文=松原貴実 写真=琉球ゴールデンキングス、野口岳彦

恩師の言葉で押された『負けん気スイッチ』

Bリーグ開幕戦の舞台に立つ岸本隆一。その緊張は日増しに高まっているのではないか。今の心境はいかに? と尋ねると、「いや、緊張というより楽しみの方が大きいですね。ワクワクしっぱなしです」と笑顔の答えが返ってきた。

「自分がこんな大舞台に上がれるなんて想像もしてなくて、ここまですごいスピードで進んできた感じがします。僕は本当にラッキーな男です(笑)」

沖縄で生まれ、沖縄で育った。小学3年生から始めたバスケットはいつしか生活の一部となり、中学2年次に選出されたジュニアオールスターで初めて『全国のレベル』も知った。15歳で親元を離れ、沖縄県立北中城高校に進学。

「監督の金城バーニー先生は高校から超有名な選手で、沖縄バスケ界では伝説的人物なんです。自分もあこがれていて、バーニー先生の下でバスケをやりたいと思いました」

その金城監督から喝を入れられたのは入学してしばらく経った頃だ。「おまえはバスケットをしていて楽しいのか? おまえのプレーからはそれが全く伝わってこないぞ。自分がやりたくてバスケットをしているならもっと楽しめ。もっとムキになれ。勝ちたい気持ちをプレーで示せ」

言われてみれば、それまでの自分はただ上級生たちに付いていくだけ。「押しのけて上に行ってやるとか、そういう気持ちは全然ありませんでした。目が死んでいました」

金城監督の言葉は岸本の中で眠っていた『負けん気スイッチ』を押した。

「スイッチ、押されましたね(笑)。練習でも試合でも自分の気持ちを出そうと積極的になったような気がします。それと部活以外でも沖縄特有というか、沖縄にはいろんな所にバスケットボールリングがあって、外人も交じってストバス(ストリートバスケット)を楽しんでいるんです。遊びとはいえみんな結構ムキになって、1対1でも『絶対負けないぞ!』みたいな。そういうものに参加することでプレーとかメンタルとか自然と影響を受けた部分があるかもしれません」

対面する敵をどう出し抜くか、ディフェンスをどう崩すか。一瞬の隙をついて狭いスペースに切り込む、警戒した相手の守りが下がったらためらうことなくロングシュートを放つ──。岸本の持ち味であるオフェンシブなプレーは、北中高校のコートと沖縄の風土の中で育まれていったと言えるだろう。

やがて進んだ大東文化大学では3年次から頭角を現し、キャプテンを務めた4年次の春のトーナメントでは得点王、3ポイント王をダブル受賞。大学バスケット界を代表するスコアラーとして注目を集めた。秋のリーグ戦が終わりに近づいた頃、代々木第二体育館の裏通路で進路について尋ねたことを思い出す。答える前からその顔に広がった笑み。「bjリーグの沖縄琉球ゴールデンキングスでプレーすることになりました。プロ選手になります。不安もあるけど、また沖縄でプレーできることはすごくうれしいし、今は楽しみの方がずっと大きいです」

チームプレーを学んだことでプレーの幅を広げる

琉球ゴールデンキングスに入ってからの岸本の活躍にはめざましいものがある。ルーキーイヤーとなった2013-14シーズンには決勝戦で秋田ノーザンハピネッツを破って優勝。岸本はこの大一番に34得点をマークして栄えあるMVPに輝いた。

「いえ、使ってもらえたことがラッキーだったんです。キングスには与那嶺翼さん(現金沢武士団)、並里成さんという強力なポイントガードがいて、自分はしばらく下積みだと思っていたんですが、その2人が移籍とアメリカ挑戦のためにチームを離れてしまって、いきなり僕にチャンスが巡ってきたんですね。もうやるしかないです(笑)。バーニー先生に言われた『勝ちたい気持ちをプレーで示せ』という言葉を思い出して頑張りました」

そうは言うものの、ルーキーでありながらチームを牽引し、自らスコアリングリーダーになるのは簡単なことではない。学生からプロへ、何が一番彼を変えたのだろうか。

「それはやっぱりバスケットIQ的な部分だと思います。それまでは自分がボールを持って、『自分が自分が』というところが多かったのですが、プロになってボールをシェアしながら周りの動きに合わせることを覚えました。そのことで逆に自分のプレーの選択肢が増えたんです。無理なプレーも減りました。コートの外でも身体のケアだったり、食事の栄養面だったり、学生時代はあまり考えなかったことを真剣に考えるようになった。私生活でもプロ選手としての意識を持つようになったと思います」

昨シーズンからはキャプテンも任され、今年は初の日本代表メンバーとしてウィリアム・ジョーンズカップにも出場した。

「自分が代表に選ばれるとしてももう少し先だと思っていたので、正直驚きました。考えればプロ選手になってからすごいスピードでいろんなことが起こっています。でも、それを絶対無駄にしたくない。ジョーンズカップを経験して、バスケットというのは本当にフィジカルゲームなんだなあと改めて実感しました。日本なら多少ごまかしが利くディフェンスもごまかしきれなくて、フィジカルの強化は必須だと感じました。ただ、オフェンスに関して言えば通用した部分も結構あったので、それは自信になったし、その精度を上げていくことが目標です。この経験は次のステップアップにつながると思っているし、絶対Bリーグの戦いに生かしてみせます」

「沖縄のクラブであることに誇りを持って戦います」

その幕開けとなるアルバルク東京との戦い。「ウチはサイズで劣る分、厳しい戦いになるとは思いますが、その中でリバウンドをどれだけ拾えるか、平面勝負をどこまで制することができるかが鍵になると考えています。開幕戦はただの戦いじゃなくて、どれだけたくさんの人にバスケットの熱さ、面白さを伝えられるかが重要であり、戦う僕らにはその責任があります。『バスケって背が高い人がやるスポーツでしょ』と思ってる一般の人たちに『それだけじゃないんだよ』というところを見せたいですね。176cmの僕が大きな選手をかいくぐって活躍したらインパクトありますよね(笑)。ウチはそれぞれが誰かのために犠牲になることができるチームだから、それを前面に出して、自分はその中で求められる『得点』にこだわって戦うつもりです」

常に明るい顔しか見せない岸本だが、キャプテンを任された昨シーズンは自分の調子が上がらないことに長く苦しんだ。そんな時に支えてくれたのはたくさんのブースターの声援だったという。「ずっと一人でもがいていた時、ファンの皆さんが変わらず応援してくれたことが本当に本当に涙が出るぐらいうれしかったです。おかげで長いトンネルを抜けて、bjラストシーズンの王者になることができました。苦しんだ分、前より成長できた自分を感じています」

開幕戦には沖縄からも多くのブースターが応援に駆け付ける予定だ。テレビでも地上波やBSでライブ中継される。まさにバスケットボール元年を象徴する記念すべき一戦。

「沖縄のクラブであることに誇りを持って戦います。こんな大舞台に立たせてもらえることに感謝して、それに恥じないプレーをする覚悟を持ってコートに立つつもりです」

力強くそう語る岸本を見れば、その顔からさっきまでの笑みは消えていた。