大濠高校の片峯聡太が語る指導者論「指導の場で咄嗟の思い付きでは何もできない」

2019/10/30
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片峯聡太

Bリーグができたことをきっかけに、日本バスケのトップレベルの環境は大きく変わった。そして今、育成年代の環境も変わりつつある。大きな変化の一つは、学校教育の枠組みの中にある部活動から、Bリーグのユースやクラブチームなどプレーする場の選択肢が増えること。BリーグのクラブはU15に続きU18の整備にも本腰を入れようとしており、これまで高校が主だった育成は転換期を迎えつつある。若きコーチのお手本となっている福岡大学附属大濠の片峯聡太監督に、時代と環境が変わる中でバスケ指導者がどうあるべきか、その持論を聞いた。

「リーダーシップを発揮できる人間を育てていく」

──Bリーグユースが本格始動を控え、クラブチームの活動も活発になってきました。ミニバスも自由化が進んでおり、バスケットボールをプレーする子供たちの選択肢が増えてきました。高校の教員として指導する立場として良い点も悪い点も見えると思いますが、どう受け止めていますか?

しがらみがなくバスケットだけを純粋に教えられるのは良い点ですね。例えば中学校だと、入学したら必ず部活動に入らなければいけない制度があったり、自主性とは言えど半強制的なところがあったりします。自分の意志でバスケットがしたい、だから教えてほしいという生徒がいて、純粋にバスケットを教える相互関係ができるのは非常に良い部分だと思います。

懸念するのはバスケットだけでは人間形成ができないので、日常の学校生活との兼ね合いをどうするか。高校生もですが、特に小学生や中学生という時期は大事です。今の子供たちはスマホを持っていて、見えないところに潜る傾向があります。バスケットをしている時は良くても、それ以外で何をやっているのかまで把握し、人間力を上げながら競技力を向上させていけるのか。日本バスケットボール協会も「人間力なくして競技力向上なし」と掲げていますが、純粋にバスケットだけを教える中でそれを実現するのは難しい部分も出てくるのではないかと思います。

──バスケを教える中で人間力を高めていくため、実際の指導の中で大事にしていることは?

課題解決の能力です。自分自身の課題解決能力とグループの課題解決能力を養うこと。自分を主張すること、あるいは相手の意見を聞くことをバスケットの練習の中で求めていきます。そこは社会に出ても必要となる部分ですから大事にしています。あとは基本的な挨拶などですね。我々は昔で言う『体育人』です。そう言うとどうしても縦の序列というイメージがあるので、バスケットをしている『スポーツ人』ですね。挨拶から始まり、人への思いやりがあるか、自分の意見をしっかり述べることができるか。そうやってリーダーシップを発揮できる人間を育てていくのが大濠高校のあるべき姿だと考えています。

田中國明先生からチームを引き継いだばかりの頃は、私もいかに勝つかばかりを考えてきました。ただ、我々は今が勝負でも、選手たちの本当の勝負は5年後、10年後ですから、彼らの将来を考えながら育成しているつもりです。例えば杉浦佑成(サンロッカーズ渋谷)が入って来た時に、チームのことだけ考えればインサイドだけやらせれば良いのですが、彼のためにはアウトサイドも練習させてゲームで慣れさせたほうが良い。大学に入って、ここでやっていたことが少しずつ馴染んでいく姿を見ると、プレーヤーズファーストとは選手の将来を見越しながら、今できる最大限のサポートをすることだという考えに行き着きました。もちろん育成だから何でも許すわけではなく、彼らが育つために私が厳しくしなければいけないこともあります。

片峯聡太

「高校生年代の選手たちの意識をいかに変えるか」

──時代をさかのぼれば、選手を育てるために厳しさが必要だからと、そこで暴力や暴言が当たり前にあるのがバスケットボールに限らず指導の現場でした。片峯先生もゲンコツを喰らってきた世代かと思います。それが身体に染みついて、指導者に転じた時も同じことをしてしまう、とはなりませんでしたか?

その時代に育ちましたから、当時はそれが当たり前だという感覚が染みついていました。日本という国が昔は戦争を大々的にやっていたし、兵役があって力でねじ伏せてきた歴史があり、それが教育やスポーツの指導に根付いてしまったのかと思います。私も指導者になった当初は厳しい指導をしていました。厳しく指導すれば成果が出るのは早いですよ。でも、そんな成果は長続きしません。高校生年代の選手たちの心をいかに変えるか、意識を変えるか。いろんな勉強をしていく中で、それこそが指導力なんだと思うようになりました。

──日本バスケットボール協会は『暴力暴言根絶』を推し進めています。これは裏を返せば、いまだにバスケ界には暴力や暴言、パワハラがあるということにもなります。手を出すのはダメだとしても、指導には厳しさが必要です。そこが行きすぎて暴言や暴力になってしまう。片峯先生はその線引きをどうすべきだと考えますか?

そもそも人に手をあげたら、そこは体育館でもどこであっても、相手が自分の選手であっても知らない誰かだろうと、それはご法度で間違いありません。言葉についてはバスケットのコートだけでなく普段の授業でも気をつけています。絶対に譲れないことについては命令形で伝えますが、それ以外のことは彼らに気付かせるような言い方をします。我々指導者には見えていることが、その選手本人は意外と気付いていなかったりします。そこを気付かせてあげることです。

教えるのは簡単ですが、教えないとやらない選手になってしまう。気付くような言葉を投げかけて、それで気付かなければ教える、という繰り返しです。ただ、続けていくうちに、上級生になればなるほど練習の中で自分で気付くようになります。それが自分だけでなくグループの課題解決能力になっていくこともあります。

試合でも監督がコートの中に入れるわけじゃないし、タイムアウトの数も限られていますから、選手たちだけでプレーしている時間の方が圧倒的に長いんです。選手たちが自分たちで目の前の問題を自分で解決する、チームで解決できるようになれば、それはすごく強いですよ。

片峯聡太

「指導者は選手の尊厳を守るリーダーであるべき」

──ただ、今でも全国の指導の現場を見ていると、指導者が選手に罵声を浴びせる場面は少なからず目にします。変わらなくてはいけないことが分かっていても変われないんでしょうか。

先生は先に生まれただけで、偉くも何ともないわけです。自分が年上だから、教員だから、指導者だから、選手よりも上だと勝手に位置付けてしまっていますが、関係を築くには互いに敬意を払う必要があります。敬意を持っている相手に罵声は浴びせませんよね。刺激を入れることはあっても、当たり散らすようなことは不適切だと思います。

今は小学生も中学生も、勝ったチーム、強いチーム、そして勝たせた指導者が称賛される傾向にあります。そこでなぜ怒鳴るのかと言えば、「これでは負けてしまう」という状況を変えたいからでしょう。学校の先生じゃないコーチにしても、自分の余暇の時間をバスケットに使っているんですから、基本的にはバスケットが好きで、子供との触れ合いも絶対に好きだと思うんです。でも、その根底に「強くなければいけない」とか「勝たなければいけない」というのがある分、本来は不必要な罵声や怒鳴り声が出るんじゃないか。少なくともミニバスは強くなくても勝たなくてもいいはずです。それぞれのカテゴリーでの最終目標をしっかり出してもらえれば、指導者も楽にやれるはずです。

指導者も学ばなければいけません。我々指導者が学ぶこと、考えることをやめてしまったら、選手が上達するのをあきらめるのと一緒です。指導の場で咄嗟の思い付きでは何もできません。どれだけバスケットを見て、どれだけ人の話を聞くか。それで、いろんなことに根拠を持って選手と向き合うことができるようになります。学んでいない指導者は選手に何も言えない。言ったところでホラ吹きになってしまいます。

子供と言えど生徒と言えど、選手は一人の人間なので、その尊厳は守らなければいけない。指導者は保護者でもあるので、その尊厳を守るリーダーであるべきです。そのリーダーが彼らに暴力を振るったり、罵声を浴びせることは絶対に許されない行為です。そこが自分の根底にあれば、たとえカッとなった時でも「こいつらを守れるのは自分だけだ」と思えるはずです。

──その中で、片峯先生が誇ることのできる、福岡大学附属大濠が誇れる部分はどこですか?

伝統的な良いチームには良い文化があります。良い指導者がいるとかじゃなくて、学校の風土に良い文化が根付いています。ちゃんと勉強しながらバスケットをする。目先のことだけでなく、5年後10年後を見据えて今の自分にどれだけ挑戦できるのか、それがウチのバスケットです。だからウチの選手はすごく勉強ができるわけではなくても、物事の学び方を熟知しています。