取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

1月に紹介した鶴我隆博が監督を務める『最強の公立中学校』西福岡は、この7年間で全中決勝に4回進出し、2回優勝しており、多くのタレントを輩出している。このところ高校で福岡大学附属大濠と福岡第一の両校が結果を出しているのも、下のカテゴリーから上がって来る選手の質が総じて高いことが一つの要因となっている。それは中学に限らない。今回紹介するのは、ミニバスの強豪として知られる『百道シューティングスターズ』だ。土本健司監督は35歳から指導を初めて現在56歳。ジュニアオールスター選出選手12名を輩出しているが、それよりもバスケットを通した人間形成を重視する土本監督に話を聞いた。

百道シューティングスターズ土本健司が語る、バスケットを通した人間形成(前編)

人として学ぶことができたかどうかが『結果』

──ありきたりな質問ですが、指導者をやる醍醐味はどんなところで感じますか?

子供たちと試合に臨むこと。練習で成長する子供たちを見ることですね。私にとっては何よりの楽しみだし、快感です。長いことやっているので、負けて悔しい思いがあっても次にまたチャレンジするぞと、すぐに切り替えられます。仕事のストレスはあっても、子供たちと勝利に向かって全力で熱くなれる瞬間は自分の生き甲斐だし、苦労だとは全然感じないですね。

もちろん、難しいですよ。小学生の子供は親からもらった価値観ぐらいしか持っていなくて、本当にまっさらなので、毎日のようにコートで触れ合う指導者の影響は絶大です。だから自分の人格形成ができていない指導者が安易に教えるのは危険なことなんです。指導者としてバスケットを通して何を子供たちに伝えるかの目的、理念を確立することは非常に大事だと考えます。

バスケを教えもしますが、それよりも試合に出れない子たちも含めシューティングスターズに入って良かった、人として学ぶことができた、という結果を出してあげられるかどうか。たとえ保護者から「なんで試合に出してもらえないんですか」と言われても、それに対して絶対にブレない理念を持って、「試合に出れないことがこの子にとっての最大の成長なんですよ」と言い切れるかどうか。その理念を確立することです。

──多くの指導者が現実的な問題として親との接し方、コミュニケーションに悩んでいると思います。特にミニバスは中高の部活動に比べ、父兄とのかかわりが強いですよね。

ミニバスは部活よりも子育て感が強くて、保護者と子供と指導者は三位一体ですね。私がバスケットを通して子供に何を伝えたいのか、それを保護者に理解してもらうのも大切です。私がコートで言うことと全く逆のことを家で言われるのでは、子供たちは何を信じていいのか分からなくなります。ウチは保護者会を開いて、年の最初の方針、私の指導理念の確認を毎年同じようにやります。

「ウチの子を試合に出してください」みたいなエゴは一切聞きません。本当に頑張ったら試合に出るチャンスは必ず与えます。頑張りきれていないから試合に出られないことは、実は子供たちが一番分かっている。だから子供たちに依怙贔屓は一切しません。能力があるから使うんじゃなく、努力に見合った評価でチャンスを与えます。うまいからどんな態度を取ってもいい、なんてことは許しません。能力が高くてエース級の選手になればなるほど私は態度に対して厳しくなります。特にキャプテンや副キャプテンにはそう接します。

ウチのチームでは保護者からのクレームはゼロに等しいです。そこは手前味噌ですが、圧倒的な存在感が私にあるのだと思います。どんなことを質問してもらっても、バスケットを通した指導に関することには100%答えられる自信があります。

バスケットをやる上で本当に重要な『2つ』のこと

──ミニバス年代に限らずですが、指導者に求められる資質とはどんなものだと思いますか?

指導者がブレないことです。理念に関しては何が正解かはないと思います。選手がバスケットの世界で一流になれるかどうかは、指導者の力よりもその子の持っているポテンシャル、適性だと思っています。言い方は悪いですが、本当に適性のある子はそのチャンスを自分で引き寄せて行きます。キャリアの入り口で出会う指導者も大事ですが、その子の持つポテンシャルがチャンスを引き寄せ、それに見合ったステージに行くと思います。私たち指導者の役割は、その中でその子が変な方向に進まないように修正することです。

全国のいろんなチームのコーチが「合同練習をしてほしい」と来てくれるのですが、正直なところ、やっていることは全然特別じゃないんです。ほとんどファンダメンタルですよ。

──プロ選手になれるかどうかはその子の適性だとして、中学校の部活に送り出す前にしっかり身に着けたいのはファンダメンタルですか?

そうですね。ハンドリングのスキルとか、しっかり顔を上げてドリブルができることだと思います。ファンダメンタルを鍛えて後は鶴我先生にお任せする。私の教え子と言っても、オールスター選手に育ててくれたのは鶴我先生ですから(笑)。

私は子供たちに「バスケットをやる上で本当に重要なのは2つだ」と言っています。一つは走れること。走れない選手は最後にディフェンスを頑張れない。ルーズボールを頑張れない。シュートは届かないとなり。小学生で筋トレはできませんから、走って走って身体を作ることです。

もう一つは接触に強いこと。バスケットは球技の格闘技ですから、接触が多いです。トップスピードで来る選手を身体を張って止めないといけない。またそうやって止めようとするディフェンスをブチ破らないといけない。将来的には技術が大事になりますが、まずはコンタクトに強い、嫌がらないことです。一対一から逃げないメンタリティですね。

「掲げた目標に向かってあきらめない人間形成を」

──この記事を最も熱心に読んでいるであろう全国のミニバスのコーチたちに、アドバイスをお願いします。

ミニバスケットのカテゴリーなので、やっぱりファンダメンタルです。遠回りのようで、子供たちがバスケットをやっていく上で一番大事なことです。シュートのフォームにしても、下級生の時からきちんと教えてあげれば、後で苦労しません。

それと子供たちに自分で目標を決めさせること。ここは徹底しています。例えば試合でベストメンバーから外れた子は、「もう一回行かせてください」と自分から言いに来ないといけない。それは『will to win』ですよね。willは意思、winはもちろん勝利ですけど、ゲームに勝つことじゃなく自分に勝つことなんです。

全国を目指すと自分で決めたのに、本当に戦えたのか。そこを私は問いただします。でも「勝てよ」とは言いません。「勝ちたいのか」と問うことで「絶対に勝ちます」という意思を引き出したいです。子供たちがいつかバスケットから離れた時に、バスケットを通して何を学べたのか。それが人生に大きく役立つものでなければ、ミニバスはただ楽しかった思い出で終わってしまいます。バスケットを通じて、本当に辛いことや苦しいことから逃げない、自分が掲げた目標に向かってあきらめない、そいう人間形成をしてあげたいと思っています。

指導者として私が誇りに思うのは大会で優勝したことではなく、卒業していった子供たちがいろんな分野で活躍していることです。プロのオペラ歌手になろうとしている子、ヨットの日本代表の子、ラグビーで花園で活躍した子もいます。百道では今年で15期ですが、その間に東大生が3人出ました。一流大学にいっぱい進学しています。慶応義塾大に受かった子が「受験勉強の時に机の前に『will to win』って貼ってました」と報告してくれる。これはうれしいですよ。

そういう子供たちがこれからいろんな目標を掲げて、壁にぶち当たって、それに挑んでいく時に、まっさらな価値観の時に出会った『逃げない心』が生きる。それを実感できる時が指導者としての一番の喜びです。