県立豊見城

取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

興南、コザと強豪が居並ぶ沖縄県のウインターカップ予選を勝ち上がったのは県立豊見城だった。公立高校で留学生プレーヤーどころか特待生もいないが、部員は夏の時点で69人の大所帯。沖縄のバスケ人気もあるが、嘉陽宗紀監督の指導力が多くの部員を集める要因となっている。沖縄らしいバスケットを追求して初の全国大会出場を果たしたチームは、初挑戦の全国の舞台を一気に駆け上がるつもりだ。

「全国で戦うため『オール』を合言葉に」

──豊見城では4年目で初の全国大会となりますが、先生は何度も全国を経験しています。

バスケットを指導して25年目になりますが、前任校と前々任校で全国には10回近く行かせてもらいました。前任校での千葉インターハイ、ベスト8が一番良い結果になります。

──沖縄は身長がない弱点をスピードとスキルでカバーする、見ていて面白いバスケットをする印象があります。豊見城はいかがでしょうか。

190cmの選手が2人いるので県内では高さがあって、リバウンドから得点を重ねていくゲーム展開で全国の切符を得ました。しかし全国では大きくないので、全国で戦うために『オール』を合言葉にしています。オールコートで守る、オールラウンドで攻める、という合言葉の下、アウトサイド、インサイド関係なくみんながポジションチェンジをしながら攻めて守るバスケットに取り組んでいます。今のメンバーは全国で戦える力を十分に持っているので、私が指導者キャリアでやってきたことを十分に伝えて、そのすべてを出したいという意味の『オール』もあります。

──赤嶺有奎選手は先生のバスケットボールに惚れて、この高校に来たと言っていました。ご自身はどういう指導が特徴的だと思いますか?

ポジションにかかわらず全員が複数のポジションをやり、自由な発想も求めます。その中で大事なのは合わせることで、1対1から2対1になった瞬間にノーマークの味方に合わせる。その合わせを連続的に行うのが私の指導のテーマでもあります。

──バスケットボール部の監督であると同時に、公立高校である豊見城高校の社会科の先生でもあります。学校生活がバスケットに通じることはありますか?

学校生活は大きいです。今の選手たちはバスケットも学校生活も、気付きや思いやりといった心を持って一生懸命やってくれています。先週も新人大会があったんですが、その5日前に学校説明会がありました。そこで中学生にバスケット部をアピールするために練習して、『U.S.A.』の曲に合わせてダンスしながらバスケットをするという。大会もあるけど、学校説明会でも全力を尽くす。来てくれた中学生のアンケートでも「バスケの部活紹介は面白かった」という言葉がいっぱいありました。そして新人大会では優勝しています。

県立豊見城

高校時代の松島良豪「取り組む姿勢がすごい選手」

──高校生はまさに少年から大人に変わる時期で、指導し甲斐があると思いますが、難しい年代でもあります。そんな生徒たちに気付きや思いやりの心を持たせるのは難しいのでは?

みんな素直で吸収する力が強いです。特に大人と接することは大きな影響を与えるので、そこで大事なのは大人が信じてあげること。信頼しきって、信じて信じ尽くすことです。「信じてるよ」とか「期待してるよ」と言うのは照れ臭いですが、私もそれを素直に言わないといけない。これも日々の修行ですね。生徒を信頼して、それを嘘偽りのない態度で示すことができるように。それが一番大事だと思います。

もちろん、叱ることもあります。プレーヤーとしてやってはいけないこと、やらなきゃいけないことを選手は理解しています。やっちゃいけないことをする、やらなきゃいけないことをしない時は言葉でも態度でも示して叱ります。叱られれば本人は落ち込みますし、私も「いつ手を差し伸べようか」とか「言い方が悪かったんじゃないか」と悩み苦しみます。そして3日後にお互いが歩み寄る。これって恋人のような関係ですね(笑)。

──教え子にはレバンガ北海道で活躍する松島良豪選手がいるそうですね。高校時代の松島選手はどんなプレーヤーでしたか?

今はパフォーマンスで活躍している松島君ですね(笑)。彼はすごい選手でした。それはプレーではなくて、バスケに取り組む姿勢です。さっきもミーティングで彼の話をしたところです。今日、スタメンの子が補習があって遅れて来たのですが、入って来たら他の選手の後ろについて練習をしている。その姿勢は良くないと叱りました。

松島君なら、そういうことがあってもコートに入ると先頭を切ります。いつもアグレッシブな姿勢で、そこに引け目は一切見せません。身体能力がすごかったわけじゃないし、シュートがよく入るわけでもありませんでしたが、誰に対しても自分を対等な位置に置いて努力する心の持ちようがありました。

大学を卒業する際、プロに行くか沖縄に戻って教員になるかの話になったのですが、松島君は「とことんバスケをやりたい」と。それでプロに挑戦し、トントン拍子に認められました。それは常に先頭にいる選手に引け目を感じず、肩を並べてアグレッシブにやれるからだと思います。

レバンガ北海道での試合前のパフォーマンスにしても、本人はいつも「これをやったことでプレーに支障が出ているとは絶対に言われたくない、だからどれも100%でやる」と取材で答えていますよね。その姿勢は私が今の生徒にも教えていることです。学校説明会でのパフォーマンスを全力でやって、大会でも勝つという姿勢です。

県立豊見城

「ここで勝負して勝ち取って成長しています」

──公立高校ですから特待生はおらず、生徒はみんな受験勉強をして入学してくるのに、それで部員が60名近くいるのは多いですよね?

沖縄はバスケット人気が高いので、高校でもバスケットを続けたい子が集まってきます。小禄高校で全国大会に出た時は、出場校で部員が一番多くて69名いました。今年もインターハイの時点で69人だったのですが、沖縄はそこで引退する3年生も多いので、今は50名ちょっとです。AチームとB1チーム、B2チームに分けて、同じ練習を時間を区切ってやっています。私のところにはオールスターの選手が毎年多くやって来るわけではありませんが、それでもここで勝負して勝ち取って成長しています。

──オールコート1面で約50名の選手が練習するのですから、お世辞にも環境が良いとは言えません。工夫して練習するのは大変だと思います。

今は火曜と水曜は体育館が使えません。1時間半の練習が週3回、土日の練習が2時間半です。火曜と水曜をウエイトトレーニングの日にしているのが工夫ですかね。水曜と日曜はコンディショニングトレーナーがついて、体幹やサーキット系のトレーニングをしてもらっています。土日は他の部活動が練習試合に出掛けたり休みだったりすると、バスケ部がサッと入る。ハイエナのようにコートが空くのを狙っています(笑)。夜は一般のチームの練習会場に行って、一般の方々とゲームをしたり。

指導を始めて25年になりますが、最初の3年は部員が8人しかいない女子を見ていました。恩師から「3年で県ベスト8に入らないと指導者の資格がないよ」と言われて教員になったので必死でした。選手が少ないとやりくりが大変ですが、その時に「今後どんなに部員が増えても絶対に不満は言わないでおこう」と決めました。もちろん、環境が良ければAチームの選手がもっとシューティングできるでしょう。でもそれを選手たちも感じて、量ではなく質を高めよう、1本1本のシュートを課題を持って打とうとしています。

Bリーグのキングスの練習を見ていても、シューターの選手は何本か集中して打って、自分で納得すればそれで終わっています。ゲームのイメージをどれだけ持ってシューティングをするのかも求めるべきなのかなと。言い訳や弱音、愚痴をこぼさずに、良いものを追求したいです。

──それでは最後に、ウインターカップに向けての意気込みを教えてください。

沖縄代表として出場するウインターカップでは、沖縄的なバスケットを追求します。オールコートでボールを奪いに行くところのうまさであったり、オフェンスでオールラウンド的に攻めていく中でのコンビネーションの合わせ。そういう沖縄が今まで追求したバスケットをさらに深めて、全国で発揮したいと思います。それが『沖縄的なバスケット』だと皆さんに認識してもらえるように精進して頑張ります。応援よろしくお願いします。

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