レバンガ北海道

レバンガ北海道の橋本竜馬は5月に33歳になった。ベテランと呼ばれる年齢ではあるが、2020-21シーズンは59試合のうち54試合に出場し、自身の身体には「ここ数年でも一番良い」と自信を持っている。この好調を支えたのは、大塚健吾S&Cコーチ(ストレングス&コンディショニングコーチ)と二人三脚でのトレーニングだ。今回はその2人から『バスケット・カウント』への持ち込み企画。ファイナルが終わり、選手たちはつかぬ間のオフシーズンを経て、新シーズンへの準備を進めていくことになる。オフのトレーニングがいかに大事か、それがいかにポジティブなものなのかを、2人が語ってくれた。

レイアップの本数は倍増、着地で止まれる回数も大幅増に

──今シーズンはコンディションがすごく良かったそうですが、具体的にどんな部分でそれを感じますか?

橋本 46試合目を終えるまでケガをしませんでしたし、コンディションが落ちたと感じることもなく、ここ数シーズンでも一番良かったです。好調という定義がスタッツなのか何なのかは難しい部分ではありますけど、動きだったり体調、体重の管理をオフシーズンからやってきたことが、結果として試合の中で生かされていると思います。

──オフシーズンの準備が大事とはよく言われます。これまでのシーズンと何か変えたことはありましたか?

大塚 新型コロナウイルスで昨シーズンが当初の予定より早く終了したので、トレーニングも早くスタートさせることができました。4月からの3カ月間でトレーニングをして7月に入れたのが大きいです。竜馬と管理栄養士とストレングスとトレーナーで、オフに入った時点でまず課題をあぶりだし、こういうプレーができるようになりたい、という希望を聞きました。それがレイアップだったかな?

橋本 そうですね。宮永(雄太)さんが新しいヘッドコーチに決まって、自分の役割がどうなるかを想像した時に、もう少しスピードであったり、中に入っていく力が欲しいと話しました。それがレイアップやペイントタッチに繋がるのですが、それをやるためにどんなトレーニングをしていくのかを話し合いで決めました。

大塚 まずは筋肉量を増やし、その後に筋肉量を維持しながら体脂肪を落としていきました。スピードを考えた場合は体脂肪が重荷になるので、体脂肪だけ減らす作業を行いました。2週間ごとに体組成を測りながら、細かく食事とトレーニングをやりました。昨シーズンが終わった時に82kgだった体重が今は78kgです。数字だけ見ると大したことはないように感じるかもしれませんが、体脂肪は18%から13~14%に減っているので、写真を見比べたら明らかに分かりますよ。筋肉をつけて、筋力、そしてパワーの向上を行っていきました。

──身体を改造することで、プレーの面でこう変わった、という変化はありますか?

大塚 バスケットボールの動きへのアプローチとしては、まず「止まる」ことです。昨シーズンに行っていなかったわけではありませんが、止まり方や片足で自分の体重を支えられることとは何か? からスタートして、よりいっそうやりました。ハーフコートであの狭い空間に10人いる中で、自分の身体を自分でしっかり止めることができるので、次の動作がスムーズになります。

──その成果は、感覚ではなく数値にも表れていたりするものですか?

大塚 今回の取材が決まって、ビデオアナリストに数字を出してもらいました。ペイントアタック、レイアップに昨シーズンは22本行っているんですが、そのうち着地で止まれなかったのが7本ありました。それが今シーズン(3月20日、21日の大阪戦の前まで)は55本アタックして、着地できなかったのは3本です。これはもちろんチーム戦術の違いもありますが、アタックに行く前の重心移動やアタックに行く際の踏み込みがうまく行けている目安になるのかなと思います。オフシーズンの準備はもちろんですが、シーズン中もトレーニングを継続しないとコンディションが下がっていくので、過密日程で試合をこなす中でもきちんと挙げています。

橋本竜馬

「トレーニングも食事も睡眠も、まずは目標設定が大事」

──橋本選手としてはシーズン中にもトレーニングが増えるわけで、この取り組みは大変ですよね?

橋本 実際に大変ですけど、筋トレやスキルトレーニングなど自分に足りないものをやっていく中で、栄養と休息をしっかり取らないとコンディションが落ちます。この3つのバランスがあってこそコンディションは維持できると、この1シーズンで感じています。若い時に陥りがちなのは、やらなきゃいけないことに意識の8割が占められてしまい、他が疎かになる。「まだ疲れてないし大丈夫でしょ」と夜が遅くなり、それで朝が眠いから朝食を抜くだとか、そういったことが僕にも正直ありました。その大切さが本当の意味で分かったのはこの数年ですし、コロナが起こったことで自分の身体と会話する機会がちゃんと持てるようになって、これだけ食べたらこれぐらい体重が増えて、これだけ寝たらこれぐらい回復する、というのを自分で実感して、良いバランスを見つけていっています。それぞれ自分にあったやり方があるので、それをしっかり見いだすことが大事だと思います。

大塚 チームの栄養サポートをしていただいている栄養士の方と話していても、一人ひとりで消化吸収の能力が違うので、筋肉が付きやすい選手も体重が減りやすい選手もいます。竜馬が言うように、自分がどうやったらどうなるかのベースラインは人それぞれなので、それを見付ける手伝いがオフシーズンにできたのは大きかったですね。

──このトレーニングの話はプロ選手に限らず、10代の中高生プレーヤーにも当てはまりますよね。良いトレーニングをする、しっかりと続けるために大事なものは何ですか?

大塚 トレーニングも食事も睡眠も同じですが、まずは目標設定が大事です。中学生や高校生にはまだ少し難しいかもしれませんが、プロ選手でも同じで、ただなんとなく「トレーニングやりましょう」ではどこかで話が止まってしまうんですよね。そこで僕から「試合に何分出たいの?」とか「どんなプレーがしたいの?」とただ聞くだけだと押し付けになってしまうこともあるので、聞き方が大事だと思います。あくまで選手がいるから僕たちがいるので。そこで例えば選手から「あと何年やりたい」とか「もっと跳べるようになってリバウンドの数字を上げたい」という話が出れば「そういう目標なら、こうしよう」というディスカッションに繋がります。まずは自分がどうなりたいかの目標を設定する。そしてトレーニング、食事、睡眠それぞれの習慣を作っていく感じですね。

橋本 「こうなりたい」という目標が明確な選手はやりやすいと思います。僕は健吾さんにプログラムを作ってもらっても、分からないことがあれば聞くし、違うと思えば指摘するので、バランスが合っていると思います。ですが選手の中には引き出してもらわなきゃいけないタイプもいますからね。

大塚 僕からしたら、自分のなりたい姿が明確じゃないのは苦しくないのかな? と思います。競争は激しいし、毎年上手い選手がどんどん入って来るのに「よく分かんないけどとりあえずトレーニングします」という受け身の選手がいると「それで大丈夫?」と思っちゃう。そこに寄り添えるようになるのが今後の課題です。「俺はここにいつでもいるよ」というメッセージは飛ばしているんですけど、難しい(笑)。

橋本 健吾さんの愛は伝わりにくいかもしれませんね(笑)。ただ実際、やるからには課題も疑問も出てくるはずなんですが、ぼんやりしていて気付かない選手がいるからS&Cは難しいんだと思います。チームとして全員を包括したトレーニングをやることで補える部分もありますが、課題を持っていない選手に対して、そこから先には入っていけないですから。

橋本竜馬

「科学を用いてアドバイスする」ことの重要性

──S&Cコーチの重要性は昔と比べて変わってきていると思いますか?

橋本 フィジカルという言葉の意味がすごく重くなったと思います。中国のワールドカップに日本が出て篠山竜青選手がフィジカルの課題を話していたし、Bリーグでも外国籍のポイントガードが増えて、フィジカルがいろんなことに繋がることが分かってきました。体重があれば当たりが強いわけじゃないし、かわす技術もフィジカルの一つだと思います。ただ単純に体重を増やす、ウエイトの重りを上げるのではなく、バスケットボールの実際のプレーに合ったものを僕たちにプレゼンテーションしてくれるのがS&Cだと思っています。

大塚 フィジカルコンタクトはS&Cの領域になりますね。ただこのテーマで話をするときはチーム内や個人間で言葉の定義づけをする必要があると思っています。仮に同じ言葉を使っていても、使う人が思い描くシーンやプレーは違ったりします。あとフィジカルコンタクトを「フィジカル」と「コンタクトスキル」という2つの言葉を使い分けているんですけど、コンタクトスキルはスキルなのでコーチの領域にもなります。実際に、龍さん(小野寺龍太郎アシスタントコーチ)が竜馬と取り組んでいたドリルはとても大事だと思います。1シーズンの試合数が増えて水曜ゲームも多くなりました。コンディションを考えた時に、コーチングスタッフと話して練習の負荷や1週間の波を考えたり、選手のプレータイムをどうコントロールするかに関してしっかりと伝えていくこともチームによってはS&Cの役割になるかもしれません。自分の経験や勘だけを頼りにするのではなく科学を用いてアドバイスするのは大事だと思います。

橋本 それは絶対に必要ですよね。水、土、日と試合が続くスケジュールに対して何も知識がなかったら、僕も「休んだ方がいいでしょ」って絶対なります。でも逆に、ケガを予防するためにはこういうトレーニングをした方がいいと教えてもらえます。その重要性を選手も理解して一緒に進んでいくのがすごく大事で、S&Cだけじゃなく栄養士の先生もトレーナーも含めてやっていくことが必要不可欠なリーグになっていると思います。

──いろんな経験をしてきた上で、若い年代のプレーヤーに伝えられることはありますか?

橋本 子供たちは保護者の助けがどうしても必要ですが、練習では積極的でも栄養と睡眠が疎かになりがちです。僕も中学の時は百道まで通っていて、19時に練習が終わって1時間半かけて帰るので栄養を摂取するまでの時間が空いていました。中学で大ケガをしたのも、そういうことが関係していたんじゃないかと思います。バランスを整えた上で練習もしっかりやっていく、それは保護者であったりコーチであったり、周囲が教えていかなきゃいけない。上手くなりたければ練習と同じだけ栄養と睡眠も必要なんです。

大塚 トレーニングで自分のパフォーマンスが上がると、自分が持っている可能性を信じることができます。「俺、もっとやれる!」と思える未来は明るいですよね。ですが、何かの罰で腕立て伏せをやらされたり走らされたり、トレーニングにネガティブなイメージがつくことがすごく多いと思います。でもそれはトレーニングの使い方を間違っているわけで、すごくもったいないですよ。トレーニングは本当はすごくポジティブなものです。年齢やレベルに関係なく、自分の体を動かすことに代わるものはないので、みんな楽しく運動してほしいです。トレーニングをちゃんとやる習慣をつくり、カルチャーとして根付くことが大切です。プロ選手に対してそれを作るのがS&Cの役目だと思っています。それは選手のパフォーマンスの向上だけじゃなくて、長い目で見て選手寿命が延びることにもつながるし、リーグ全体の発展にも繋がります。だからトレーニングはちゃんとやりましょう、カルチャーを作っていきましょう、と声を大にして言いたいです。

──大塚コーチは橋本選手の選手寿命をどこまで伸ばせると思いますか?

大塚 49歳まで。

橋本 折茂さんじゃないですか!(笑)