ヤニス・アデトクンボ

「幸せなのに競争を追い求めるのはエゴかもしれない」

合意から2週間、ヤニス・アデトクンボのヒート移籍が正式に発表された。ヤニスは13年間を過ごしたバックスを離れるにあたり、感謝と別れを伝えるインタビュー動画を公開した。聞き手はジム・パシュケ。バックスの試合実況を35年間務め、2021年の優勝を最後に引退したキャスターであり、18歳のルーキーイヤーからヤニスを見守ってきた人物だ。

そのパシュケに向かって、ヤニスは「僕は移籍するけど、正直に言うと変化が怖い。『隣の芝生は青く見える』ことは分かっているんだ」と率直な気持ちを明かす。

「ここではみんなに愛され、尊敬され、自分らしくいられる。そんな場所は他のどこにもないと考えると恐怖を感じるんだ。でも、朝に目が覚めた時、夜にシャワーを浴びている時に『移籍すれば優勝のチャンスがもっとある』と考えてしまう。今回の決断を下さないまま37歳か38歳になって後悔するのが怖い。これは非常に難しいリスクの話なんだ」

「以前の決断はもっとシンプルだった。家族のより良い未来のために『やってやる』と思うだけだった。でも今は、子供たちは家から2分の学校に通っていて、母も妻も幸せに暮らし、兄弟も同じチームにいて、すべてが上手くいっている。それなのに夜中に目を覚まして『もう一回優勝したい』と思ってしまう。幸せなのに競争を追い求めるのはエゴかもしれない。僕はバスケのためにいろいろなことを犠牲にする。家族と離れる時間が増え、子供の誕生日を一緒に祝えない。妻が一人で子供たちの面倒を見て家を切り盛りしている間、僕は優勝を追い求める。やると決めた以上はとことんやりたい。だから『これは僕のワガママなんじゃないか?』との疑問が沸くんだ」

「でも父なら『自分の成長を感じるために、居心地の悪い場所に行け。誰に何と言われても気にせず、夢を追い掛けろ』と言うだろう。バックスでの時間が終わりに近付いている、それを自分の中でも周囲からも感じていることに気付いたのは、とても辛いことだった」

ヤニス・アデトクンボ

「みんなを代表して泥臭い仕事を全力でやってきた」

2013年の8月にヤニスが初めてミルウォーキーに来た思い出からコービー・ブライアントとの練習まで、彼らの会話は多岐に及んだ。その中でヤニスが最も語りたかったのは、ファンの愛情とリスペクトへの感謝だ。

「バスケへの愛は決して変わらない。僕はこれからも努力と成長のプロセスに没頭し続ける。同じようにファンへの愛も変わらない。ダンクでも何でもシュートを決めて客席に目を向けると、アドレナリンが出ていて立ち上がって喜んでいる観客の姿がスローモーションに見える時がある。ここに来て最初のプレシーズンでプットバックを決めた時から、それは最高の瞬間なんだ。ファンのみんなを自分のプレーで幸せにする、人生に良い影響を与える。その影響の大きさは街に出て声を掛けられるまで気が付かないものなんだ。良い時も悪い時も、勝ちも負けも、何一つとして変えたいとは思わない」

「ミルウォーキーの街、そしてウィスコンシン州の人々に、これだけは覚えていてほしい。僕は皆さんのようになりたかった。ミルウォーキーは労働者の街だ。毎日一生懸命働き、その稼ぎでチケットを買って試合を見に来てくれる。僕は13年間、みんなを代表して泥臭い仕事を全力でやってきたつもりだ。その姿から伝わるものがあったなら、これ以上の喜びはないよ。ミルウォーキーへの愛情は誰が何と言おうと変わらない。子供たちが生まれ、家族になり、今の僕を作ってくれたのがこの場所だ。世界のどこにいようが、どこでプレーしていようが、それは決して変わらない。ミルウォーキーはいつまでも僕の『家』だ」

パシュケが「いつ戻って来ても、君は拍手と愛情で迎えられるはずだ」と言うと、アデトクンボはうれしそうに「そう願っているよ」と答えた。