日本最高のポイントガード吉田亜沙美、笑顔で現役生活に別れ「泣きたくないので」

2019/03/25
日本代表
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吉田亜沙美

文・写真=鈴木栄一

「私の中で今回がラストシーズンと決めていました」

3月25日、JX−ENEOSサンフワラーズ、そして日本代表の司令塔として長らく活躍した吉田亜沙美が現役引退会見を行った。「3月3日のWリーグファイナルで、現役としてユニフォームを脱ぐ決断をしました。13年間JX−ENEOSに所属し、素晴らしいスタッフ、最高の仲間と巡り会いバスケットボールファン、JX−ENEOSファンの方に囲まれて大好きなバスケットボールができて本当に幸せだと思います」

会見の冒頭でこう語った吉田は、「泣きたくないので泣かせるような質問はしないでください。よろしくお願いいたします」と続ける。実際、目頭を熱くさせる場面もあったが、会見の大半は登壇スペースに飾られたJX−ENEOSのチーム名であるひまわり(サンフラワー)のような凛とした表情を見せていた。

吉田が引退を決断した一番の理由は『気持ち』だ。「一つの目標であったオリンピック出場をリオで達成して以降、気持ちやモチベーションに違和感がありながら活動をしていました。引退という言葉が私の中で出てきたのは昨シーズンの途中からです。去年からそういう話をする中、今シーズンも現役続行という形をとった時、私の中で今回がラストシーズンと決めていました」

吉田亜沙美

「私的には残念ですけど、気持ちがついてこない」

引退を胸に秘めて臨んだ今シーズンだからこそ、背番号も長らく背負った0番ではなく、新人時代と同じ12番に戻した。「12番に戻したのは、最後のシーズンは初心に戻りたいからでした。0番に変更した時から最後は12番で終わりたいと思っていました」

その一方で、「最後、ファイナルを戦ってみて、自分の気持ちがどうなのか確かめたいと気持ちがありました」と現役続行に含みを持たせてもいた。だが、「引退しよう、とファイナルの終了のブザーがなった瞬間に感じられました」と自身の気持ちに変化がないことを知ったのだ。

「後悔はしていないといったら嘘になりますが、現役を続けるにしてもやめるにしても後悔することはします。私的には残念ですけど、気持ちがついてこない。100%後悔していないとは言いきれないですが、自分で決めたことなのでそれを貫き通したい」と晴れやかな表情で語る。

「自分が満足いくプレーができない。去年くらいから120%の力を出し切っても思い描くバスケットボールができずに歯がゆい思いをしていた。それも引退の一つの理由」と、コンディション面もユニフォームを脱ぐ要素ではある。

ただ、吉田ほどの卓越したゲームメーク力、バスケットボールIQ、テクニックがあれば、身体能力の衰えは容易にカバーできる。それでも引退を決断したのは、吉田が絶対に譲れないものとして何よりも大事にしてきたものが冒頭でも触れた『気持ち』だからだ。

「気持ちの部分で相手に負けてはいけないとずっと強く思っていました。私は負けず嫌いで、チームにもファイナルの前になると『最後は気持ちだよ。勝ちたいと強い気持ちを持った方が試合を制することができる』と毎回、言っていました。やはり気持ちがプレーに出ると信じていたので、そこの部分はすごく強く持ってやっていました」

吉田亜沙美

「私は気持ちがないとプレーで表現できない」

現在も吉田こそが女子バスケ界で国内トップの司令塔であると評する声は多い。本人が望むのであれば東京オリンピックまで日本代表としてプレーできる実力をまだ備えていることは間違いない。だが、常に全身全霊を日本代表に捧げてきた彼女だからこそ、そこにわずかでも曇りがあると感じたことで潔く身を引いた。「日本代表は覚悟を背負ってやらなければいけない。中途半端な気持ちでかかわってはいけない。私の勝手な考えですけど、気持ちも限界に近い状態でした」

「リオ五輪が終わった後、達成感がすごくあり次は、何を目標、何を夢としてやっていくのかを考えた時、東京五輪は視野に入れていましたが気持ちが上がってこない。今まで代表で持っていた気持ちとリオ五輪が終わった後の気持ちは言葉で説明するのは難しいですが、違った部分がすごく自分の中でありました。それが何かは私自身でも分からないです。2017年のアジア大会もそうで、私は気持ちがないとプレーで表現できないとあらためて知りました。だからこそ代表に入るべきではないと思いました」

吉田は常にバスケットボールに一切の妥協をせず真摯に向き合っていた。このことを考えれば、まさに彼女らしい今回の決断であったと言えるはずだ。彼女のプレーに多くの感動、興奮を与えてもらった一人として今は感謝の言葉しかない。そして、ゆっくりと休んでもらった後「一回バスケットから離れてみて感じる部分、考えるところはたくさんあると思います。私はバスケットしかやってこなかったので、バスケットにかかわることができればいいかなとは思っています」と語る吉田が、どんな形でも再びバスケ界に戻ってきてくれることを、ゆっくりと待ちたい。