
大きな役割を担うも、連携を高められずケガにも苦しむ
ノーマン・パウエルはNBA11年目のシーズンをヒートで迎えた。クリッパーズではジェームズ・ハーデンとカワイ・レナードに並ぶ得点を挙げるだけでなく、オフェンスをスムーズに動かす『潤滑油』として機能していただけに放出は意外だったが、子供の頃からドウェイン・ウェイドの大ファンだった彼は、自分ではコントロールできない移籍先がヒートになったことに大喜びだった。
ヒートはジミー・バトラーが退団した後で得点力を強化する必要があり、タイラー・ヒーローとパウエルのコンビがオフェンスに流れを生み出し、分厚い選手層の個々が持つ様々な強みを引き出すスタイルを目指した。
しかし、その構想は思うように形にならなかった。ヒーローの左足首の回復が思わしくなく、手術が必要になったためにトレーニングキャンプに参加できず、開幕から1カ月はプレーできなかった。
その間にパウエルはオフェンスを引っ張り、その活躍が評価されて初のNBAオールスター選出も果たすのだが、その後はケガとの戦いを強いられた。2月末の股関節のケガに加えて呼吸器系の病気でも欠場が続き、チームは彼を外したラインナップも試すことに。パウエルとヒーローが入れ替わりで戦線離脱したことで、2人を中心とするケミストリーを深められないまま、シーズンは呆気なく終わってしまった。
シーズン最後の会見でパウエルは「どのシーズンにもアップダウンは必ずあるから言い訳はできない」と前置きしつつ、シーズンをこう振り返った。「シーズン終盤に試合の重みが増す中で、自分にコントロールできないケガや病気で調子を上げられなかったのは辛かった」
ヒーローとのコンビについても「一緒にプレーする機会が十分ではなかった」と、やり切れない思いを語る。「新しいオフェンスを導入するチームで、彼がトレーニングキャンプとプレシーズンゲームに出られず、お互いの好みや得意なプレーを把握できなかった影響は大きかった。開幕後にぶっつけ本番でケミストリーを築くのは難しい。彼が戻って来たと思ったら今度は僕がケガ。そういった不運が重なり、チームが思い描いていたバスケを形にできなかった」
彼は5年9000万ドル(約140億円)の契約満了を迎え、フリーエージェントとなる。新契約を結んでの残留が基本線となるが、ジミー・バトラーの時代が終わり、チームが新たな方向性へと進む可能性もある。
「ケガもあったけど、チームとして絆を深めることができて、個人的には良い1年を過ごせたと思う。ただ、今後のことはまだ分からない。エージェントがフロントと話してから方針を決めるけど、僕としてはまずは家族との時間を過ごしたい。ただ、練習はすぐに始めるよ。僕は家でゆっくり過ごすタイプじゃないし、代表活動があるからね」
シーズンが終わった瞬間から、彼の意識はジャマイカ代表に向いている。彼の父親はジャマイカのキングストン出身。パウエル自身はジャマイカを訪れたことがなかったが、代表入りのためにルーツを探ってパスポートを取得し、昨年のワールドカッププレ予選で代表デビューを果たした。
ジャマイカ代表はFIBAランキング79位で、強豪どころか近年まで代表チームとしてほぼ機能していなかった。パウエルは昨年に代表参加し、プレ予選突破に貢献。現在はカナダ、プエルトリコ、バハマと同グループのワールドカップ予選を戦っている。
「ジャマイカ代表における僕の仕事は、後に続く選手のために基礎を作ることだ」とパウエルは言う。「映画『クール・ランニング』のボブスレーチームみたいなもので、『ジャマイカにバスケチームはあるのか?』と言われるような存在だ。でも、僕が見るにジャマイカにもタレントは育っている。NBAから参加しているのは僕一人だけど、ジャマイカにルーツのある選手は多い」
通常、NBAで確固たる地位を築いた選手がフリーエージェントの時期に代表活動に参加することは考えられない。ケガをすれば大きな契約を得るチャンスを失うことになるからだ。しかし彼は、去年の経験から自分が代表チームに大きな影響を与えられることを知り、それが大きなモチベーションになっている。
「小さな代表だから、いろんなことが整っていない。去年の大会も、誰が参加して、いつどこでトレーニングキャンプをやるのか直前まで決まっていなかった。でも、僕が参加したことで注目が集まり、活動資金も集めやすくなる。連盟の人たちはアマチュアで、プロの環境を知らないから、そういう部分で僕がアドバイスできることも多い。僕の代表参加がきっかけになって、同じ志を持つNBA選手が増えれば、ジャマイカ代表はもっと強くなる。資金的にも余裕が生まれ、環境もずっと良くなるはずだ」
32歳で迎える今オフは、キャリア最大の契約を得られるチャンスとなるが、彼は交渉をエージェントに任せ、自分自身の意識は代表活動に向けるつもりだ。