
「観客席のどこかに彼女がいたような気がした」
NBAファイナル初戦でニックスはスパーズを105-95で破った。ジェイレン・ブランソンのクラッチタイムの勝負強さが光ったが、ビクター・ウェンバニャマと終始マッチアップし、最大限の集中を保ってリズムをつかませなかったカール・アンソニー・タウンズの貢献も際立っていた。粘り強いディフェンスはもちろん、攻めでもウェンバニャマとのマッチアップであればピック&ポップで外から、小さい選手にスイッチすればゴール下でパワフルなプレーを選択し、相手を苦しめた。34分の出場で18得点12リバウンド4アシストというスタッツ以上に、タウンズが試合に与えたインパクトは大きかった。
NBAファイナルの舞台で平常心を保ってプレーするのは簡単ではない。ウェンバニャマの動きの重さは、尋常ではないプレッシャーを押し返そうという気負いから生まれていたし、ブランソンも序盤は気合いが空回りしていた。他の選手も軒並み『普段通り』ではいられない中、タウンズだけは自分のやるべきプレーに集中していた。
「それが何なのかは分からないけど、穏やかさと安らぎを感じたんだ。それは天国にいる彼女がもたらしたものだ」と、『ESPN』の特番に出演したタウンズは語った。
「今日は自信を持ってプレーできた。子供の頃は誰もがNBA選手になり、ファイナルでプレーしたいと願うものだけど、その夢を実現させてコートに立てるのが本当に楽しかった。AAUの試合に向けた準備をしている子供のように試合が楽しみで仕方なくて、重圧なんてどこにもなかった」
「観客席のどこかに彼女がいるような気がした。NBAファイナルの第1戦でどれだけプレッシャーがかかるかみたいな話はいくらでも聞くけど、僕には全く関係なかった」
do your thing KAT 💪 pic.twitter.com/yls6PlXn2D
— NEW YORK KNICKS (@nyknicks) June 4, 2026
タウンズの母、ジャクリーン・クルスは、2020年の春に新型コロナウイルスに罹患して59歳でこの世を去った。両親と強い絆で結ばれていたタウンズは日常生活も含めて何一つ行動できないほど憔悴したが、「他の誰かを癒やすことで自分自身を癒やそう」というアイデアから再起する。母の死の翌月、当時所属していたティンバーウルブズの本拠地、ミネアポリスで起きたジョージ・フロイド殺害事件を機に『Black Lives Matter』運動が沸き起こる中、タウンズは事件直後の追悼集会に参加した。政治的な発言をするのではなく、ただ地元の人々の一人が亡くなったことを悼み、悲しみを分かち合った。
事件の現場は、事件を風化させないために『ジョージ・フロイド・スクエア』として保存され、多くの人が追悼のために訪れる場所となっている。その場所の管理や維持には相応の資金が必要となるが、寄付で賄えない分はタウンズがすべて負担している。ニックスにトレードされた後も資金提供は続いているし、彼はしばしばこの場所を訪れている。
このコミュニティ支援を機にタウンズは立ち直った。そして今、自身初のNBAファイナル出場に際して、亡き母親を身近に感じている。タウンズはニュージャージー州出身だが、川を挟んだ目と鼻の先がマンハッタンで、ニックスを見て育った。ファイナルを前にタウンズは、ドミニカ共和国からの移民としてニューヨークにやって来た母親のエピソードを明かしている。
「母がアメリカに到着して、初めてMSG(マディソン・スクエア・ガーデン)を見た時、この街とアリーナが持つエネルギーに圧倒されたそうだ。母はNBAの細かいルールまで知っていたわけじゃないけど、『MSGでプレーできるのは最高の選手だけ』ということは知っていた。だから、ニックスの一員としてファイナルでプレーすることは、僕の愛する家族、天国にいる母にとって言葉にできないほど大きな意味があるんだ」
良い思い出も、思い出したくないような辛い出来事も乗り越えてタウンズはNBAファイナルまでやって来た。そのすべてを味方にしてバスケができる今、彼に怖いものはない。