比留木謙司

11月初旬にスペインにわたり、3部リーグ所属のクラブ『C.B. L’Horta Godella』のアシスタントコーチに就任した比留木謙司(元トライフープ岡山ヘッドコーチ)。環境や言葉への順応にはまだ苦戦中と話すが、新しい学びを得る喜びと、それをいつか日本バスケ界に還元するという思いを胸に日々を過ごしている。(前編はこちら

1年目の無報酬は覚悟していた

――クラウドファンディングのプロジェクトをページを拝見していて、「報酬が0円」ということに驚きました。

ある程度覚悟してたんですよ。これ、野球に例えるとわかりやすいと思うんですけど、スペインとかイタリアとか野球が強くない国の人がいきなり「俺を巨人のコーチにしてくれよ」って言ったところで「ああ……」ってなるじゃないですか。僕は今、それを食らってるので、1年目がゼロベースなのはしょうがないかなって思っています。

それこそアルバルク東京とか千葉ジェッツとかからヨーロッパに行くんだったら、もしかしたらも何かしらのコネクションがあったのかもしれないけど、そういうわけでもないですからね。そういう状況からコーチのスポットを取ってくれたエージェントを僕はすごく評価しているし、彼とは今後もパートナーとしてどんどん進んでいきたいと思っています。

――シビアな世界ですね。

一応交渉の時に言ってはみたんですよ。「0円じゃ生活がしんどい。バスケットに集中できないと思う」って。そうしたら食い気味に「君は学びに来てるんでしょ」って詰められちゃって。なので、とりあえず1年目はスポットがあるだけでいいや、これから頑張ろうというマインドでいます。頭の中はちょっと「この野郎」って思ってますけど。

何より、スペインに送り出してくれた人たちのことを思ったら、こんなことでへこんでいたらダメだなと。立ち上げから関わってきたトライフープのスタッフや、お世話になった方々が「頑張って行っておいで」、「期待してるよ」って送り出してくれたのに、生活がキツイから寿司レストランで働いて、バスケットの勉強はそんなにできませんってなるのは違うかなって思っちゃって。なので、日本のバスケット好きな人たちに「こいつちょっと面白いことやってるじゃん」、「俺もちょっとくらい一緒に戦ってやるよ」みたいな人がいないかなと思って、クラウドファンディングをスタートさせました。

元々僕は、お金の匂いを出すのがそんなに得意ではないから、そこらへんはかなりデリケートに扱っていたんですけど、突き詰めるとやっぱりさっき言ったところに戻るんですよね。僕がバスケットしない時間を多く過ごしていたら、応援してくれてた人たちに申し訳ないって。今はすごくありがたいことに、スタート1時間ぐらいですでに目標の6分の1を達成していて、結構びっくりしています。スタートしたはいいけど鳴かず飛ばずで7~8万ぐらいかなとかって思ってたので。本当にありがとうございます。

——それだけたくさんの方が応援しているということですね。

でも、人に頼るっていうことはそれだけ責任が伴うっていうことなので、そういう人たちの思いであったり、期待に応えられるように頑張らなきゃいけないなって思いますね。1年後とかに「あいつはやっぱり大したもんだな」、「あの時応援してよかったわ」って言ってもらえるように。

比留木

「やっぱ結局バスケットを選んじゃってるな」

――これはいつか聞きたいと思っていたことなんですが、比留木さんはプレーヤー、コーチ、メディア活動、GMと、本当にマルチに活動する唯一無二の存在ということもあって、界隈では「次はB1のGMになる」、「いやいや、ヘッドコーチだ」、「通訳兼ビデオスカウティングで声をかけられてるらしい」といろいろな噂が流れました。その中でコーチという職業に次のキャリアを捧げようと思ったのはなぜだったんですか?

ヨーロッパってアメリカと比べて、コーチの存在感や与えられた権限が大きいんです。アメリカだと競技より完全にビジネスが上位にくるので、オーナーとかGM、スポーツディレクターのほうが強いし、下手するとコーチより選手のほうが強かったりするくらい。でもヨーロッパではコーチによってチームカルチャーが結構ガラッと変わるイメージがあるので、コーチの道を選べば、おのずとクラブの内情も知れるだろうっていう思惑も持ってます。そういうことはクラブのお偉いさんにも伝えてはいます。

日本でタレントっぽいことやメディアっぽいことをやってみたり、 GMもやってコーチもやって、ビジネスマンみたいなこともやってみたり、楽しいは楽しいんだけど、やっぱ結局バスケット好きなんだなとは思ったかな。

今回の決断については、今になっても考えますよ。夜中にバレンシアのベッドで寝そべりながら「やっぱ結局バスケットを選んじゃってるな」とか。いつかは自分のキャリアのためにお金を増やしていく方法を考えなきゃいけないだろうし、人気者になりたいと思うんだったら日本でタレントを続ければよかったけど、結局俺、バスケットが死ぬほど好きなんだなって思ったし、結構自分でもびっくりしました。

今まではどんなインタビューでも「GMとかクラブ側の仕事が好き」って答えていたし、「クラブ側の人間に回ってスポーツ界のあり方にメスを入れたい」みたいな思いは別に今もないわけじゃないけど、自分で思ってる何倍も、バスケットっていう競技そのものがめっちゃ好きなんだなって気づきました。

――クラウドファンディングの盛り上がり方などを見ていると、日本のファンの方々が比留木さんの活動を応援しているのが強く伝わってきます。そういった方にメッセージをいただけますか?

家のあちこちが壊れてるとか、言葉が全然通じなくて役所の手続きが進まないとか、選手に思ったことを思ったタイミングで伝えられないとか、いろいろあります。ただ、こっちに来て2週間が経って思うのは、もっと圧倒的なレベル差を感じると思ったけど、僕が今まで日本で培ってきたモノ、選手としてbjリーグ、JBL、Bリーグで学んだモノや、Bリーグでヘッドコーチをやらせてもらって培ってきたモノが間違いなく通じるところがあるなと。これは僕が3部のクラブにいるからかもしれないけど、日本で得たものがスペインでも通用するということは、これからも証明していきたいなと思います。

――今後のキャリアプランについてもうかがっていいですか?

いずれはトップクラブを目指したいし、どこかの国のナショナルチームに関わってみたい。なんだかんだ日本が大好きだから、できれば日本のチームでコーチをやれたらうれしいけど……どうだろうな。僕は出て打たれる杭だからどうなるかわかんないけど(笑)。

面白いことをやらないと魂が燃えないし、面白いことをやり続けるためには結果を出さなきゃいけないことも分かっています。「あいつスペインでこんなことやったらしいよ」、「あいつ、今度あそこのチームに決まったらしいよ」、「 あいつが見てた選手、今度ワールドカップに出るらしいよ」みたいな流れを作っていければと思っているので、この先も引き続き比留木謙司をチェックしてくれたらうれしいです。