トム・ホーバス

「高い目標がスタンダードになれば、普段の練習から意識が高くなります」

女子日本代表が東京オリンピックで世界の列強を相次いで撃破したことは、日本バスケットボール界において決して色あせることのない偉業だった。これは大会後に代表選手たちが様々な媒体に登場したことからも明らかであり、銀メダル獲得に貢献した中で最もスポットライトを浴びたのは指揮官のトム・ホーバスだった。

世界一のスピードと3ポイントシュートを軸にしたスモールボールに代表されるバスケットボールの戦術面とともに、組織のトップとしての卓越した能力だった。母国語ではない日本語で選手と会話し、抜群のコミュニケーション能力で信頼を勝ち取る。金メダル獲得という極めて高い目標を『達成可能なもの』と選手が信じられるようにしていく。その手腕はスポーツチームの指導者に留まらず、ビシネスリーダーにとっても大きな学びになると評価されている。

今月に発売された『チャレンジング・トム – 日本女子バスケを東京五輪銀メダルに導いた魔法の言葉』は、そんなホーバスの傑出したリーダーシップを支える考え、彼のバックボーンについて語られている。本作にはホーバスがなぜチームを銀メダルへと導けたのか、その理由が濃縮されている。

本書でも触れられているが、選手の力を最大限に引き出すためホーバスがまず重視するのは、自分たちが到達できる最大限の高みという、ギリギリを攻めた目標設定だ。ホーバスは語る。

「最初に高い目標を作ります。それをみんなが信じて『自分たちはやれます』と言えるようになればチームとして戦うことができます。高い目標がスタンダードになれば、普段の練習から意識が高くなります。例えばあまり良くない練習の時があれば、選手たちに『この練習で十分ですか?(目標達成のためには)それでは足りないのでもっといい練習をしましょう』と伝えます。こういった日々の練習を重ねることでメンタルタフネスがつき、選手たちの自信も高まってきます」

この目標設定を浸透させる上で大切なのは、選手たちに自分の可能性をもっと信じてもらうことだ。「アシスタントコーチだったリオ五輪で8位となり、みんな喜んでいましたが、私は違いました。あの時、私はもっとできると思いました。もっと自分たちの力を信じてほしかったです」

ホーバスは続ける。「選手自身がそれぞれについて考えているポテンシャルは、私が思っているものより低いことがあります。そのギャッブを埋めないといけない。チャレンジしないとみんなの天井が上がらないです」

この意識の差を解消させ、選手たちにもっと自信を持ってもらうには何が必要なのか。そのためには選手個々の性格に沿った対応が必要で、画一的なものはない。「毎日、いろいろとコミュニケーションをして少しずつ良い関係を築いていくことでいろいろな説明ができます」

トム・ホーバス

「みんな自分が中心に。そこはメンタリティを変えていきたい」

現在のホーバスは男子日本代表のヘッドコーチという新しい挑戦を始めた。男子と女子でチームが目指す方向性に違いはないが、一方でインサイド陣のシュート力には大きな差異がある。

「スタイルは女子と一緒です。ただ、システムの中で個人の力を上手く使いたい。だから同じシステムですが、お客さんが見るとちょっと違う感じはするかもしれないです。女子は5番の髙田真希が3ポイントシュートを打ててパスも上手いです。4番の宮澤夕貴は3ポイントシュートのスペシャリストでした。今の男子では5番と4番に彼女たちのようなストレッチの選手がいません。そのため1番から3番の選手がもっとシュートを打ったり、どうやって4番と5番を生かすのか、そこはアジャストが必要です」

だからこそ今は「いろいろと考えましたが、実際にやらないと良いのかどうか分からない。まだ、トライアウト中です」と試行錯誤を続けている。ただ、それでも明確なのは「もっとタフなバスケットボールをやりたい」ということだ。

女子代表では「厳しく、しつこくトレーニングをして良いチームになっていきました」とホーバスが振り返るように、1カ月以上に及ぶ長期の合宿を繰り返すことでチーム力を高めることができた。しかし、男子はBリーグの試合数が女子のWリーグと比べて段違いに多く、その過密日程から代表活動の時間は長くて2週間のような状況だ。それによって、選手とコミュニケーションを取る機会も限られ、女子のような濃密な人間関係を築く難易度も上がっていく。

このような環境面に加え、選手のメンタル面でも乗り越えないといけない壁はある。Wリーグには外国籍選手がおらず、代表選手はそれぞれの所属チームの中心選手としてプレーする。しかし男子の場合、エースは外国籍選手が担い、ここ一番の勝負どころで日本人選手がシュートを打つこと自体が少ない。

「今、Bリーグはビッグマンの外国人選手がメインとなっているケースが多くて、日本人選手がエースとなっていることは少ない。日本代表に外国人のビッグマンはいないので、みんな自分が中心になっていく。そこはメンタリティを変えていきたいです」

トム・ホーバス

「企業のマネジメントとコーチの仕事は一緒です」

さらにホーバスは、「ハングリーな選手が欲しい」と強調する。リーグ戦の過密日程の合間を縫うような代表活動で力を発揮するには、日本代表でプレーすること自体に、そして結果を残すことに貪欲であることが必要だからだ。「試合が多くて選手たちには自分の時間がありませんが、それを乗り越えるにはメンタルタフネスが必要です」

このもっと上のステージへと自分を持っていきたいハングリーさは、ずっとホーバスが持ち続けているものだ。「新しいチャレンジは楽しい」と彼は現状維持をよしとせず。今回も女子バスケ界で確固たる地位を築いたにもかかわらず、男子という新しい挑戦を決めた。

「私は今も毎日成長していたい。だから常に動いて、勉強しないとダメです」と新しい情報を仕入れることに余念がない。女子日本代表ではNBAのウォリアーズやロケッツのスタイルを参考にしてきたが、今も世界のバスケをよく見ている。

「今もウォリアーズが好きです。ナゲッツも面白いですが、ヨキッチは特別な選手で、あそこまでパッシングの上手いビッグマンはいないので、参考にするのは難しいです。でも、こういったアクションやプレーは勉強になるので、よく見ています」

本作はスポーツに限らず、様々な分野のリーダーに参考になるものだ。「本を作る時、いろいろと思い出しました。ビジネスパーソンとか、学校の先生が、ウチのチームスタイルが勉強になったと言ってくれました。それは面白いと思いました」

現役引退後にIT企業で副社長を務めた経験から「企業のマネジメントとコーチの仕事は一緒です」とホーバスは言う。「みんなで互いの足りないところを補って良いチームを作る。ボスがいるので、プレッシャーを受けることもあります。その中で仕事をやらないといけないのも同じです。この本がバスケ関係だけでなく、より多くの人たちのプラスになればすごくうれしいです」

これからホーバスが、男子日本代表をどのようにマネージメント、コーチングしていくのかはとても興味深い。そして本作を読み、ホーバス流のチームと人の動かし方、思考法を知ることができれば、日本代表の歩みをより深い視点で見られるはずだ。