酒井龍

「良い意味で日本の常識は世界の非常識」

Bリーグが誕生し、その後の発展に比例してバスケ業界で働く人々も増加している。実際にバスケ業界で働いている人々はどんな経緯でこの世界に飛び込んだのか。今回は東アジアスーパーリーグ(EASL)マーケティングマネージャーを務める酒井龍に話を聞いた。

──もともと、サッカー業界で働いていたとお聞きしました。あらためて、自己紹介とともにこの仕事に就くまでの経緯を教えてください。

茨城県出身で子どもの頃はサッカーをしていて、高校もサッカーをするために強豪校に進学しました。そんなに上手くはなく、5軍から徐々に上がっていって、高校3年生の最後の県予選で初めてスタメンになりました。前半15分で代えられてPKで負けてしまったんですけどね(笑)。ただ、本気でプロを目指そうと思い、1年浪人して筑波大の蹴球部に入部しました。

大学は6軍のベンチ外から始まって最後はなんとか2軍まで行きましたが、2軍とトップの差がありすぎて、4年間で何も成し遂げられなかったと感じました。その後は大学院に進みプロを目指し続けましたが、いろいろなセレクションを受けるも受からず、最後の不合格通知が来た時に選手への道をあきらめました。そして、通訳になるために、1年間のオーストラリア留学をしました。

大学院を卒業後はJリーグのクラブで通訳をして、その後様々な縁からキングスリーグ(7人制サッカー)の日本代表チームを作る仕事を請け負いました。それが終わって、一昨年にEASLにジョインしました。

──サッカーのプロをあきらめてクラブの通訳に進むのは分かりますが、畑の違うバスケ業界に飛び込むことになったきっかけはなんだったのでしょう?

まず、最終的な目標は海外サッカーの世界で働くことです。日本語は難しいから通訳という仕事が成り立ちますが、ヨーロッパではみんなが4カ国語くらいを話す世界なので、通訳だけでは戦えないと気づいたんです。それで自分の武器を作るためにキングスリーグをやって、その後のタイミングでEASLのマーケティングの話が舞い込んできました。サッカーもバスケも知っていれば、海外のトップの人間たちと肩を並べた時に、自分も張り合うことができるんじゃないかと思い、意を決してバスケットボールの道に入りました。

──覚悟がすごいですね。バスケに関する知識はどれくらいあったのでしょうか?

完全にゼロです。シュートは届かないし、ドリブルしたらボールを置いていっちゃうし、一番苦手でバスケを避けてきた人生でした。

──そこから勉強して今に至りますが、実際にバスケ界で働いてみての苦労話はありますか?

まずEASLは海外の組織なので、一緒に働く人種も様々です。いろいろな人と英語でコミュニケーションを取りますが、みんな母国が違うのでコミュニケーションの齟齬が起きたりします。

これはサッカー時代のことですが、日本のチームは10分前など時間通りに集合しますが、海外のチームは9時集合だったら9時以降に来たりするので、スケジュールがどんどんズレていき、日本チームの練習が押してしまうこともありました。なのでバッファを持たせ、スケジュールが上手くいくようにしていました。やはり文化を翻訳することは大変ですね。海外の選手にいくら10分前に来てと言っても、「なんで10分前なのか」を理解してもらうのは難しいです。日本だからというのは答えではないですし、それぞれの国を通したコミュニケーションの重要性をすごく感じています。

日本のスタンダードって世界的に見てもハイレベルで、良い意味で日本の常識は世界の非常識なんです。参画してもらっているBリーグには非常に助かっているので、そのBリーグが行っているようなことを積極的に伝達していきたいと思っています。

酒井龍

「スポーツの世界に入るには運とタイミングが大きい要素を占めている」

──逆にやりがいはどんなところにありますか?

やはり日本のチームが、世界(アジア)を相手に戦うのは、心踊るものがあります。それを現場で見れるし、マーケティングの立場でそれをどう盛り上げて作っていくかというところは非常に面白いです。

もちろん運営はしますけど、それを見ているのはファンの人たちであって、彼らがどういうふうにこのEASLを面白いと思ってもらえるかを考えるのが楽しいです。EASLは良い意味で自由度が大きく、いろいろな事ができる大会でもあると思っています。例えば、選手・スタッフからクラブの歴史・文化を勉強して、普段は見られないクラブの魅力を発信したり、ファンがいつも使っているような言葉を拾って、公式でちょっと言ってみたり。ファンとの距離感を確かめながらエンゲージメントを高めていく作業は面白いですね。

海外の組織は裁量を与えるところが多いので、良くも悪くも自分次第というか。自分がやれば結果が出るし、やらなかったら結果が出ないという世界なので、責任感と戦いながらやっています。

──酒井さんは特殊なケースかもしれませんが、バスケ業界で働きたいと思う人たちへアドバイスを送るとしたら、どんな言葉をかけますか?

バスケに限らないことかもしれませんが、スポーツの世界に入るには運とタイミングが、非常に大きい要素を占めていると思っています。というのも、スポーツの世界は一般公募というより、何かが必要になった時にどれだけ早く動けるか、その能力を持っているかが問われるからです。僕が通訳になった時も、仕事の電話が来てから二日後に佐賀県に飛んだりしました。動ける勇気を持っているかどうかは大事ですし、至るところにチャンスは転がっているので、いかにアンテナを張ってそれをつかめるかではないでしょうか。

また、僕の場合はスポーツとは別のところで学んでいたことが繋がったりもしました。だからこそ、バスケに関わりたい思いは持ちながらも、まずは今目の前にあるものとちゃんと向き合っていく。それが結果的に自分の道筋に繋がるのかなって思います。未来に何が起こるかは誰も分からないですし、自分自身もバスケ業界に入ると思わなかったですが、今はここにいますから。