篠山竜青が語るバスケ部時代vol.4「ライバルを身近に見つけることはすごく大事」

篠山竜青が語るバスケ部時代vol.4「ライバルを身近に見つけることはすごく大事」

2020/01/04

篠山竜青

『バスケット・グラフィティ』は、今バスケットボールを頑張っている若い選手たちに向けて、トップレベルの選手たちが部活生時代の思い出を語るインタビュー連載。華やかな舞台で活躍するプロ選手にも、かつては知られざる努力を積み重ねる部活生時代があった。当時の努力やバスケに打ち込んだ気持ち、上達のコツを知ることは、きっと今のバスケットボール・プレーヤーにもプラスになるはずだ。

PROFILE 篠山竜青(しのやま・りゅうせい)
1988年7月20日生まれ、神奈川県出身。気迫溢れる激しいディフェンスを持ち味とし、その明るい性格とリーダーシップで日本代表のキャプテンを務めた。プレーだけでなく、抜群のワードセンスで観客を魅了するBリーグ屈指の人気者。

「モチベーションを上げるための存在を作っておく」

短いスパンでの目標は常にあったと思います。例えば高校時代なら、3年の時に日本一になろうという合言葉はあったけど、とにかく2年でスタートにならないといけないと思っていましたし、その中で自分がエースになるとの思いで1年間やっていました。日本一になるだけじゃなく、2年か3年の間にU18に入らないといけないって思いも持ってましたし、そういうモチベーションで毎日やっていました。

3年の時は日本一の目標もあるけど、個人として関東1部の全大学から推薦の話が来るぐらいのプレーができるようにならないといけないと思ってました。チームスポーツだけど、常に自分自身のターゲットがあって、それは自分がここまで登ってこれた一つの要因かなと思っています。

あとはライバルを身近に見つけることはすごく大事です。例えば、この人が行けるなら自分も行けるんじゃないかという基準を持つことですね。中学の時、世田谷学園高校に挑戦した1個上の渡邉裕規さんが試合に出ていたので、僕も行けるんじゃないかと思ったり。北陸を卒業して、西村さんが大学1部トップの東海大でも、1年から主力でやれていたので、自分も行けるとか。

日本代表はすごく壁が高いけど、橋本竜馬が呼ばれた。じゃあ僕も行けるんじゃないかとか。そういう自分に似たものを持っている人とか、同じポジションでもいいし、あの人がやれるなら自分もやれるって思える存在がいるとすごく燃え上がれます。

あとはチームメートの辻直人が、僕よりもずっと前に代表に入っていたので。辻が代表に入るなら俺も行きたいとか、そういうモチベーションを上げるための存在を一人じゃなくていいので、いろんなところに作っておくのがいいと思います。僕はそれで良い感じになった節があります。

篠山竜青

「富樫が1億なら俺も1億、が小さな目標かな(笑)」

日本大学に進学して、3年生の時にインカレとリーグ戦で優勝しました。その後、東芝という誰でも知っている企業に入社できて、バスケットボールで就職するという夢が叶って本当に充実していましたよ。

本当にとんでもない経歴の人たちと社員研修をして、東大卒、京大卒の人たちやドクター、バスケしかしていない自分が同じテーブルでディスカッションしてるっていう(笑)。すごいな、バスケしてきて良かったなって(笑)。仕事をしながらバスケをやるというのが、当時の僕にとっては一番の成功だったので。

でも時代は変わりました。今の子たちにはBリーグという輝かしい世界があることをイメージしてほしいです。地元に帰ってチヤホヤされるのはいつでもできるけど、チャレンジして成功してBリーガーになれば、何万人もの前でバスケットボールがプレーができます。いっぱい取材もされて、テレビに出て、雑誌に載って、SNSに載って。もしかしたらきれいなタレントの人に会えるかもしれないし、女子アナにインタビューされるかもしれない。

富樫勇樹が1億円をもらったり、代表選手の年俸が上がっている話もあるし、アリーナの新建設も発表されてるし、Bリーグってそういう舞台になってきています。バスケで成功したらカッコ良いことが起きるということを理解して頑張ってほしいです。

富樫が1億なら俺も1億が小さな目標かな(笑)。大きな目標は、川崎の新アリーナでプレーすることです。5年後なのか、7年後なのか、いつできるのか分からないですけど、新アリーナができるまで現役でやりたいです。

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