長門明日香

インターハイ25回、ウインターカップ23回の優勝実績を誇る桜花学園は、今回のウインターカップで長らくチームを率いてきた井上眞一がアシスタントコーチに回り、長門明日香がヘッドコーチを務める。井上コーチが桜花学園で絶対的な存在であることに代わりはないが、76歳という年齢もあって『右腕』である長門の役割は重くなり、今回はヘッドコーチ代行という形を取ることになった。あくまで井上のサポート役の立場を崩さない長門だが、「選手たちの日本一になりたい夢をかなえてあげたい」の気持ちで重責に挑む。

「ここに足を踏み入れたからには中途半端なことはしたくない」

──まずは長門コーチのこれまでのキャリアについて教えてください。

桜花学園出身で、同期は大神雄子です。高校では井上先生の指導の下で、今で言うU18日本代表でアジア大会、世界選手権に出場しました。筑波大では4年生の時にリーグ戦とインカレで優勝、MVPを受賞しています。卒業後は愛知学泉大の木村功先生がヘッドコーチをしていたデンソーに入社して、Wリーグ1年目でルーキー・オブ・ザ・イヤーをいただきました。現役引退後は地元の埼玉に戻りましたが、結婚して夫の仕事の関係で縁あってまた名古屋に来ました。

その年に、井上先生の勧めで桜花学園の体育の非常勤の話をいただきました。そうしたらアシスタントコーチがいないという話になり、あれよあれよという間にバスケ部を見ることになりました(笑)。「あれ!?」っと思ったんですけど、先生の下でバスケが勉強できるならと一歩踏み出した感じです。

その時は出産を機に1年間のみで辞めたましたが、その2年後にアシスタントコーチで戻って来ないかと話をもらって、いろんな環境を整えて戻ってきました。そこから3年間コーチを務め、また出産を機に辞めて、今は12歳、7歳、5歳の3姉妹の母なんですけど、もうコーチに戻ることはないだろうと思っていたら、まさか3度目のお話をいただきました。

──自分のお子さんが3人いて、アシスタントコーチはバスケの指導だけでなく選手たちのお母さん役でもあるわけで、引き受けるのは大変だったのでは?

3度目のお話をいただいた時には、考える時間が1年ありました。最初に先生から連絡いただいた時には「無理ですよ」と言いましたし、子育ての合間に練習を見に行きましたが、自分の子育てをどうするかは悩み続けました。それでも何度も誘われたこと、また先生の年齢も上がっていること、これが先生と一緒にバスケの環境にいられる最後のチャンスかもしれない、と思って復帰を決めました。

今は、夫や祖父母、友達、桜花スタッフなどいろんな方の協力で子供たちを見てくれています。家族との時間を犠牲にしていますが、ここに足を踏み入れたからには中途半端なことはしたくない。日本一になりたい、バスケが上手くなりたい思いで、この環境を選んだ選手の気持ちに全力で応えてあげたいと思っています。

──「日本一になりたい」という選手たちの気持ちは、旧姓の田渕明日香としてプレーしていた高校生の頃と共通していますか?

そうだと思います。自分自身も全中に出場して、大神雄子という存在を目にして「絶対一緒にやりたい」と思いました。たまたま自分のプレーが井上先生の目に留まって声が掛かって、そこに大神もいて。勝つために必死の3年間でしたし、今の選手ももちろん同じ気持ちでやっているんだと思います。

私は井上眞一という指導者に教わりたくて桜花学園に飛び込みました。そういう意味では、先生の体調が悪くて私がメインで練習を見ることになった時期には「私でいいのかな?」という申し訳なさを感じてしまっていたんです。でも、やるからには「自分の思ってる気持ちは全力で伝えなきゃ」と考えて、自分がその日に出せる精一杯を出してきました。

井上眞一

「井上先生の信念、バスケットスタイルは崩さないつもりです」

──井上コーチの体調が良くなって戻って来ました。今回は長門さんがヘッドコーチで臨むそうですね。

はい。私がヘッドコーチ代行という形で、実質的には井上先生が指揮を執ります。今は体調も良いですし、ウインターカップを目前に控えて、対戦相手のことやどんな練習をやっていこうか話をしていると、気力がすごく湧いています。

桜花学園のベースはもう絶対的に井上先生です。そこに私がこれまでやってきたことを少し付け加えることはあるかもしれませんが、井上先生の信念、バスケットスタイルは崩さないつもりです。井上先生が不在で私が練習を見る時でも、自分の心に常に『桜花学園井上眞一』を持ちながらやっています。

──井上コーチと先ほど話しましたが、すごく褒めてましたよ?

誰をですか? 私ですか?(笑) めっちゃツンデレなんですよ、私には何も言ってくれない!(笑)

──でも、「ミスした時にはちゃんと叱ってほしい。俺なら叱るけどな」と言っていました。

それは先生と私のスタイルの違いですね(笑)。桜花学園は先生が精神的支柱なので、先生不在の時期に選手がネガティブになるのではなく、ポジティブな声掛けで前を向いてプレーをしてほしかったので。それを今も継続していて、多少のミスは「いいよいいよ、前向いて次で頑張れ」と後押ししています。でも、先生のスタイルが大事なのも理解していますし、ミスの質や場面によっての使い分けで、私も厳しく言う時は相当厳しく言っています。

先生が精神的支柱という意味では、先生のいないインターハイは私にとってプレッシャーでしかなかったです。「私が本当にこの子たちを日本一にできるの?」って。京都精華学園に負けたんですけど、今までにないぐらい緊張して、それが選手たちにも伝わったのかなと。その後のトップリーグが私にとっても良い経験になって、先生が合流するまでどの試合でも自分が積極的に選手に声を掛けて、迷いなくチームを動かせるようになりました。ようやく割り切って、自分自身がポジティブにやれるようになってきたと思います。

──井上コーチが戻って来て、日々の練習で「さすが井上先生」と思うところは、例えばどこですか?

練習中だとセンターのファンダメンタルで「姿勢が高い、低くなれ」と教えるとか、本当に基本的なところですね。私は井上先生の指導スタイルを大切にしたいと思いながらも、「チームをどうにか作らなきゃ」が先行している部分もあったので、先生の細かさには勝てないなと実感しています。

──今回のウインターカップでは長門コーチはどんなスタイルで指揮を執りますか?

基本的にチームを動かすことはやると思うんですけど、最終的な判断は井上先生の直感に賭けます(笑)。トップリーグではある試合で先生から「交代やっていいぞ」と言われて、試合展開を見ながら自分の考えで選手起用はやりました。考えるのはタイムアウトですね。「私のタイミングで取っていいのかな」と思っていたら先生が自分のタイミングで動いたので(笑)。そこは井上先生とのコミュニケーションを大事にします。

長門明日香

「どこに対しても走って勝負したい、6試合すべてタフに戦う」

──インターハイでの負けはダメージが大きかったと思いますが、選手たちに話を聞くとあの敗戦をバネに成長し、今はウインターカップに向けてやる気に満ち溢れています。選手たちの変化をどう見ていますか?

私より自信がみなぎっていますね(笑)。それは調子に乗っているとか変な意味ではなく、不安があったインターハイとは対照的に、トップリーグでの京都精華学園との試合では本当に「やってやるぞ!」な感じがすごくて、表情もメンタリティも全然違いました。それで結果が出て、良い意味での自信になりました。でもこれは自分たちがチャンピオンなのではなく、そのままウインターカップもチャレンジャーの気持ちで乗り込み、全部倒してやるぞ、という感じですね。

──あらためて、桜花学園の強みはどこにあると思いますか?

みんなもともと「日本一になりたい」と思ってここにやって来ます。最初はあこがれの思いが大きいと思うんですけど、実際に入って来て上手くいく部分と、失敗して打ちのめされる部分もある中で、上級生が本気で日本一を目指す姿を下級生たちも感じて、選手間で刺激し合って育っていくんだろうと思います。

──今のチーム状況はいかがですか?

ウィンターカップに向けて本格的な練習を始めました。どこが強みかと言うよりも、とにかく走り抜きたい。勝ち抜けば6試合ありますし、留学生のいるチームとの試合が多い想定です。ウチはどこに対しても走って勝負したいので、6試合すべてタフに戦うための練習をして、食事も頑張ってがっつり食べてます。

基本的にはファストブレイクで、みんな1対1の能力が高いので、流れの中で思い切って1対1を仕掛けて、どこからでも点が取れる強みを生かしながら、確実に2点を取りに行くバスケを目指しています。

全員がキープレーヤーですが、一人挙げるなら横山智那美です。勝つために自分で点を取る意識が強く、その中でポイントガードとしてチームを動かしています。リーダーとしての成長もありますし、とても良い状態に仕上がってきていると思います。

──ウインターカップでは3回戦で東海大学付属福岡、準々決勝では京都精華学園との対戦が予想されます。

井上先生は1回戦をとても大事にするので、そこは無視できないです。福島東稜にも留学生がいるので。留学生対策がポイントになりますが、留学生と言ってもそのチームそれぞれで特徴があります。東海大学付属福岡のファール・アミナタ選手の高さは脅威ですね。ここは福王伶奈に頑張ってほしいところで、彼女自身も192cmあるので、インサイドを自分の場所だと思って頑張ってほしいです。

──最後に、桜花学園のこの部分に注目してほしい、応援してほしい、という部分を教えてください。

桜花学園のバスケットは井上眞一スタイル、とにかくディフェンスからのブレイクなので、どの相手でもこのバスケをやり通して勝つつもりです。いろんなことにブレるのではなく、王道でやりきりますので、選手たちのそんな姿に注目してください。