デイミアン・リラード

一方でオフェンスに特化しすぎ、攻守のバランスに不安

フリーエージェントが解禁となり、各チームが補強に動き始めてから起きたダミアン・リラードのトレード要求は、3カ月近くの時間を要した末に本人が希望したヒートではなくバックスへの加入で決着しました。これでヤニス・アデトクンポとのスーパースターデュオが見られることとなりますが、その意味は非常に大きなものがあります。

2021年には優勝を果たし、その後も常に高勝率をキープしているバックスですが、2つの問題を抱えていました。一つは強力な戦術を構築してはいるもののパターンが少ないことで、もう一つは勝負どころで個人技のアタックに依存してしまうこと。そのためレギュラーシーズンでは強くてもプレーオフでは苦しむことが多く、特に終盤の勝負どころでハーフコートを組み立てるのに苦労してきました。

圧倒的な身体能力に無尽蔵のスタミナを持つアデトクンポは『止められない選手』ではあるものの、3ポイントシュートの精度とオフェンスパターンの少なさに課題があり、チームオフェンスの中で『使われる』のであればアンストッパブルですが、個人技から仕掛ける起点役としてはプレーを読んで対処のしやすい選手です。バックスのチームとしての特徴は、エースであるアデトクンポ個人としての特徴でもありました。

リラードが加入してもアデトクンポがエースであることに変わりはありませんが、オフェンスの起点役となる回数は減り、何より試合終盤のワンポゼッション勝負ではリラードがボールをもって組み立てることになります。大事な場面でこそアデトクンポは『使われる』側となり、しかもボールを持つのが最強のクラッチプレイヤーとなれば、接戦の勝負どころでのプレーが劇的に変化するのは間違いありません。

バックスが強いのは間違いないものの、自分たちが流れをつかんでいる時間とそうでない時間の落差があまりにも激しく、その特徴はプレーオフで16点ものリードを第4クォーターだけで追いつかれて逆転負けしたことでシーズンを終わらせてしまったことに現れています。苦しい状況でチームを落ち着かせるリーダーシップ、ハーフコートオフェンスを組み立てるゲームメーク、大事な場面で劇的なシュートを決める勝負強さ、そして何より『アデトクンポを無視しても許される存在感』は、バックスがどうしてもリラードを欲しがった理由です。

一方でプレーオフで問題となる弱点を持ちながらも優勝した2021年のファイナルでは、ドリュー・ホリデーのディフェンスが勝負を決めました。オフェンスではリラードが上でも、ディフェンスでホリデーが上なのは間違いなく、特にスピードのあるガードへの対応に悩むことになるでしょう。しかも、今オフのバックスは課題だったオフェンス中心の補強をしており、ここにきてのリラード獲得で攻守のバランスに不安が出てきました。

もしもリラードがフリーエージェント解禁前にトレード要求を出し、そしてバックスがトレードに成功したならば、ディフェンス力のあるガードの補強を優先したことでしょう。バックスとアデトクンポにとってリラードは素晴らしい補強である反面、トレードが開幕直前となったことでディフェンスへの不安がぬぐえないままシーズンに入ることとなります。それはバックスがリスクを負ってでも変化を求めたということでもあり、優勝のためには変化が必要だったということでもあります。