小野秀二

全国制覇58度の名門、県立能代工業は今年のウインターカップではいつも以上にスポットライトを集めている。それは来春に能代西と統合され能代科学技術高校となることで、『能代工業』の名前で挑む最後の全国大会となるからだ。ただ、そういった哀愁に浸っているのは外野であり、今のチームは新たな歴史を紡ぐため虎視淡々と上位進出を狙っている。選手、監督の両方で日本代表を経験し、数々の名選手を輩出している同校OBの中でも際立つ実績を残し、2018年からチームの指揮を執る小野秀二コーチに、コロナ禍におけるチーム作り、ウインターカップへの意気込みを聞いた。

「私たちは相手より1秒、1歩でも攻守の切り替えを速くする」

──まず、ウインターカップが開催されると決まった時はどんな気持ちでしたか?

うれしかったです。みんなうれしかったと思います。今年は先輩たちからも「お前たちの代は強いぞ」と言われていました。私自身も一緒に3年間やってきて、だいぶ考え方が浸透してきたこのチームがどうなるのかと楽しみにしています。今の3年生は、年齢制限の変更で昨年の国体もプレーできていない。そこにコロナ禍によってインターハイもなくなってしまった。ウインターカップだけでもと祈っていたので、それが叶って本当にうれしかったです。

──組み合わせが決まったことを受けての率直な思いをお願いします。

いつもと同じですが、はっきり言って我々は強くないので、目の前の一戦一戦でしっかり自分たちのやってきたこと出し切ることを選手たちには求めています。それは難しいバスケットボールではなくて、走る、トランジション、ルーズボールに飛び込むといった原点としてやってきていることです。そこがなくなると能代工業のバスケではないとは考えています。

──コロナ禍で自粛していた期間は、どんな部分を大切にしたチーム作りを行っていましたか。

どこのチームも同じですが、私たちも選手たちのモチベーションを高く保つのが非常に大変でした。あの時にできたのは個の力を高めることで、それはバスケットの能力だけに限らない。今までの自分のバスケット人生、ミニバスから始まって中学校時代も含めてもう一回振り返って自分自身を客観視してもらう。また、今の子たちは映像を見ることが多く、文字を読む機会が少ないと感じていたので、本を読んで読書感想文を書くなどいつもと違うアプローチを行いました。

読書に関しては、活字を読んで自分の中でイメージを映像にすることはバスケットのプレーに繋がっていると思っています。日立サンロッカーズでヘッドコーチを務めていた時、佐藤稔浩という非常に読みの鋭い、スマートなガードがいましたが、彼はよく読書をしていました。読書から映像をイメージすることを一回やらせたいと思っていた中、今回はそのチャンスでした。それぞれいろいろな本を読んでいて、子供たちはこういう考えを持っているのかと面白い発見もありました。

──県予選で久しぶりの実戦を戦ってみて、難しいものになることは想像していた上で感じたものはありましたか。

どこのチームも同じで、試合がなかなかできない状況です。選手たちは一生懸命プレーをしていますが、どうしても同じチームの中では手を抜いているわけではないですが相手のプレーが分かるので、悪い意味で先回りできるなどやるべきことをしなくても止めることができてしまいます。公式戦、練習試合と相手が他校であれば、いろいろとチェックできることができない。自分たちがどういうところにいるのか確認ができない状況が続いての県予選だったので、選手たちもそういった部分では少し戸惑いがあったのかもしれないです。

能代工業

「私も加藤廣志先生の教え子、原点に戻るところから」

──『能代工業』としては今回が最後のウインターカップとなります。そこへの注目が集まっていることが、選手たちへの負担やプレッシャーになっていると感じる部分はありますか。

私自身、ウインターカップが開催できることになって今日までに取材がだいぶ増えました。そうなってくると、選手たちにもプレッシャーがかかるような気はしています。その辺りについては、こちらでうまく対処してあげないといけない。取材を受けること自体は、加藤廣志先生の時代からの実績があってのものでうれしいことです。ただ、いろいろなところから取材依頼が来ているので、ある時点になったら1回区切りをつけるなど、注目されていることをプレッシャーではなく、プラスにできるような方向に持っていきたいと考えています。

──能代の皆さんなど、地元の方の反応は変わりましたか。

そういうところはあまり感じないです。一番感じるのは、メディアの皆さんの部分です(笑)。ユニフォームが変わることで、OBの人たちと寂しいねという話をたまにはしますが、現場は変わりません。選手たちは今やれることをやるしかない。そしてウインターカップでは、まず勝つか負けるかよりも、今までやってきたことをいかに本番で出せるか。それが良い結果に繋がっていくと言い続けています。そこで、いつもと違うプレッシャーの中でプレーさせるのはかわいそうなので、そこは思い切りできるようにさせてあげたいです。

──能代にコーチとして戻ってきて年数を重ねていく中で、手応えは増している実感はありますか。

今が3年目なので、3年生は入学したときの4月から一緒に過ごしている最初の学年です。秋田県出身の良い選手が県外に行ってしまうことが増えていた中、集まってくれました。190cm弱くらいの選手も増えていて、私が見てきた中で今年は平均的身長が最も高いチームです。シュートが上手い選手も多く、去年から主力で使っている選手もいるので結構面白いと思います。

年数を重ねるごとに選手たちの理解度も高まってきている。試合や練習でも私が思っていることをプレーで見せてくれる場面が非常に多くなってきました。その中において自分たちでアレンジできるようになる。私の指示を理解した上で、自分たちで何かをクリエイトしていく力が出てきているのはうれしいです。

──コーチは、これまでトップリーグのトヨタ自動車と日立、日本代表の指揮官を務めてきました。その経験も踏まえ、ここまで何をチーム作りの根幹としてきましたか。

私も加藤廣志先生の教え子であり、まずは原点に戻るところから始めました。オフェンス、ディフェンスもフルコートで戦い、必ずトランジションがある。私たちは相手より1秒、1歩でも攻守の切り替えを速くする。そしてリバウンド、ルーズボールに対しての執着心を教わってきました。この2つは能代工業の原点です。これはどこのチームもやっている基本的なことですが、いかに徹底できるかを重視してきました。

──この原点を徹底させる上で、トップリーグの選手と高校生、カテゴリーが違うことでの難しさはありましたか。

その点についてはあまり感じていないです。カテゴリーが変わっても自分たちよりサイズのあるチームに何とかして勝っていく。そこは、これまでのコーチ人生においてずっと変わらないです。愛知学泉大学、トヨタ自動車、日立と、常に自分たちより大きいチームに挑む戦いでした。日本代表でも、自分たちより身体的に恵まれている相手を何とか破ってオリンピック出場へ、という状況でコーチングをしていました。

また、現役時代も筑波大では、自分たちのセンターが180cmちょっとで大きい明治大に挑んでいました。そういったところで、能代工業の原点を大切にしながら、これまで選手、コーチ生活を送ってきました。だから、教えるのがトップリーグの選手から高校生に変わることでの戸惑いはなかったです。また、トヨタや日立でやっていたことを教えることで、「こんなこともできるんだ」という発見もありました。これはできないと私の方から壁を作ることはせず、まずは一回やらせてみようという姿勢でいます。

小野秀二

「自分たちのやるべきことは何なのか、もう一度見つめ直す」

──能代に戻ってきて街の変化を感じることはありますか。

私が選手だった時代に比べ、人口がだいぶ減っています。前に全校集会をやっているのを見た時、学年の集会かなと思ったくらいで、生徒の人数は減っています。そういった中、あらためて加藤先生のすごさを感じます。また、(ゴールデンウィーク期間中、全国の強豪校を招いて行う)能代カップを何回か経験させてもらうと、見に来られる地元の人たちの目が肥えていて、熱さを感じます。大会期間中は差し入れをいただきますし、練習にも近隣の方が見に来てくれる。能代市のマンホールにはバスケットボールが描かれたものもありますし、いろいろなところで地元に支えられていることを感じます。そういう意味では我々が結果を出すことで、街のプラスになりたいと思っています。

──全国には様々な強豪校がありますが、能代工業ほど地域に密着し、街の人たちと触れ合っているチームはないと思います。それが子供たちにとってどういう影響をもたらしていると思いますか?

一番は「能代工業バスケットの誰々だな」と自分たちが常に見られていることです。バスケットだけじゃなくて生活自体もしっかりしないと、チームにも自分にも迷惑をかけてしまう。私生活でもより意識を持って過ごすことで、普通のきちんとした高校生らしさを持てるようになっていると思います。

──そういう周りからの目や特別な存在感というのは昔も今も変わらないですか?

そこは変わっていないと思います。ただ今の子供たちは全国のトップからちょっと遠ざかっています。そこの意識に関して、昔に比べると少しは変わっているのかもしれません。体育館に飾ってある優勝プレートを見ても自分たちのこととは思えないような状況かもしれません。

──かつて能代工業では日本一が当たり前であり、日本一になるために選手はやって来ました。そこの意識づけの面で気をつけるところはありますか。

その部分に対しての目標に変化はありませんが、アプローチの仕方は昔と若干変わるところはあります。ただ、能代工業でバスケットがしたいと明確な目的意識を持って入学してくる選手が多い中、私はファンダメンタルを重視して指導しています。このことが日本一になるための一つの要素であり、また卒業後の次のステージにおいても大切なことだと思います。このことを理解し高い意識を持って取り組んでくれていることには、大いに助かっています。

──開幕までの期間をどのように過ごしてウインターカップ本番に臨みたいですか。また大会への意気込みをお願いします。

限られた時間の中でも練習試合をいくつか行ったりして、最後は選手に自信を持たせて東京に乗り込みたいです。そのためにはシンプルな練習になりますが、結果以前に自分たちのやるべきことは何なのか、もう一度見つめ直す。まだまだ、そこの意識は甘いので、もっと高めることができます。そこにしっかり取り組んで本番を迎えたいです。