文=松原貴実 写真=安田健示

努力することを止めず『2位の男』を返上

ウイリアム・ジョーンズカップに出場する代表メンバーに選出されたことを聞いたのは会社の事務所。目の前の社長に向かって思わず「嘘でしょう?」と言ってしまった。「それほど自分が代表に選ばれるなんて考えたこともなかったです」

だが、狩野の経歴を振り返ればそれぞれのカテゴリーでしっかり結果を出してきた選手であることが知れる。

中学3年次に福岡代表メンバーとして出場したジュニアオールスター大会で優勝。しかし福岡第一高校では2年のウインターカップ準優勝、3年のインターハイ準優勝、ウインターカップ準優勝。決勝戦まで駒を進めながら最後のひと山が越えられないことで『2位の男』と揶揄されたこともあり、その呼び名を返上したい気持ちを持って東海大学に進学。キャプテンを務めた最後のインカレで宿敵青山学院大学を破り、悲願の日本一に輝いた。

卒業後はNBDL東京エクセレンスに入団し、ルーキーシーズンから主力として活躍、3年連続リーグ優勝の立役者となった。中でも2年目のシーズンにマークした3ポイントシュート成功率47.3%という記録はシューターとしての能力を物語っている。長谷川健志ヘッドコーチも「狩野は完璧なピュアシューター」と評しており、今回の代表選出もそのシュート力を買われてのことだった。しかし、本人に言わせると「自分のシュート力は天性のものではなく、努力で身に付けたもの」らしい。

バスケットをしていた2人の兄の影響で小学4年生からミニバスチームに入った。とにかくうまくなりたくて、夕方から練習が始まる日は昼過ぎに体育館に行きシュート練習をしていたという。その数1500本イン。尋常な数ではない。

「練習が始まる頃に腕が上がらなくなって先生に叱られたこともあります(笑)。でも、もらったら打つ、もらったら打つ、延々と続くあのシュート練習は今の自分の基礎になっているような気がします」

中学に入っても毎朝5時半に家を出てシュート練習。高校でも毎朝6時からシュート練習。それが狩野の日課だった。

「大学に入ってから思ったんですが、当たり前だけど上には上がいる。何て言うか、持って生まれたセンスとか才能とかそういうのが違う選手がいるんですよね。自分は高校までは何とかずっと主力で全国大会にも出させてもらっていましたが、実力のある選手が全国から集まった大学では、最初はベンチにも入れず試合のビデオ撮り係みたいなのを任されて。他の大学を見ると高校で戦った選手たちがすでにコートに出ているし、なんで自分はこんなところでビデオ撮ってるんだろうとか、頑張っても自分の能力じゃ限界があるのかなあ、と悩んだこともありました」

しかし、それでも努力することは止めなかった。3年生の秋、ケガをした上級生に代わってスターティングメンバーに入ったのをきっかけに狩野の努力は少しずつ結果に表れていく。そして、迎えた学生最後のインカレで勝ち取った優勝。「あれは田中大貴(現アルバルク東京)を始め、能力が高い下級生たちがいたおかげ」と、本人は控え目だが、大会後その下級生たちが揃って口にしたのは「先頭を切ってハードな練習に取り組む狩野さんの背中をずっと見てきた」、「だからどうしても狩野さんを日本一にしたかった」という言葉だった。

優勝した瞬間、膝を折り、床にひれ伏すようにして泣き続けた狩野の姿は今も多くの大学バスケットファンの語り草になっている。「あんなに全身で喜びを表す選手、初めて見たよなあ」と。

転機の年、「足りない」ことを知りモチベーションに

今年は転機の年となった。Bリーグ発足を前に滋賀レイクスターズへの移籍を決め、プライベートでは6月に結婚。「いろんな意味で新しい生活が始まるんだと感じています」――。その矢先に告げられた日本代表メンバー選出もまた狩野にとって新たな一歩となった。が、代表合宿に参加して痛感したのは「自分が他のメンバーより劣っている」ということだ。

「ボールをもらうまでのコンタクト、タイミング、駆け引き、すべてに自分の知識が足りないことを思い知らされました」

ジョーンズカップ代表メンバー14人の中でNBDLに所属していたのは狩野ただ一人。「他の選手はNBLやbjのトップレベルの中で戦ってきた選手ばかりで、正直、戦ってきた環境の差を感じます。当たりの強さとか判断力とか……。もう知らないことばかりで、自分は間違いなく遅れていると思いました」

だが、卑屈になることはない。14人の中で「選手として自分が一番下っ端」と言いながらも表情が明るいのは、「下っ端だからこそ伸びしろも一番ある」と考えているからだ。

「知らないことを知るという意味では他の選手より僕の方が良い経験をさせてもらっているのかもしれません。そう思うとキツイ練習も楽しい。自分は秀でた才能とか能力はないけど、努力だけはだれにも負けない自信があります。だから自分の中に伸びしろを感じられるのはうれしい。努力すればまだ伸びていけるということですから」

7月23日から31日まで開幕されたジョーンズカップで日本は3勝5敗、7位の成績で終了。狩野は5試合に出場したもののベンチを温める時間が長かった。が、「もちろん試合には出たいですが、ベンチにいても学べることはあるはずです」と語っていた言葉を思い出すと、それもまた想定内だったのかもしれない。

「自分にとって重要なのはこの大会で何をつかんでこれるか、そして、それを新たなステージでどう生かしていけるかということです」

近付いたBリーグ開幕。新天地のコートの上で狩野が見せるその『答え』に期待したい。