Bクラブのキーマンに聞く
Bリーグも2年目のシーズンを迎え、バスケットボール界が激動する中で各クラブはそれぞれの信じるポリシーと特色を生かして『生きる道』を探っている。それぞれのクラブが置かれた『現在』と『未来』を、クラブのキーマンに聞く。
文=鈴木健一郎 写真=古後登志夫

ピンクを着てしまえば『ラテンのノリ』が出る

──Bリーグとなった今、多くのクラブが集客に苦心し、会場の雰囲気作りで試行錯誤しています。会場の雰囲気の良さは秋田の大きな特色ですが、これは最初からうまく行ったのですか?

1年目からノリは良かったと思います。秋田の有名な作家の西木正明さんが講演で「秋田の人はラテン系だ」と言ったんですが、最初は意味が分かりませんでした。一般的には秋田の人はあまりしゃべらない、騒がないイメージでした。秋田の良いところを聞いても「なんもなんも」(何もないよ、の意味)と言います。でも、お酒が入ると、秋田への愛を感じる本音が聞こえてくるんです。

ハピネッツの試合会場ではお酒が入らなくても、そのラテン系と言われる部分が出るんです。例えば今もやっている『タオルダンス』は1年目からすごい参加率でやってくれました。会場に来ても「恥ずかしい」と参加できない人が普通は多いのですが、秋田では違います。

その点ではチームカラーをピンクにしたのも、結果としては大正解でした。まず女性受けが良いですし、男性も最初は抵抗があるかもしれませんが、着てしまえばラテンのノリが出てくるわけです。1年目からブースターの皆さまは会場の盛り上がりを作ってくれたし、なおかつバスケをよく知っています。特にアウェーゲームと比較すると「試合の盛り上がりどころを知っているな」と思うことが多いです。

──『声を出す』ことを大事にしているという話ですが、具体的にはどうしているのですか?

まず、鳴り物は原則禁止にしてきました。声を出して応援してもらいたい、全員に参加してもらいたいという理由からです。あとは、応援スタイルをあまり強制しないこと。これは自発的にやってくれるお客様のおかげですが、例えばお手製の応援ボードやうちわは1年目から皆さんが作って持ってきています。

実はペンライトも私たちが仕掛けたわけじゃなく、誰かが持ち込んだものが広がりました。秋田のブースターはすべて自分たちが楽しみながら、会場を盛り上げるためにいろいろ考えてくれます。そこを運営側から何か強制することのないように心掛けています。

ファンの皆さんが楽しみを持ち込んでくださるということは、試合のない日にもハピネッツのことを考えてくれているわけです。それってすごく大事で、いかに日々の生活の中にハピネッツが根付くか、それが進んでいるのは私たちからするとすごくうれしいですし、ありがたいです。

野球のマイナーリーグが『地域密着型』のお手本に

──老若男女が楽しめて、郷土愛を表に出せる場所として、秋田は非常に良いモデルになっていると思います。これは水野社長がアメリカやオーストリアで見て「これだ」と思った理想の姿と共通していますか?

アメリカではMLBやNBA、NFLも見ましたが、印象的だったのはマリナーズのマイナーリーグです。3Aから様々あるカテゴリーのうちルーキーリーグの試合を見に行ったんですが、プレーは荒くてエラーも多いんです。それでも地元の人が1000人ぐらい集まっている。なぜこんなに集まっているのかといえば、地域の交流の場なんです。外野席にはレストランがあって、BBQセットを持ち込んでいる人もいて、食事しながら野球を見ている。ビールを飲みながらしゃべっている女性2人組はほとんど試合を見ていないのですが、盛り上がるシーンになれば一緒に盛り上がっていました。球場がコミュニティの場として機能している。この形は秋田でも絶対にやれると思いました。

当時のbjリーグは、地域密着ともう一つ、スポーツエンタテインメントを明確に掲げていました。帰国後にアルビレックス新潟BBの試合を、ときメッセに見に行ったんですが、演出にも力を入れていて、これは秋田でも受け入れられると。

それで秋田で出資者を募る意味でもプロバスケを秋田の人に見せたいと思い、2008年9月に新潟と仙台のプレシーズンゲームを県立体育館でやったんです。それで3000人を超えるお客様が入って、秋田の人たちはこれを待ち望んでいたんだ、と確信しました。演出も含め相当なお金をかけましたが、興行的にもトントンぐらい。少なくとも赤字にならなかったことで、出資してくれた人たちが会社を任せてくれた要因にもなりました。それは大きなきっかけでしたね。

今のBリーグは「弱肉強食以外の何物でもない」

──地方モデルとして秋田は大成功を収めていると言えます。ただ、地方モデルのbjリーグではそれで良かったですが、Bリーグになるとまた状況が変わってきます。bjでは強豪だった秋田が、初年度で2部降格。この現実をどう受け止めていますか?

最後の最後まで落ちるとは思っていませんでしたが、いざ降格が決まった時は、「これがウチの実力なんだ」と受け止めました。チームだけではなく、クラブ全体としていろんな面が足りず、結果こうなったと。ショックですけど、次の日からどうはい上がっていくかを考えました。とにかく1年でB1に戻らなければならないと。

──シビアな現実として、旧bjと旧NBLで強さに差があって、地方vs中央という構図で明暗が分かれているように見えます。秋田は地方クラブとして、中央のチームと戦っていかなければいけません。1年で復帰したところで、今のルールである限りは最激戦の東地区にまた入ります。

Jリーグモデルの今のルールはなかなか酷ですよ。本当に弱肉強食以外の何物でもないので。個々のクラブではなくリーグ全体の価値を上げるにはどういう制度がいいのか、まだまだ考える必要があると思います。とにかく今の私たちの状況で一気にジャンプアップはできないので、クラブとしてはとにかく売上を増やしていくことです。これがクラブの強化につながるのは間違いありません。