文=小永吉陽子 写真=野口岳彦、小永吉陽子

ベテラン選手が迎えたモチベーションとの向き合い方

吉田亜沙美、ワールドカップ代表メンバーから外れる――。

日本一の経験と実力を持つ司令塔が、9月にスペインで開催されるワールドカップのメンバーから外れると発表されたのは5月30日。その理由をトム・ホーバスヘッドコーチは「コンディションが足りなかった」と発表したが、実際のところ吉田は最初から合宿に参加していなかった。

「彼女は毎年、Wリーグと代表活動を全力でやっていたので、スケジュールがキツいことは承知しています。だから今は休みが必要で、戻って来てくれたらすごくありがたいけれど……」と、4月の1次合宿では休養を認めていたホーバスヘッドコーチだが、その一方で「ただ、いつまでも待つわけではない。今は若いガードを育てなければ」と吉田が戻る可能性が低いことも言及しており、ガード陣の熾烈な競争の下で新たなチーム作りを始めていた。そして4次合宿にて、今年度の活動に参加しないことが正式に発表された。

ホーバスヘッドコーチが言う「コンディションが足りなかった」とは、心身両面で戦う準備ができていないことを指す。最初に吉田の戦いぶりに異変を感じたのは昨年の夏、3連覇を果たしたアジアカップだった。

これは大﨑佑圭も髙田真希も同様だが、リオ五輪という最大の目標に挑んだ後、日本代表歴の長い3選手は目標設定の難しさに直面していた。それでも3本柱は日本にとって絶対的に必要な選手であるため必死に身体作りを進め、大﨑と高田は大会が進むにつれて徐々にピークへと上げていった。エースの渡嘉敷来夢が欠場していたため、2人がインサイドの柱としてやらねばならなかったからだ。

しかし、吉田は乗り切れない自身のパフォーマンスについて「戦う気持ちがうまく作れないからプレーの悪さに出ています。自分でも何とかしなければと思っている」と苦悩を吐露していた上に、大会前から抱えていた膝の痛みが再発してしまう。

それでも、吉田が手を抜いて戦ったことなど一切ない。日本代表の恩塚亨コーチはこう証言する。「リュウ(吉田)はいつでも自分が出ている時は100%の力を出して戦い、交代した時には灰のようになってベンチに戻ってきます。そんなキャプテンをみんなが信頼しているのです」

昨夏の目標は「みんなを世界に連れていくこと」

ベテラン選手たちがコンディショニングに苦しんでいる中、必然というべきか、大会中に世代交代が始まっていた。リオ五輪で自分の居場所をつかめなかった長岡萌映子や宮澤夕貴ら今年25歳になる選手たちが躍進し始める。

中でも次世代の司令塔となる藤岡麻菜美のブレイクは目覚ましかった。とりわけ目立ったのは準決勝の中国戦だ。準々決勝のチャイニーズ・タイペイ戦の後に膝の痛みが出た吉田にドクターストップがかかってしまうが、ピンチに陥った試合で藤岡は、36分のプレータイムで19得点14アシスト8リバウンドと『トリプル・ダブル級』の働きを見せ、その名を一気にアジアに轟かせた。

そして、アジアカップでは3番手のガードに回った町田瑠唯こそが決勝の苦しい場面でチームを救った。マークが厳しくなって足が止まった藤岡に変わり、度胸あるゲームメークとボールプッシュで試合を立て直し、オーストラリアを1点差で下す粘りを呼び込んだ。チームを支える役目に回った吉田は大会直後にこう語っている。

「この大会で自分にできることは、最低限の目標であるワールドカップのチケットを取ってみんなを世界に連れていくことでした。タイペイ戦までは何とか試合に出て責任を果たそうと思い、それ以降はみんなに託しました。町田はオリンピックの経験を見せてくれたし、藤岡に関しては親心というか、これから日本を背負っていく経験を積むことができてうれしいと思えました。もう町田も藤岡も日本を引っ張っていけると思います」

まるで、日本代表での戦いはこれで最後――と言わんばかりのキャプテンの発言だ。世代交代が始まったとはいえ、吉田の経験はまだまだ代表にとって必要なものである。「次の日本代表での目標は?」と質問をすると吉田は少し考えて、「日本代表とは日本を背負う覚悟がある選手が出るところで、それだけの気持ちが自分にあるかといえば、今はそこまでの気持ちに達していないです。今後についてはゆっくりと気持ちを整理したいと思います」と正直な気持ちを打ち明けていたが、「気持ちを整理する」という一言だけが来季への希望につながっていた。

日本代表として完全燃焼した吉田亜沙美(後編)
「今は前に進むために気持ちと身体を休ませる時期」