「こういう形で現役を終えられるのはすごく幸せなこと」

今シーズン、長崎ヴェルカは前年の26勝34敗からリーグ最高勝率の47勝13敗と、驚異的な飛躍を遂げた。チーム創設からわずか5年目でのBリーグ制覇という歴史的快挙を目指し、7日からチャンピオンシップに臨む。

長崎ヴェルカの中心選手はイ・ヒョンジュン、馬場雄大、スタンリー・ジョンソン、ジャレル・ブラントリーといった面々だ。ただ、チームの象徴は彼らではない。B3時代のチーム創設からプレーを続け、チームの歩んできた道のりにすべて携わってきた狩俣昌也こそが、長崎のアイコンだ。

今シーズン限りでの引退を発表した38歳の狩俣にとって、チャンピオンシップ出場はシーホース三河に在籍したBリーグ最初の2シーズン以来となる。チーム初のポストシーズンと自身の経験も踏まえ「やっとここまで来られたという気持ちが強いです」と言う。「Bリーグ1年目、三河の時は地区優勝でチャンピオンシップに出場し、こうして現役最後のシーズンでも地区優勝しチャンピオンシップに出られることはすごく感慨深いです」

ここまで見事なキャリアを歩んできた狩俣は関東3部の国際武道大から、当時、千葉ジェッツのサテライトチームだった社会人の千葉エクスドリームスへと加入。その後、bjリーグ時代の千葉Jに所属すると、地元沖縄の琉球ゴールデンキングスに加入し1年目でbjリーグ優勝を経験。だが、出番を求め翌年にはチーム創設1年目の福島ファイヤーボンズに移籍した。そこで結果を残して三河、滋賀と渡り歩き、2021年に再びチーム1年目の長崎に加入し、替えの効かないチームリーダーとして長崎のサクセスストーリーを支えてきた。

着実なステップアップを続けてきた歩みを狩俣は「(プロになった時)今の状況は、全く想像できなかったです。厳しい生活なのでいつ終わりになるのか分からないと思ってキャリアを過ごしてきました。こういう形で現役を終えられるのはすごく幸せなことです」と語る。

そして、福島で立ち上げに関わった経験が長崎で大いに役立ったと振り返る。「福島に移籍した時は、もっとプレーをしたいという理由での選択でした。長崎では、福島での経験がすごく蘇りました。チームを立ち上げる時、しっかりとしたカルチャーを作っていかなくてはいけないのは分かっていたので、長崎で自分がどういう行動をとればいいのかは迷いがなかったです」

狩俣昌也

「どれだけ正しい行動を継続できるかを大事にしてきました」

チーム誕生1年目でB3からB2昇格、さらに翌年にはB1昇格と最短でトップリーグへと駆け上がった長崎だが、過去2シーズンはB1で27勝、26勝に留まった。それが今シーズンはヒョンジュン、ジョンソンと新戦力がチーム戦術にばっちりハマり、リーグ1位の勝ち星を挙げた。

ただ、狩俣は今シーズンの躍進もこれまでの積み重ねがあってこそと言い切る。「B1で最初から勝つのは簡単でないのはもちろん分かっています。それでも『HAS IT!』という自分たちのスタイルを崩さずに積み上げてきました。そこに新しい選手が噛み合っての成績です。今年1年でできたチームではなく、この5年間を通してチームに関わってくださった選手、コーチの方たちを含めた積み重ねが今、一つの形になっていると思います」

B1昇格から着実な補強でタレントが豊富となった長崎において、今シーズンの狩俣がコートに立つ時間は少ない。だが、彼の存在価値はこれまでとまったく変わらない。2月に取材した際、長崎のモーディ・マオールヘッドコーチは、「例えばマサの代わりに若くて身長、才能がある選手を獲得したとしても、彼のような人間性を持った選手がいないと、今のようなチームにはなれていないですし、ここまで勝つことはできないです。マサは本当に替えの効かない存在です」と揺るぎない信頼を語っていた。

狩俣本人は、リーダーシップについて、次のことを意識していたと振り返る。「本当に近道はないと思っています。正しいことをやり続けることに対しては特にB3、B2時代はチームメートに厳しく接してきました。だからこそ、自分自身がどれだけ正しい行動を継続できるかを大事にしてきましたし、それがプレッシャーでもありました。これまでの行動が周りに認められたのなら良かったという気持ちです」

まったくの無名からプロ生活のスタートを切り、B1最高勝率のチームの不動のリーダーとして現役生活を終える。この稀有なキャリアは、彼が大切にする正しいことをやり続けてきたことの何よりの証明で、ハードワークでつかみ取った素晴らしい勲章だ。だが、狩俣は「努力はたくさんしてきましたが、それだけではうまくいかない部分はあります。今、こういうキャリアを送れたのは運が良かった。良い出会いがたくさんあったので、ここまで来られたことに感謝しかないです」と語る。

長崎には、誰もが認める多くのスター選手がいる。しかし、優勝カップを掲げるのに最も相応しい人物は狩俣だ。