トム・ホーバス

JX-ENEOSサンフラワーズの11連覇でWリーグが閉幕してから1カ月。アジアカップに向けて女子日本代表が始動しようとしている。東京オリンピックを翌年に控えて刺激には事欠かない。今は束の間のオフを満喫している選手たちも、心身ともに万全で代表に戻って来るだろう。ヘッドコーチのトム・ホーバスは「長く待たされたから興奮が抑えられないよ」と、代表活動の再開を誰よりも楽しみにしている。東京オリンピックでのメダル獲得が期待される日本代表、その指揮官に話を聞いた。

日本代表の指揮官、トム・ホーバスの野望(前編)「金メダルという夢へ向かって」

ビジネスマンとしての経験がコーチ業にも役立つ

──ここからは話題をかえて、コーチのこれまでのキャリアについて教えてください。

最初にバスケットボールを始めたのは5歳の時で、バスケットボールを触った瞬間に、恋に落ちたんだ。野球、フットボール、陸上の高飛び、テニスとか多くのスポーツをやったけど、バスケットボールが常に僕の一番だった。

大学(ペンシルバニア州立大)を卒業して、NBAのロケッツ入りを目指したけど残れなかった。その後に行ったポルトガルでは環境が合わず、働きながらバスケができる環境を探すように代理人に頼んだ。そうしたらニューヨークでトヨタ自動車がトライアウトをやっていると聞いて、入団することになった。

トヨタではバスケットボールをしながら、水道橋の東京本社オフィスで働いていた。大学ではマーケティングを専攻していたこともあって、海外マーケティング部に所属して海外向け冊子の編集とライティングをやっていた。仕事との両立は苦じゃなかった。逆にポルトガルに居た時は、バスケットボールだけで退屈だったんだ。

トヨタで数シーズンを過ごした後、アメリカに戻ってホークスと契約し、NBAでもプレーできた。そこから独立リーグでプレーした後、またトヨタで4年、東芝で1年プレーした。トヨタでは折茂(武彦)さんと6年か7年一緒にプレーしていた。折茂さんが今でも現役なのは信じられないね。若い時の彼とは、練習前に一緒にシューティングをやっていた。東芝時代は、今は川崎ブレイブサンダースのヘッドコーチを務める北(卓也)さんとチームメートだった。

──現役引退後、日本に戻って来るまでの時期は何をしていたのですか?

現役を引退して、コーチの仕事を探したけど十分な報酬のものがなかった。それでアマチュアで高校生のコーチを続けながら、携帯のアプリを作ったりするスタートアップの企業に入った。7年間働いて、最終的には副社長になった。9名から始まり29名になった小さな会社だけど、とても素晴らしい体験だった。ESPNなどと取引をしていたし、ウォルマート(アメリカ最大手の小売店)ともたくさん仕事をした。組織をまとめる面で、この時の経験はコーチとしても役立っている。

トム・ホーバス

「自分もコーチとして日々成長したいと思っている」

──アメリカでビジネスパーソンとして成功していたのに、日本に戻って来た理由は?

コーチをしたかったからだ。バスケットボールは私のDNAで、JX-ENEOSからオファーがあった。女子バスケにはかかわったことがなく、最初はどうなのかと思うところもあったけど、選手たちが熱心に練習に打ち込む姿勢を見て、コーチをやろうと決めたんだ。その決断をして良かったと思うね。

──ホーバスコーチは通訳をつけません。就任当初から日本語で選手とコミュニケーションを取っていたのですか?

当時から日本語は話せた。今の方が流暢だけどね。妻は日本人で、家ではずっと日本語だった。ただ、日本語のバスケ用語を理解するのがまずは大変だったので、コーチの話すことを注意深く聞いていた。それにビジネスの現場の敬語と言葉使いは違うからね(笑)。練習の後も日本語でどんどん選手たちに話しかけて、自分がどんな人物かを理解してもらうようにつとめた。

通訳をつけようと考えたことは一度もない。通訳がいると選手たちは話を聞く時に、私ではなく通訳の方を向く。それが好きじゃないんだ。トヨタでプレーして日本語を分かりかけていた時、通訳がコーチの言っていることのすべてを訳すのは本当に難しいことも分かっていた。だから自分で日本語を話せればいいと考えたんだ。

──JX-ENEOSのコーチになった時点では、女子の日本代表はオリンピックになかなか出られない状況にありました。それがリオ五輪でベスト8に進出し、今では世界でも上位の実力を持つようになりました。当時と比べて、何が変わったのでしょうか?

全体的にレベルが上がったことで、スタンダードが高くなった。吉田、渡嘉敷、髙田(真希)といったトップの選手たちが同じ時期に全盛期を迎え、インサイドでは大﨑もいて層が厚かった。今、私たちはそこからプレースタイルを少し変え、よりドライブ、スペーシング、アウトサイドのシュートを強調している。私が代表のヘッドコーチになってからは、宮澤を筆頭にウイングのレベルが上がっていると思う。

──日本代表のアシスタントコーチとしてアジアカップで勝ち、リオ五輪を経験しました。ヘッドコーチのオファーが来た時は、すぐに引き受けようと思いましたか?

オファーには驚いた。8年間アシスタントコーチをやっていて、もう50歳だし、ヘッドコーチをやりたいと思っていたところだったからね。アシスタントコーチとヘッドコーチは全く違う。52歳になって私は優しく、穏やかになった。選手たちはそう思ってないだろうけど(笑)。でも私は選手たちに毎日成長してほしいし、自分もコーチとして日々成長したいと思っている。

トム・ホーバス

「今の私たちは世界でベストのパッシングチームだ」

──この数年間で日本の女子バスケットのレベルが一気に上がった理由はどこにありますか?

いつでも同じ施設で練習できる充実した環境は、日本が世界に追い付けた理由の一つだ。日本は世界のどこよりも練習している。どの選手も、好きな時に体育館に行って練習することができる。オーストラリアのディレクターと話したけど、練習場所と時間の確保は大変と言っていた。日本はその間に練習できるから、私にとってはハッピーなことだね(笑)。世界のトップに勝つにはもっとハードに練習を続けていかないといけない。それを今やっているところだ。

──今、日本代表のスタイルは女子の世界における最先端だと評価されています。ただ、相手も日本を研究しており、日本のようなスタイルのチームがこれから増えてくると思います。

世界はスモールボールがより主流となっている。以前から取り組んでいる日本にとってはアドバンテージだ。日本の場合はサイズがないので、スモールボールをしなければいけない事情もあるけど、他のチームが日本を模倣するのは難しいと思う。日本はさらに成長している。センターを含め全ての選手がドライブからのキックアウトに3ポイントシュートを打てる。今の私たちは世界でベストのパッシングチームだ。これをコピーするのは大変だよ。

日本のオフェンスはNBAに近いスタイルだ。私たちのテンポの速さは、これまでの女子では見られないものだし、パスについては世界随一だと思う。守備のローテーションはスーパーファーストだ。ワールドカップで他国のヘッドコーチたちから、日本の守備のやり方は好きだと言われたよ。みんな日本のスタイルを気に入っている。東京でアメリカ女子代表を率いるサウスカロライナ大のドン・ステイリーも日本のビデオを見ている。今、日本は世界から良いイメージを持たれている。リオの前、アメリカは日本と練習試合をやってくれなかったけど、昨年はできた。

──サイズの不利を克服するのは日本バスケにとって避けられない課題です。

高さの不利を克服するには、スピードで上回るしかない。ハーフコートバスケになるようではダメで、トランジションをして、相手のインサイドプレーヤーを外に引き出して中にドライブしていく。相手の大きい選手にハードワークを強いることで疲れさせる。ポイントガードからセンターまで、すべての選手が外からシュートし、ドライブしていくことだ。

──最後に、女子日本代表を応援するファンへのメッセージをお願いします。

選手たちは本当にハードワークをしているし、それを応援してくれるファンのサポートには感謝している。素晴らしい何かを成し遂げられるチームを作りたいので、これからもサポートをお願いします。