
成長への渇望
2022-23シーズンに三遠ネオフェニックスのヘッドコーチに就任すると、瞬く間に強豪クラブへと成長させ、進化を続けるチームへと変貌させた大野篤史。しかし、思い描く理想にはまだ遠い。
支えてくれる方々に喜んでもらい、その延長線上に優勝があるというのが大野の理想。三遠のヘッドコーチに就任した当時から掲げている『For ALL』の精神を実現するためには、チーム、そして選手の成長が必要不可欠なのだ。
昨シーズンの三遠は、半数以上のクラブが勝率5割以上という激戦区の中地区で、47勝12敗の成績を残し優勝を果たした。チャンピオンシップは琉球ゴールデンキングスに敗れたものの、高水準の成果を得たシーズンだった。
「順調にステップアップしていったシーズンだったと思っています。自分たちが目標にしているところには届かなかったですが、優勝するチャンスがあるチームに成長できたのではないかと思います」
シーズン中盤には前人未到の22連勝も達成した。しかし大野は「もちろん素晴らしい記録ではあるのですが、僕は毎試合毎試合、勝ちたい。1試合1試合成長していきたい。それだけでした」と言った。
「選手にとって勝利を積み重ねることは『コーチを信頼して良いんだ』『システムを信頼して良いんだ』というプラスアルファの側面があって、それは僕にとっても良いことでした。ただ、勝っていても課題もあるし、負けてもすべてが間違っているわけでなく正しいこともある。勝ち負けだけで『正しかった』『間違っていた』ということを判断しないよう言い続けています」
勝利にこだわるのではなく、成長へとつながる試合をすることを心掛ける姿勢は、千葉ジェッツのヘッドコーチに就任した2016年から変わらない。
「勝つというのは、お薬だと思います。だから勝ちだけに執着してはほしくない。勝っていればすべてが正しい方向に進んでいるかというとそうではない。永続的にチームカルチャーやウイニングカルチャーを作っていくためには、それだけが物差しにならないようにしています」
チームカルチャーを作り上げていくことは、チームがバスケット的に成長していくことと同じくらい重要なこと。大野は千葉Jのヘッドコーチに就任したときからチームカルチャーの重要性を唱え、それを実行してきた。

自身にないものを補う新加入メンバー
「チームカルチャーやウイニングカルチャーを作り上げていくには、それを作り上げていくという雰囲気や空気感も重要です」と語るとおり、大野がオンコートでまとう雰囲気はスタッフであっても声をかけるのをためらうほどの緊張感がある。このような雰囲気がチームを引き締め、カルチャーの土台を作り上げていることは間違いないが、今季は新たな試みを取り入れた。アソシエイトコーチのエヴァンゲロス・マギラスの招聘だ。
大野は昨シーズン、マギラスがスポットコーチとしてチームを指導したときのことを回想しながら話をしてくれた。
「指導力の高さに驚嘆すると同時に、彼からは『陽』のオーラを感じました。それをまとった彼の姿勢や言動がチームを良い方向に導いてくれたんです。日本人は悪いことが起きるとどんどん下に沈みがちですが、彼は選手だけでなくコーチに対してもいつもポジティブな言葉をかけてくれました。僕にないものを補ってくれる存在になってくれています」
また、チームを勝利に導くためには当然外国籍選手も重要だ。スキルフルな外国籍選手を揃えるクラブも存在するが、大野はチームのカルチャーに呼応する選手であるかどうかを重要視している。
SNSが発達した現在であっても、Bリーグで戦う外国籍選手の主な出身地であるアメリカから遠く離れた国の文化を理解することは難しい。日本という国、そしてチームのカルチャーを理解しようとしてくれる選手をどのようにして獲得しているのか。大野はこう語る。
「試合の映像を見て、どのような態度をとっているのかをまず見ます。プレーが上手なのはわかりきっているので、味方が倒れたりエモーショナルな態度をとっている時に、どのように接するのかを見ます。その次の段階としてコーチに意見を聞きます。といっても、直近に所属しているチームのコーチは当然その選手を残したいと思っているから本当のことを教えてくれないので、その前に指導したコーチに話を聞くんです。エージェントの話はほぼほぼ聞きませんね。あとは、その選手と一緒にプレーしたことのある選手に聞いたり、外国籍コーチのコミュニティの中で知り合いをたどったり、(英語が堪能な)綾部舞アシスタントコーチにお願いをしてヒアリングをすることもあります。求める選手が自分たちの作りたいチームカルチャーやウイニングカルチャーを理解してコミットメントでき、ハードワークもできるのは大前提。目の前の事象にしっかりとフォーカスし、それを積み重ねることでチームカルチャーやウイニングカルチャーが生まれるので、これは飛ばすことのできないステップだと思っています」
このような徹底した調査を経て大野が獲得した外国籍選手の多くが、チームを離れても変わらずBリーグで主力として活躍しているのは周知の事実だ。
「今、自分の中でハッピーなことは、トレイ・ジョーンズやニック・メイヨなど一緒にやっていたプレーヤーがまだ日本で活躍してくれていることです。ジョシュ・ダンカンも素晴らしい人間性を持ったプレーヤーだったので、一緒に仕事ができたことは誇りに思います」
新規外国籍選手のダリアス・デイズもその調査をクリアした一人だ。フィジカルコンタクトが強いオーストラリアのNBLで、恵まれた体格と身体能力を武器に果敢にリムアタックするデイズは、肉弾戦を争う場面でも熱い闘争心をプレーに注ぎ込む。いぶし銀のプレーを見せていたデイビッド・ダジンスキーの補強としてデイズを獲得したことに、大野は手応えを感じている。
「彼が持つ『陽』のオーラが魅力です。明るく、常に声を出してくれる。そして常にハードワークをしてくれるので良い補強ができました。ダジンスキーも素晴らしい選手でしたが、昨シーズンから話をしていたデイズが来てくれることになって良かったです」
三遠はコーチ陣だけでなく選手にも『陽』のオーラを注ぎ込める人材を確保することに成功したのだ。