7月上旬、九州北部は記録的な豪雨に襲われ、熊本県や大分県では河川が氾濫して大きな被害が出た。熊本県では2016年の震災に続き、昨年から2年連続で水害に見舞われたことになる。今回は新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される状況での、過去にない規模の水害。熊本ヴォルターズで長く中心選手を務める『Mr.ヴォルターズ』こと小林慎太郎は、震災の時にそうだったように被災地に足を運び、文字通り泥にまみれて被害を受けた家屋の片付けを手伝い、また全国に支援を募っている。新シーズンの契約も決まり、チームを再び強くすることを考えながらも、今の彼は目の前で困っている人たちのために奔走する。
「テレビやSNSでは分からない現実が現場にはあります」
──2016年の震災の影響がまだ残る中で、水害で大きな被害が出ています。熊本人としてどういう思いですか?
どちらも天災と呼ばれるものですが、これだけ大きなものが短いスパンで起きると正直「なぜ熊本ばかり?」という気持ちになりました。今回はコロナもあるので余計に大変です。それでも今回、地震の時と比較すれば協力してくれる人たちの連携もできて、スムーズに支援体制を作ることができているのが大きな違いだと感じます。
僕自身、何のためにやるのかと考えれば、もちろん困っている人を助けるためです。ただ、言うのは簡単なんですけど自分も大変な時で、特に今回は契約がどうなるか分からない時でしたが、それでも足を動かして現地に行くことは大切だと感じています。
──具体的にどういう動き方をしているのですか?
最初の1週間はチームメートが若手を中心に一緒に動いてくれました。僕はヴォルターズとの契約が6月で満了になっていて、一応は無所属という形だったんですけど、みんな「そんなの関係ない、慎太郎さんが動くんだったら僕たちも連れていってください」と言ってくれました。最初の1週間はみんなで毎日行っていて、その後は契約のある選手たちは少しずつトレーニングが始まっているのですが、週に何日か手伝いに来てくれます。その後も僕は1人でも毎日、最初は芦北町、そこから人吉市に行かせてもらっています。
浸水した家の片付けをやっているのですが、一番大変なのは泥水を吸った畳ですね。僕たちプロ選手でも4人とか5人で結構本気で力を入れて、抱えるようにしないと運べません。人吉は高齢化が進んでいて、本当に若い人のマンパワーが足りません。物資も大事ですけど、現場で動ける人が足りないことに尽きます。だから僕たちの行く意味もあります。
現場に行かないと分からないこともあって、ゴミ置き場まで行くのもみんな持ってくるから大渋滞で何時間もかかります。だから役割分担でトラックで引き取りに来てくれる人たちがいて、僕らは泥かき。50cmぐらい罪挙がっているので相当重いですし、固まれば固まるほど重く固くなります。テレビやSNSでは分からない現実が現場にはあります。
──自分のことも大変だし、人助けにまで手が回らないと考えることもできると思います。それでも若手を引き連れて行動できるモチベーションはどこにありますか?
僕自身がバスケットボールを通じてあれだけ応援してもらって、熱狂する熊本の人たちで体育館を満員にしてもらっています。あの光景を作り出したのは僕たちスポーツ選手の力じゃなく、会場に来てくれて一緒に手を叩いて立ち上がってくれるお客さんの力です。それで試合の時だけ「応援してください」と頼むのはやっぱり違うなと思って、こういう困った時には僕らができることで力になりたい。そうすることで「応援してください」という言葉は、お互いに支え合っている形になります。
こういった現場に来て思うのは、1回でも会って話したり、5分でも一緒に何かをすれば、次に会う時の反応は全く違うものになります。荷物を一緒に運んだだけで、次の日に会えば「昨日はありがとう!」と言われるし、3日目には「また来たね」となり、1週間もすれば友達みたいな雰囲気になって、帰る時に「ヴォルターズ応援するけん」と言ってもらえます。
現場に行かないと分からない経験をさせてもらって、そして「君たちみたいな人がおるけん、私たちも頑張れる」とか「この恩は忘れんよ」という声をたくさんいただけるので、それが一つのモチベーションになっています。僕らはいつも地域密着と言いますけど、本当にそう思うならやっぱり足を使って現地に行くことで一番近しい存在になれます。もちろん災害はない方がいいし、続けていくのは大変ですけど、県民に今本当に求められているのはそういうことだと思います。
SNSのおかげで僕たちスポーツ選手は発信力もあります。熊本の地震から周りの人たちも関心を持ってくれているので、現地の状況を伝えることも使命だと思います。支援を続けていくことと発信すること。今回はこの2つをテーマにしています。
「人間性が育たなければ強いチームは作れません」
──そんな状況でヴォルターズとの契約が決まりました。時間がかかりましたが、どのような気持ちでしたか?
僕のできることはすべて熊本に捧げたいと思っているので、熊本がまた契約を結んでくれたことに感謝しています。僕自身、他のチームに自分の持つものを差し出すという気持ちはなかったので、熊本一択でした。クラブもそういう気持ちでいてくれたんですけど、コロナがあって災害もあり、話をする時間もなかなか取れなくて。僕のことを話す役員会議もなかなか開けなかったと聞いていました。それでもクラブは『Mr.ヴォルターズ』と呼ばれるようになった小林慎太郎を据えていきたい、僕もこのチームを離れる気はなくて、契約書は出来上がらなくても大筋では僕とヴォルターズの意思は合致している形ではあったんです。
──新シーズンはいろいろな意味でこれまでとは違ったものになりそうです。どういう目標を掲げますか?
B1昇格まであと一歩のところまで行った年があって、そこで昇格を逃して、昨シーズンは勝率的にも厳しかったです。それで新しいシーズンを迎えるにあたり、やっぱり勝たないといろんな問題が出てくると感じています。みんなストレスを抱えることになるし、それで周りからチーム内で仲が悪くなっているように見られたり。そんなことはないんですけど、勝たないといろんな問題が出てくることを学んだので、まずは勝つチームを作りたいのが大前提です。
でもこの年齢までやらせてもらって、このチームで『Mr.ヴォルターズ』と呼んでもらえるようになって感じるのは、人が育たないと強いチームは育たないということです。ヴォルターズが強かったのは人が育っていたからだなって。今のチームで人が育ってないわけじゃないんですけど、僕が主力としてキャプテンとしてチームの中心である間に、古野拓巳、中西良太、福田真生とチームの中心になる選手が育ってきました。選手は毎年移籍がありますが、僕が持てるすべてを彼らに伝えて、みんなバスケットに向かう姿勢とか人間性が向上してリーダーとして成長して、それがあった結果としてチームが強かったんだと思います。
それでもB1に届かなかったのだから、また何らかの変化が必要だと思う中で、そういった選手が抜けていくことでまたイチから育てなきゃいけない。いくら上手い選手が来ても、考え方や人間性、チームワークというものは一朝一夕には育ちません。そのチームに合う考え方もいろいろあるので、僕が正しいとは思わないし、いろんな考え方があっていいんですけど、いずれにしても結果として、人間性が育たなければ強いチームは作れません。
──今オフは中西選手も移籍を選択しました。小林選手はまた若手を引っ張って育てて、積み上げていかなければいけません。
ゼロからのスタートですね。でも僕は自分が今まで培ってきた経験、バイタリティ、エナジーのすべてをこの熊本に注ぎたいと思っているから、現役である限りは後輩たちにすべてを伝えて、ヴォルターズをもう一回作っていきたいんです。負けたシーズンの後だからいきなり勝てるようになるとは思いません。ただ、勝つことを目指していくし、また結果はどうあれ人を育てることを大事にしていきたいです。
地震や水害を通じて人が育つこともあります。バスケットボールのコートだけじゃなく、オフ・ザ・コートで人のために働けるかどうか、人の気持ちを分かってあげられるか。テレビで見ているだけでも「大変だろうなあ」とは感じられますけど、現地に足を運ぶことで痛みや苦しさ、涙を目の当たりにして理解できるものもあります。熊本はそういうチームであってほしいです。
──では最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いします。
今シーズンも熊本ヴォルターズと契約することができました。チームはまだまだ成長段階ですが、B1を目指して必ず強いチームを作っていきますので、皆さんも熱い声援をお願いします。熊本だけじゃなく全国で災害が起きています。僕自身は熊本のチームにいるので、熊本の復興支援を先陣を切って支援していきたいです。ヴォルターズの応援はもちろんですけど、僕は『がまだせ熊本』という支援団体も立ち上げていますので、義援金や物資の支援もお願いします。