
Bリーグの前チェアマンである大河正明は、2016年に開幕したリーグのさらなる発展を見据え、「まだ体力があるうちに若い人にバトンタッチすべき」と任期を残しての勇退を決断した。オリンピックは1年延期となったが、もともと創設から2020年までの4年間が『フェイズ1』で、ここからの中長期的な発展を目指す『フェイズ2』は後任に託した。新型コロナウイルスでスポーツ界全体が混乱に陥る中、その任を引き受けたのは、千葉ジェッツの経営者として辣腕を振るった島田慎二だ。明確なアイデアと実行力でバスケ界に様々なサプライズを起こしてきた経営者は、Bリーグにどんな未来図を描いているのだろうか。
「日常にスポーツとかエンタメがないと寂しいですよ」
──アリーナの話が長くなりましたが、それも含めて『この先のBリーグ』はどんなものであるべきだと考えますか?
スポーツは生活においてなくてはならないものか、と言ったらそうではないのかもしれないですけど、生活に潤いがないですよね。新聞のスポーツ欄に何もなかった時期があって、今やっと制限付きの入場ではあってもプロ野球やJリーグが出てくるようになりました。それはテレビも同じですが、スポーツの話題があることで「日常が戻って来た」と感じます。
試合会場に行くお客さんには、すごい熱量を持っている人もいれば、なんとなくスポーツに興味のあるライトな人もいて、一概にこうとは言えませんが、少なくとも数千人規模のアリーナを満員にするファンがいて、会場に来てエネルギーをもらって帰っていく、クラブがあって試合があってファンの仲間がいて勝った負けたでみんなで一喜一憂して絆が深まる、試合帰りに近くのお店で飲み食いして、移動で公共交通機関を使って地域経済に寄与する、お年寄りが孫と一緒にワーッと声を出すことで健康寿命に貢献する。大きなこと小さなこと、いろんなものが日本全国で起きます。それはすごい価値だと思います。
地方自治体の皆さんにも地元のスポーツチームを応援していただくことで、市や町の知名度は絶対に上がりますし、経済効果もあります。スポーツチームを有効活用することで、もっともっと地元に貢献できることを感じていただきたいと思いますが、それはスポーツ界の努力がまだまだ足りないからかもしれない。今後それはもっと訴えていきたいです。
スポーツを応援してくださる方の心にも身体にも、地域の経済にも波及効果がある。それがプロスポーツクラブの存在意義だと思うので、そういう意味で私は『なくてはならないもの』だと信じています。
──他のスポーツに先駆けてプロ野球が再開になった時、無観客でも日本全体がパッと明るくなったように感じました。
ニュースで試合結果を見て、ホームランのシーンを見るだけで「あっ、日常だ」と安心できるじゃないですか。それまでテレビはずっとコロナの話題ばかりで、明るいニュースが少なかった。日常にスポーツとかエンタメがないと寂しいと感じます。

「バスケが社会にどれだけ良い影響を与えられるのか」
──2026年構想はあくまで手段であって、その先に実現したい未来がありますよね。それはどんなイメージですか?
バスケは日本で2番目に競技者人口が多く、過去にやっていた人も累計したらすごい経験人数がいるスポーツです。それでも長らく認知度は低くて強化も進まなくて、Bリーグができて少しずつ良くなっていますけど、やっぱり先々は日本社会にとってもっともっと良い影響を与えられる競技であり、競技団体になっていくべきだと思います。競技として強くならないとメディアに取り上げてもらえない、それでは投資も集まらなくて強化も進まない。結局は鶏が先か卵が先かになるんですけど、その中で社会にどれだけ良い影響を与えていけるのかは意識すべきです。
例えば選手が社会貢献として募金活動をするにしても、人気のあるBリーグの選手だからこそいっぱい集まります。バスケが弱くて誰も知らない競技であれば、街頭に立っても「知らないよ」で終わってしまう。クラウドファンディングだと、その影響力の差はよりはっきり出てきます。フェイズが上がれば上がるほど、そういうエネルギーも増します。
競技団体としてのBリーグが、競技としてのバスケットボールが、日本でもっと市民権を得て、みんなに愛されている、そういう状況が1ステップ、2ステップと上がっていき、大きな影響力、良き影響力を与えられる状況まで持っていきたいです。多分それは事業規模で言えばこれぐらいかな、観客動員数はこれぐらいかな、視聴者数だと今の10倍は必要だろうな、というイメージはあります。だから事業だけではなく、オールバスケットでどこを目指すのかの議論をまさにスタートさせたところです。まずは何が大事なのかの理念を明確にします。事業規模を大きくするとか、それは手段でしかないので。それを来年には発表したいと思います。
──ジェッツでもみんなの見えるところに『チーム理念』が掲げられていて、すべての行動指針になっていました。目指すべきところがはっきりしないと、手段もブレますからね。
どの観点から入るかで全然違うと思うんですよ。2026年構想も事業から入ったらクラブ数を絞る方向で再構築して、ハイレベルな試合すれば強化にも繋がるし、主力選手がメディアに出て人気も出そうだ、という見方になります。一方で先ほど話した地域社会でのプロスポーツチームとしての存在意義についても考えていかねばなりません。
どこがゴールで何を大事にしていくかが明確になっていないと、どちらを選択するかという状況で不明瞭になり、場当たり的になります。今までのバスケはそれが強かったと感じていて、骨太の目指すべき方向がぼやけていることに問題意識がありました。ここで話しているのはあくまで私の世界観ですけど、今まさにそのところを三屋さん(三屋裕子JBA会長)たちと一緒になって始めたところです。

「各クラブがこれだけ攻めるとは正直思いませんでした」
──ビジネスだ理念だと難しい話が続きましたが、最後はBリーグのトップとして、10月に始まるリーグがどんなものになるか、ファンをワクワクさせる話をお願いします。
まずB2がさらに面白くなりますよね。やっぱり資金力を含めて力のあるクラブが増えてきて、B1でも戦えるような日本人選手、外国籍選手を獲得するのがここまで進んだのは初めてです。若手の特別指定選手を活用するケースも増えて、選手にとっては厳しいですが、それはプロとしての切磋琢磨だし、良い意味で突き上げられる状況が明確になるシーズンだと思います。
厳しくなる代わりに、その競争に生き残れば年俸も上がっていく。そのトップに君臨するのはますます簡単じゃないのですが、それはリーグの活性化を意味します。B2にもどんどん選手が流れていき、B2のチームがより魅力的になってきました。B2に移籍した選手も自分がダウングレードしたという認識ではなく、チームをB1に上げる立役者になるつもりであえてB2に飛び込む選手もいます。
これだけB2が活性化したのは正直言って驚きました。新シーズンは降格がなく、B2は上がるだけなので、少し守りに入るかと思ったのですが、攻めましたね。だからB2の試合の視聴環境も整えることを決定しました。カメラの台数を増やすことを含めてバージョンアップして、B2の魅力をもっと伝えたい。Twitterで思わせぶりなことをつぶやきましたが、本気で進めていきます。せっかくB2のクラブが攻めたのだから、私も攻めたい。B1に近いような観え方が形になれば、より魅力的に魅せられると思います。
──なるほど。それではチーム数が増えたB1はいかがでしょうか。こちらもコロナ禍にあってどのクラブも攻めています。
コロナの影響があまりに大きいので、経営破綻したり、そこまで行かなくても経営が苦しくなって選手やスタッフに不利益にならないようにとルールを整備したのに、各クラブがこれだけ攻めるとは正直思いませんでした。むしろ例年より攻めていますよね。
これはBリーグの中で、やはり勝ちたいと思うクラブが増えている。それはチームだけじゃなく、社長やオーナーのその思いが大きくなった結果だと思います。B1のクラブにある程度の規模感のオーナーが付くようになって、バスケ界のベースが上がったからこそ、今の時期でも攻めてきた。それは今回のコロナ禍を乗り越えるための重要なファクターです。これまではチームが頑張って競い合ってきましたが、これからはフロント、社長、オーナーの戦いにもなってくる。まだ完全にそうなってはいないですけど、そういう雰囲気が明確に出てきた最初のシーズンになるという気はしています。
──最後に、新シーズンの開幕をどんな形になるかハラハラしながら待つファンの皆さんへのメッセージをお願いします。
基本的に会場に足を運んでいただいて開幕を迎えることを前提で私は進めています。安全対策はしっかりやりますので、来れる方は是非来てください。今はガイドラインを作って選手たちにも信じて戦ってもらえるように説明しています。しかし、PCR検査とか仕組みを作るのはリーグの仕事ですが、責任をもって行動を管理するのは選手自身であり、アリーナに来てくれる皆さんも体調管理をしっかりして、万全を期することが求められます。Bリーグがこの1シーズンをちゃんと遂行できるかどうか、バスケットボールファミリーみんなの意識にかかっています。
新型コロナウイルスの影響は大変なものですが、選手はシーズンの3分の1をカットされてプレーできることの喜びを知り、そのメンタリティはよりプロフェッショナルになりました。ファンの皆さんも会場で応援する喜びをあらためて感じていらっしゃるのではないかと思います。我々もコロナ禍での運営はしんどいけれど、テクノロジーに舵を切っていくことができました。そうやって結果として、このシーズンが今後の飛躍に繋がれば良いと思います。
選手は見せる人、ファンは見る人、じゃなくてバスケットボールファミリーとしてみんな一緒に、新シーズンも楽しみたい。そのためにも一丸となって乗り超えていきましょう。こういう時だからこそ、いつも以上にクラブと選手を応援してあげてください。