手を知ることは、試合をより楽しむためにもすごく大事なんだ。