福岡第一・井手口孝

12月23日に開幕するウインターカップで4年ぶりの王座奪回を目指す福岡第一の井手口孝コーチは、今年60歳の節目を迎えた。福岡第一を全国屈指の強豪校に育て上げ、河村勇輝を筆頭とする好プレーヤーを輩出した名将は、他校の指導者から「目標」として名が挙がることも多い。前編となるこのインタビューでは、井手口コーチが若い指導者たちに感じていることについて語ってもらった。

「たとえ試合に出られなくても『大学では頑張ろう』と思える環境を作ってあげたい」

ーー最近、指導者の方々から「井手口先生を尊敬している」「超えたい」という言葉をよく聞きます。

穴があったら入りたい。勘弁してよ(笑)。開志国際に(井手口コーチと日体大同期の)富樫英樹がいますよ。公立高校の先生は転勤があって、チームを何回もつくり直さなきゃいけないし、環境面でも恵まれていないところがほとんど。私は非常にいい環境でやらせてもらって、全国から選手も来てくれているし、外国人の選手もいる。「小さなおじいちゃんがもがいているな」みたいな感じで同情してくれているんじゃないですか(笑)。

ーー「やらせてもらっている」とおっしゃいますが、チームの基盤は井手口コーチ自らが作られたものです。

私のようなやり方がいつまで通用するかな。不経済だし、練習時間は長いし、部員数も多いし。ただ、トップのメンバーとそれ以外のメンバーを変わらないぐらい練習させたいと思っている。これはカッコつけて言っているわけじゃなくて本当に。指導者として「勝ちたい」「強くなりたい」という気持ちは当然ありますが、それ以上に「バスケット仲間を増やしたい」「競技人口を増やしたい」「教え子にバスケットを続けてほしい」と思っています。

部員の中には、別の強豪校に行きたかったけど入れてもらえなかったという子もいます。「小さいからダメだよ」「そのスキルじゃ通用しないよ」みたいなことをおっしゃられる方もいるから。そういう子どもたちに、たとえうちで試合に出られなかったとしても「大学では頑張ろう」と思える環境を作ってあげたいんです。高校として難しいのなら、クラブチームとしてでもいい。すでにあるクラブチームにうちの場所を提供してもいい。強化と普及を一緒にやっていきたいというのが私のスタンスです。

そういう中で一番困っているのはうちのアシスタントコーチです。私に付き合わないといけないから。私よりも早く来なきゃいけないし、遅く帰らなきゃいけない。でも僕は負けないようにもっと早く来るし、遅く帰る(笑)。でも今は遠慮しているんですよ。遅く来たり、いない日は練習を短くしたりしています。

ーースタッフ数は足りていますか?

まだ足りませんよ。コーチは多ければ多いほうがいい。色んな大人が接してくれることは子どもたちにとっていいことだと思っているから。その上で僕のほうに向いてくれるのがベストです。

ーー飛龍高校を指導されていた、教え子の原田裕作先生も母校に戻ってこられました。

何に妥協して、何にこだわるかというところを突き詰めてほしいですね。ただ彼はまだ私に遠慮しています。僕以上のしつこさ、口うるささが欲しい。遠慮している間に私はいなくなるよ(笑)。

ーー60歳を迎えたご自身の進退について、どうお考えですか。

今年の中学3年生は私がリクルートしましたから、少なくとも彼らが卒業するまでは私がメインで指導します。その次の学年からは原田先生のチームになっていくかもしれませんね。ただ、私立といえども転勤もあるしポジション替えもありますから、私の意思だけでは将来を決められません。勤め人の辛いところです。

教職員は60歳定年で、希望すれば65歳まで再雇用があります。スパッと60でやめられる方もおられますが、私は部の運営で学校からとてもお世話になっているので、「60歳になりましたので後はお任せします」とはいかない。まだ今後のことは決まっていませんが、やれるまではやりますよ。「まだいるの?」って言われるくらいまで。なんだかんだ井手口先生は人気があるんですよ。小学生から「第一に行きます」と言われることもある。中学3年ぐらいになると「練習がきつそうだ」となるけど(笑)。

福岡第一・井手口孝

「能力のある選手をリクルートできたチームだけが勝つというような状況になりつつある」

ーー現在の高校男子バスケ界をどのように見られていますか。

残念ながらレベルが下がっていると思います。新型コロナウイルスと「インテグリティ」という言葉の先走りで、厳しい指導や練習が減ってきている。さらに、ITを通じて情報が得られるようになったことで、スキルがなくても簡単にバスケットを教えられるようになり、映像で見ただけで「勉強した」と勘違いするコーチが増えてきた。1つのフォーメーションがどういう流れでできたのかというところまで掘り下げて初めて「勉強した」と言えると思うんだけど。異質なことをやろうとしている人のほとんどは、ベースの部分がなくてただギャンブルをしているという印象です。

一方で、スタンダードを学んだ上で、オリジナリティを生み出せる指導者も減ってきていると感じます。仙台大附属明成の佐藤久夫先生。福岡大附属大濠の田中國明先生。能代工業の加藤廣志先生。かつてはコーチによってバスケのスタイルが様々で、能代工業や仙台高校が全国制覇をした時は「こういう選手たちで勝てるのか」という感動がありました。でも今はみんな同じようなバスケをするようになっていて、能力のある選手をリクルートできたチームだけが勝つというような状況になりつつある。それじゃあつまらないですよね。最初は誰かの真似から始まってもいいけど、そこから自分のチームやスタイルのオリジナリティにしていってほしいです。

これはタブレット端末が幅を利かせるようになった授業でも同じなのかもしれない。一つのカリキュラムに対していろんな資料を読んで、調べて、自分の経験に即しながら生徒に合った内容を練って出していたけれど、今は誰でも同じことが教えられてしまう。「参考書とは多少違うことを言ってるけれど、この先生の話が面白いな」なんていう味のある授業が少なくなっていくのと同じように、味のあるコーチングも減っていくのかな。そういう意味でも、スパルタとはまた違う、ある面で”昭和のやり方”をしている人が子どもと長くバスケットする時間を持ってくれたらなと思います。

ーー福岡第一は部員が115人いますが、井手口コーチが一人ひとりに愛情を持って接していることがよくわかります。

みんな何かしらの気持ちがあってバスケットをやってくれていて、しかも福岡第一を選んでくれた。その思いはきちんと受け止めているつもりです。アシスタントコーチたちがどう思ってるかは分かりませんよ。「大変だな」と思っているかもしれない(笑)。でも、指導を長く続けていけば、115人の部員と一緒にやったことが絶対に財産になる。こういうことは年を取ってから分かるものなんですよね。若い時に「何だこの野郎」と思っていたことが、ある時ふと「あの時代があったから今があるんだ」と。

(後編へ続く)