ダスティ・メイ

「スタッフや選手たちを信じる。それが自信の根拠だ」

NCAAトーナメント優勝という実績を引っ提げてマーベリックスの新ヘッドコーチに就任したダスティ・メイは、華々しいエリート街道を歩んできたわけではない。

インディアナ大に在学していた1996年、名将ボブ・ナイトの下での学生マネージャーが指導者キャリアの出発点。卒業後は南カリフォルニア大のビデオコーディネーターを皮切りに、多くのチームで様々な仕事をして、無名の下積み時代は20年以上に及ぶ。

ようやく名が知られるようになったのは、フロリダ・アトランティック大のヘッドコーチに就任した2018年から。就任から一度も負け越すことなくチームを強化し、2023年に史上初のファイナル4進出を果たした。

この間には新型コロナウイルスのパンデミックがあったが、もともと2002年のワールドカップからアメリカ以外のバスケにも関心を持っていた彼は、この時期に世界中のコーチとZoomで連絡を取り合い、自らのバスケ観をブラッシュアップした。それで大きく引き上げられた彼のコーチとしての手腕は、ミシガン大に移って2年目の今年、NCAAトーナメント優勝という形に結実する。

選手の成長と責任感を重視し、周囲を巻き込みながらチームの基準を高めていくコーチとして知られる彼は、スイッチディフェンス、ペース、フィジカルを重視した『プロ仕様』のバスケを志向し、ミシガン大の選手からは「NBAに向けて最高の準備ができる」と好意的に受け止められた。

そのメイが就任会見を行った。「これまでいた場所を離れるのは難しい決断だったが、マーベリックスというチーム、ここで一緒に働くことになる人たちのことを考えれば、迷いはなかった」と、マブスの指揮官としての第一声を発した。

マブスの新たな球団社長となったマサイ・ウジリが最初にメイに連絡したのは、ヘッドコーチ人事ではなく、ドラフト候補になっていたミシガン大の選手について情報を得るためだった。そこでウジリは、自分の話している相手こそが、仕事熱心で成果を出すことに責任を持ち、選手の成長を重視して正しい方向に導くリーダーだと気付いたという。

雑談レベルで「NBAでのヘッドコーチに興味はあるのか」と聞かれた時に、メイの心にそれまでなかった欲求が生まれた。「即座に『これは私の求める仕事の条件をすべて満たしている』と感じた。ウジリはジェイソン・キッドを解任することを決めており、雑談は本気の検討になった。

大学バスケの指導者を長く続ける間、メイの頭にNBAのコーチはなかった。「25歳の頃は野心的で、すぐにキャリアアップしてNBAに行きたいと思っていた。しかし、子供が生まれて父親になると視点が変わる。NBAは自分には大きすぎる夢だとあきらめ、今の環境を楽しみ、自分のコーチングを上達させることを考えるようになった。もっと若い頃は地元の高校でバスケを教えることが夢だったしね。でも、ずっと前から最高のレベルで戦うための研究はしてきた。そして今、その準備はできていると感じている」

これまで大学のコーチがNBAに挑戦した例の多くが失敗に終わっている。ルールもカルチャーも異なり、何と言ってもアマチュアとプロの差は大きい。それでもメイは自分の成功を信じて疑わない。その理由を「今の大学バスケは急速にプロに近付いている。そしてNBAは選手が若返り、大学バスケに近付いている」と語り、こう続ける。

「マーク・ダグノートもクイン・スナイダーも大学バスケの出身だ。もちろんビリー・ドノバンもね。フロリダ大のアシスタントコーチになった時、前任のスタッフだったダグノートに会いに行き、彼が成功した理由、何に苦労したかを教えてもらった。殿堂入りのコーチだって失敗することはある。それぞれの状況が全く異なるからだ。私はここマブスで一緒に働くスタッフや選手たちを信じる。それが自信の根拠だ」

クーパー・フラッグはミシガン大の教え子とエージェントが同じだったことで、NBAデビュー前から面識があるという。ヘッドコーチ就任が決まってすぐ、カイリー・アービングとは話し合う場を持ったそうだ。ルカ・ドンチッチ放出でマブスは『お先真っ暗』となったが、メイはそう考えてはいない。

「すぐにでも優勝争いのできるチームになると思っている」と彼は言った。「重要な場面で結果を出してきたベテランがいて、ブレイク寸前の若手もいる。全員が最高レベルで競い合い、アンセルフィッシュにプレーして、お互いの成功を喜ぶことができれば、どんな予想をも上回るはずだ。健康面などツキが必要な面もあるが、私は選手たちがベストパフォーマンスを出せるよう、日々全力で支えていくつもりだ」