全国屈指の進学校からバスケ部に一般入部、2月にAチームへ昇格
今年の関東大学バスケットボール新人戦で最も大きなインパクトを残したのは、筑波大の準優勝に貢献した2年生の黄雄志だった。筑波大は高校時代から全国屈指の強豪校で中心選手を担っていた選手たちが軸となる。1、2年生のみで構成される新人戦とはいえ、高校時代は全くの無名で2月にBチームからAチームに昇格した黄が先発ガードとして、1試合30分以上コートに立ち続けたことは驚きだ。そして83-81で競り勝った準決勝の日本体育大戦でチームハイの20得点を挙げると、62-74で大東文化大に敗れた決勝でも1on1からのプルアップスリーを沈めるなど14得点をマーク。観客による投票で決められるMIP賞に選出されたのも納得のパフォーマンスだった。
現在2年生の黄は、医学群医学類に在籍している。過去にも医学部でバスケットボール部に入り、Aチーム入りを果たした選手はいる。だが、新人戦とはいえ、ここまで主力としてプレーした医学部の選手はおらず、長年チームを率いる吉田健司ヘッドコーチも「理系出身で試合に絡んでいる生徒はいましたが、医学部ではいないですね」と語る大きなインパクトだった。
今回、黄が先発の機会を得たのは、福岡大学附属大濠での活躍も記憶に新しい、同学年のポイントガード、岩下准平が故障で離脱していることも影響している。岩下の代役という難題を見事にこなした黄は、今大会における自身のプレーをこう振り返る。
「准平がケガをして、チームとしてガードがいない。自分が率先して頑張らないといけない中、長い時間プレーし、強い選手とも対戦できてレベルアップできたと思います。練習で(大学界随一のポイントガード)小川敦也さんとやらせてもらっているので、どんな相手が来ても臆せずプレーできる自信はありました。ただ、大会が始まる前は結構、緊張していました。それでもチームが勝っていく中、周りのチームメートが頼もしいおかげで伸び伸びとできて、そこから自分のプレーが出せたと思います」
文武両道を体現している黄の出身校は、全国随一の進学校として名高い神奈川の聖光学院だ。中高一貫校で2022年度の進学実績でいえば、全校生徒の約3割にあたる77名が東京大学に現役で合格している。それだけに練習時間も限られたモノだったと黄は振り返る。「練習は火曜、木曜、土曜に15時半から17時半まで、日曜日に2週間に1回3時間の練習があるくらいでした。個人練習は朝6時半に学校に行って、始業時間の8時20分まで練習するようにしていました」
高校時代の最高成績は、3年時のインターハイ予選2回戦と実績皆無の黄だったが、それでも筑波大に進学を決めたのは、プロバスケットボール選手と医師、自身が目指す2つの目標を叶えるためだ。「自分が小さい頃から祖母が病気がちの姿を見ていたり、自分もケガが多くて、苦しんでいる人を少しでも救いたいという思いがあります」。こう医師を目指すきっかけを語る黄だが、プロバスケ選手になりたいと思った契機は4年前の一大イベントにあったという。「トップレベルでプレーしたいと思ったきっかけは中国で行われたワールドカップ2019を現地で観戦して感銘を受けたことです」
「もし可能なら2、3年プロで活動し、その後でお医者さんになりたいです」
彼の目指すゴールに到達するには、医学部があり、バスケのレベルも国内随一である筑波大はまさに理想的な環境だ。当然のようにバスケの面では今までに感じたことのないレベルの高さに直面し、何度も挫けそうになったという。ただ、それでも彼は不屈の闘志で困難を乗り越えてきた。
「最初は世代No.1の敦也さんや准平がいて、『こんなにうまい人がいるんだ』という感じでした。そこから自分のやれることを表現し、うまくステップアップできて今年の2月からAチームに入ることができました。今も練習で叩きのめされたりする時と心が折れかけます。それでも筑波でバスケ、医学部を両方やると決めましたし、やめてしまうと今までお世話になってきた周りの人たちにも迷惑がかかってしまいます。心を折られながらも、耐えて頑張ろうと毎回思って立ち直ります」
医学部は6年制だが、大学でプレーできるのは基本的に4年までと、Bリーガーと医師という2つの目標達成には、この先も様々な困難が待ち受けている。こうした状況を十分に認識した上でも、彼の決意は揺るがない。「まずは医学部、バスケ部の両方で頑張る。根本にはまずプロのバスケットボール選手になりたい思いがあります。ただ、バスケットボール選手としてずっとやっていこうとまで考えてはいないです。もし可能なら2、3年プロで活動し、その後でお医者さんになりたいです」
また、医師として進むべき道もはっきりしている。「自分はよく整形外科の先生にお世話になっていたので、整形外科医になりたい思いは人一倍強いです」
もし、黄が自身の目標を叶え、選手としてトップレベルを経験した整形外科医となれれば、それはバスケットボール界全体にとっても大きな意味のあることになる。そして、彼も意識する、次のようなポジティブな波及効果も生み出されるはずだ。「バスケと勉強、2つの道でもどっちでもやれることを周りの人に見てもらい、評価してもらえるのはうれしいです。バスケに限らずスポーツをやりながら勉強を頑張っている人たちはたくさんいます。片方の道をあきらめずに模索していくことができる、その勇気を与えられるようになりたいです」
約1カ月後には、新人インカレが始まり、筑波大は当然のように優勝候補の一角となる。今回の活躍によって黄は警戒される立場となり、より真価が問われることになる。「今大会はチームのみんなが良いプレーをしてくれたおかげで、自分がフリーになって良いプレーができました。ただ、今日も大東さんに負けてしまい、自分のミスも多かったです。新人戦インカレまであと1カ月あるので、課題を修正していきたいです」
こう意気込みを語った黄が、1カ月後の全国大会でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。新たな道を切り開こうとする若者のチャレンジに引き続き注目していきたい。