2022年も『日本バスケ界の顔』となるトム・ホーバス独占取材(前編)「54年間の人生の中でも屈指の楽しい1年となりました」

2022年も『日本バスケ界の顔』となるトム・ホーバス独占取材(前編)「54年間の人生の中でも屈指の楽しい1年となりました」

2022/01/01 08:00
トム・ホーバス

2021年の日本バスケットボール界を代表する顔はトム・ホーバスだった。女子日本代表ヘッドコーチとして東京オリンピックで銀メダル獲得の快挙を成し遂げたことで、スポーツの枠を超えニュース番組やバラエティ番組など多くのメディアに出演し、一躍時の人となった。そんなホーバスの新たな挑戦は、世界的にも異例となる同じ国の女子から男子ヘッドコーチへの転身。2022年も日本バスケ界にとってのキーマンとなる彼に、昨年の振り返りと今年の抱負を聞いた。

「銀メダル獲得のインパクトがここまで大きいとは理解していなかった 」

──女子代表でのオリンピック、男子代表でのワールドカップ予選と忙しい期間を終えて、ようやくリラックスできていますか。

中国に連敗したので、リラックスはできないですね。あの2試合のことをよく思い出して、考えてしまいます。

──2021年はホーバスコーチにとってどんな1年でしたか。

2021年はこれまで経験したことがない、とても楽しい1年でした。オリンピックで銀メダルを獲得した女子日本代表チームの旅路は最高のものでした。男子日本代表のヘッドコーチに就任したのも素晴らしいことです。オリンピックで銀メダルを獲得した後、多くのメディアから取材を受けたのも印象深く、これまでの54年間の人生の中でも屈指の楽しい1年となりました。

テレビ出演については、「なぜ自分がこんなに出るんだろう?」という驚きがありました。ただ、こうやって女子バスケの知名度が上がったことはハッピーですし、そのために自分のできることは何でも協力したいという気持ちでした。いろいろな番組への出演は楽しかったし、バスケをいろんな人に知ってもらう機会を増やせてうれしかったですね。家族は日本にいたので、私がたくさんの番組に出ているのを笑って見ていて、私と同じように驚いていましたよ。

正直、銀メダル獲得のインパクトがここまで大きいとは理解していなかったです。メディアに出演するだけでなく、多くのビジネスパーソン、教育者の方々から反響がありました。それはバスケットボール以外のことで、最も驚いたことです。

──男子日本代表のヘッドコーチ就任は大きなサプライズでした。オリンピックの前から男子を指揮する考えはありましたか?

全く考えていませんでした。オリンピックの後、JBAからオファーを受けたことで初めて考えるようになりました。オリンピックのプレッシャーから解放された後、次の仕事について検討しました。男子日本代表は大きなチャレンジで、興味深いものだと思いました。この仕事を得られたことに興奮しています。

トム・ホーバス

「男子と女子の両方でオファーがあったら、とても難しい決断になった」

──オリンピックまでの道のりは、心身ともに本当にタフだったと思います。1年ぐらい休養するような考えはなかったですか。

私には家族がいるから、働かないといけない(笑)。それに私は仕事が好きなので、休養を取るつもりはありませんでした。

──オリンピックで結果を出したことで、女子バスケ界を代表する名将の仲間入りを果たしました。このまま女子の世界で、例えば母国アメリカでコーチをやる選択肢は検討しませんでしたか。

ヨーロッパからはいくつかオファーがありました。アメリカのエージェントや関係者とも話をしました。ただ、男子日本代表のオファーはすぐに決断する必要があって、アメリカからのオファーを待つことはできませんでした。私は日本での暮らしを気に入っているし、女子から男子のコーチになるのは稀なことで、面白いチャレンジだと思って決断しました。

──アメリカ代表の指揮官ドン・ステイリーはオリンピックの後で退任しました。自分が後任になりたいと考えたことは……。

それはないです(笑)。アメリカには本当に多くの優れたコーチたちが後任候補として控えていますから。

──より現実的な話として、コーチの自宅は西海岸のカリフォルニア州で、女子バスケでも全米トップクラスの強豪大学がいくつかあります。そういったチームを指揮してみたいと考えたことはなかったですか。

これに関しては何人かと話しました。ただ、オリンピックが終わった時点で大学のヘッドコーチ人事はほとんど決定済みで、大学で指揮を執るためには1シーズン待つ必要がありました。WNBAの仕事もあったのかもしれませんが、オリンピックが終わった時はまだシーズン中で、こちらも4カ月か5カ月は待つ必要がありました。私はそこまで待ちたくなかったです。

──パリオリンピックに向けて、女子日本代表を引き続き率いるという選択肢は考えなかったのですか。

男子と女子の両方でオファーがあったら、とても難しい決断になったのは間違いありません。ただ、私が望まれたことは男子を指揮することでしたし、それは自分でコントロールできるものではありません。女子の選手とは本当に深い関係を築き、素晴らしい旅を歩むことができたので、ここで離れると分かった時は辛かったです。しかし、コーチキャリアにおいては時にタフな決断をしないといけない中で、男子日本代表の仕事はとてもエキサイティングだと感じました。

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