文=大島和人 写真=B.LEAGUE

「しっかり自分たちのやるべきことをやり続けよう」

栃木ブレックスはチャンピオンシップの1回戦で千葉ジェッツに連勝し、準決勝進出を決めている。14日の第2戦は22点差をひっくり返す驚異的な逆転勝利だった。

ブレックスアリーナの興奮は、試合後のヒーローインタビューで最高潮に達していた。そんな時には熱い言葉で場内を盛り上げることも、プロとして大切な行動かもしれない。ただし須田侑太郎、ジェフ・ギブスに続いてマイクを握った田臥勇太はMCの『煽り』にすぐ応じなかった。彼は相手への感謝、ファンへの感謝という順番で話を始めた。

「まずはここまでともに激しく戦ってきた千葉さんに敬意を表したいと思います。出だしに点数は離れましたけれど、誰一人あきらめなかったし、パニックにもならなかった。ともに最後まで戦ってくれた皆さんのおかげで、こうやって逆転することができました。本当にありがとうございました」

田臥の言葉を耳にして、あらためて彼の『らしさ』を感じた。彼は常に冷静で、全体に気を配ったコメントをする。記者泣かせなくらい謙虚で、相手や仲間へのリスペクトを欠いたコメントもしない。富樫勇樹(千葉ジェッツ)、並里成(滋賀レイクスターズ)といった『ネクスト田臥』との対決はメディアにとって美味しいテーマで、試合後は必ずそれに関わる質問が出てくる。しかし田臥は必ず「個人vs個人で勝負をしているわけではない」と念を押してから話を始める。彼はそういう姿勢を、周りの99%が興奮している中でも失わない。

14日の試合は第1クォーターに13-33と離される厳しい展開だった。田臥はそんな時間帯をこう振り返る。「点差はついてしまったんですけれど焦らず、しっかり自分たちのやるべきことをやり続けよう。一気に追い付くのは難しいですから、一つずつしっかりとやっていこう、というそれだけでした。まずはディフェンスからしっかりやり続けようというのと、コミュニケーションを取り続けようというみんなの意識はあったと思います」

「信じ合って、助け合って、を続けていけるチーム」

彼自身に絞ればこのようなことを考えていたという。「焦っちゃいけないと個人的にはまず思った。どういう風にここから展開をしていかなければいけないかというのを、とにかくひたすら考えてやっていました」

勝因についてはこう語った。「信頼関係ですね。お互いを信じ合って、助け合って、というのを続けていけるチームだと思っていますので、そこだけですね」

焦らない、一つずつ、お互いに信じ合い助け合う――。言葉にすると簡単だが、チーム全員にこれを徹底させることは容易でない。しかし栃木はそれができるチーム。今季の戦いを振り返っても、3月19日の滋賀レイクスターズ戦など、同様の逆転劇があった。

栃木は最大22点差というゲーム展開の中でも雑なオフェンス、ディフェンスがなかった。プレーのルールを守り、一人ひとりがやるべきことをしっかりやるという『当たり前』を徹底しているうちに、流れが変わっていく。千葉は第2クォーターに10点、第3クォーターは9点と攻撃を封じられ、フラストレーションが内に向き始めていた。

富樫勇樹は千葉側の目線で栃木をこう評する。「チームとしての結束力、一体になってプレーしているというところにかなりの差があった。バスケットボールだけでいったら互角か、それ以上の力を千葉は持っていると思うんですけど、その部分でこの2試合は負けてしまった」

田臥から感じたものについてはこう語っていた。「結局、バスケットボール以外のところで学ぶことが多い。チームとして気持ちが折れないところは、田臥さんが作り上げていると思う。そういうところは学ばないといけないというか、そこがすごいなとは思いました」

もちろん36歳の田臥と、23歳の富樫は単純に積んできた経験の量が違う。富樫もこういった挫折から学び、田臥のようなリーダーシップを身に着けていくのだろう。

「彼のいないチームでは行けない高みまで行ける」

ライアン・ロシターは14日の勝因をこう振り返る。「22点差を付けられた後もお互いを責めたり、あきらめたりすることなかった。このチームはチームワーク、ケミストリーが素晴らしい」

彼はそんなチームの強みについてはこう説明していた。「長く一緒にプレーをしていることもあると思いますし、本当に素晴らしいメンタリティを持った選手が揃っている。田臥選手は毎試合、毎練習、しっかり準備をして、必ず戦う気持ちを持って臨んでいる。彼のようなリーダーを見て、下の選手がそれに従ってやっていく。トップの選手が見本を見せることで、下まで素晴らしいメンタリティ、姿勢が浸透している」

リーダーシップはその瞬間の言葉やプレーではなく、日々の積み重ねから生まれる。一つひとつの練習、試合を常に大切にする田臥を見て、他の選手は学び、田臥の言葉にも説得力が宿る。突き詰めればそれが14日の逆転を産んだ理由なのだろう。

トーマス・ウィスマンヘッドコーチも田臥への称賛を惜しまない。「田臥という選手をチームに持つということは、すごいアドバンテージ。彼のような質のリーダーシップを持っている選手がいれば、彼のいないチームでは行けない高みまで行けるのではないか」

バスケットボールは流れのスポーツで、1試合の中に良い時間帯と悪い時間帯が必ずある。そういう時に流されることなく、丁寧に、チームとしての戦いを貫けるのが良いチーム。そしてそういう方向に仲間を導けるのが、良いリーダーだ。

彼はチャンピオンシップ開幕を前にした5月8日の記者会見で「チームを勝たせるのが良いポイントガード」と話していた。こんなことを言えば田臥に「一人でやっているわけではありません」と怒られるかもしれないが……。チームとは何か、勝たせるポイントガードとは何かという答えをあらためて教えられた栃木の大逆転勝利だった。