アルバルク東京(以下、A東京)は今シーズンから改修を終えた代々木体育館に戻って来た。とはいえ、Bリーグ初年度に使っていた代々木第二体育館ではなく、代々木第一体育館が新たなホームアリーナとなる。そして2025年秋にはお台場エリアの青海に新アリーナを建設する『TOKYO A-ARENA PROJECT』を発表し、新B1を見据えてリーグを引っ張る存在となりそうだ。それでも元商社マンのバックグラウンドを持つ林邦彦社長は、ただ要件を満たすだけでなく、グローバルを見据えてA東京の、そして新アリーナの将来像を描いている。
コロナは「状況の深刻さを受け止めるのが大変でした」
──アルバルク東京はアリーナ立川立飛から代々木第一体育館へとホームアリーナがサイズアップし、ヘッドコーチも代わったことで、全く新しいシーズンが始まった印象があります。ただ、新型コロナウイルスの影響は今もまだ結構残っていますか?
昨シーズン途中からようやく100%収容ができるようになり、お客様も隣の席に誰かがいることに違和感を持たないようになってきて、影響はだいぶ緩和されたように思います。一方で声を出しての応援はいまだ禁止で、完全復活までにはもう少し時間がかかると思います。我々の興行はお客様に来ていただいて初めて成り立ちますが、それができない違和感や虚無感はこれまですごく大きかったです。感染症対策をしっかり実施して、コロナ前の状況に少しずつ近づいていると思います。
──Bリーグが始まったのを機に日本のバスケ人気は右肩上がりで上がっていきましたが、新型コロナウイルスでせっかくの盛り上がりに水を差された感があります。せっかくつかんだ人気がなくなる不安はありましたか?
人気が落ちてしまう不安より先に、状況の深刻さを受け止めるのが大変でした。これまでも鳥インフルエンザやSARSといった感染症はありましたが、世界的なパンデミックでいつ収束するか分からない事態は初めてです。感染者を出さない、クラスターを起こさないという目標の下、身体的にも精神的にもダメージは大きかったです。
50%の収容制限が続いたことで、チケット販売力が急激に低下しました。「チケット完売」とは言っても実際には半分しか売れておらず、票田を失っている状況です。そこでスポーツ界のみならずいろんなところで使われるようになったオンラインを活用しました。 これまではアリーナに来たお客様に喜んでいただくことを軸に事業、試合、イベントを組んできたこともあって、オンラインへの意識がやや遅れていたのですが、ファンの皆さんとの繋がりを維持するためにとにかく何かを発信しました。
外出が制限されて精神的にも圧迫されている世の中に少しでも楽しさを提供し、「みんなで協力してこの感染症に立ち向かおう」というメッセージを発信することを目的としました。なかなか家から出られない時期に身体を動かして健康になる、そういった動画の収録には選手も喜んで協力してくれました。
代々木第一の集客「全社一丸となって力を結集してやる」
──今シーズンからホームアリーナが代々木第一体育館になりました。新アリーナ建設が決まっている中で、それまで代々木第一体育館を使うのは、集客面では非常に大きなチャレンジだと思います。極端なことを言えば、新アリーナ完成まで小さな会場を使った方が楽だったのに、そうしなかったのはなぜですか?
まず我々がアリーナ立川立飛に行ったのは、代々木第二体育館がオリンピック・パラリンピックに向けて改修に入るためでした。あくまで一時的な移動であって、我々が戻ることを選んだのではなく、もともとの本拠地に戻っただけなんです。しかし、Bリーグのこれからの規定は収容人数5000人以上ですから、代々木であれば第二体育館ではなく第一体育館がマストな状況でした。
代々木第一体育館での集客はとてつもない挑戦です。チケット担当、そのグループだけですべてのチケットを売るのは物理的に無理ですから、どうやって全社一丸となって力を結集してやるかが大事です。今シーズンはそれぞれの部署に「どこの誰を、いつ何人連れてくるか」という明確な目標を設定して、ブレイクダウンしてやっています。
今までと同じことをしていては会場がガラガラになってクラブ価値が下がるという危機感があり、入場者数の記録にチャレンジすることでの士気の高まりもありました。開幕節で当時のクラブ主管での最多入場者数記録が報道されたことで、「そんなに盛り上がっているなら行ってみる?」と思っていただけるのではないか、その相乗効果は出ています。
集客に魔法はなくて、地道な活動を積み上げていくしかありません。その中で今シーズンこだわっているのは、目的のない無料招待をしないこと。例えばお子さまは無料招待をしていますが、保護者の方にはチケットを買っていただいています。招待で観戦のきっかけを作るのは大事ですが、我々が提供している価値は無料ではありません。そこにプライドを持つことは重要だと考えています。
──代々木第一体育館という日本を代表するアリーナを本拠地にして、さらに新アリーナ計画もスタートしました。アルバルク東京がBリーグを引っ張っていくイメージがありますが、そこはどう考えていますか。
社長になった時は全くの手探りで、クラブとしての将来像を描く余裕もなく、まずは試合をこなして結果を出すこと、勝つことがすべての目的になっていました。振り返ると当時は、非日常感を演出したエンターテインメントでお客様に余暇の充実感を味わってもらうという意識が低かった、その余裕がありませんでした。
それでもこの6年間で市場が大きくなり、A東京も成長したと感じています。この数年はコロナの影響で各クラブの財務は相当困難な状況になりながらも、この危機が各クラブの意識に火をつけ、また新たな株主の参入によりアグレッシブな取り組みもあって、リーグの勢力図も変化していると思います。
その中でA東京としては今後、『TOKYO A-ARENA(仮)』をどれだけの人に認識してもらえるか、またBリーグがNBAに次ぐ世界第2位のリーグになることを将来構想に入れて、世界を意識することが大切だと思っています。株主のトヨタ自動車はグローバルカンパニーですし、三井物産グループもグローバルな企業体です。グローバルなスポーツであるバスケットボールを介したアリーナビジネスという点では日本だけでなくグローバルを意識して、使い方やイベントのレベル感を考えていかなければならないと思っています。
「勝ち負けにコミットしながら、なおかつ縛られない」
──代々木第一体育館に話は戻りますが、開幕からホームゲーム5試合を消化して、集客は好調です。特に10月26日の仙台89ERS戦では水曜ナイトゲームにもかかわらず6101人もの観客が集まりました。ちなみに林社長は、試合の勝敗や内容にはどれぐらい入れ込みますか? ビジネスですから試合については冷静に見られているのか、それともやはりアツくなってしまうのか……。
Bリーグがスタートした2016年の開幕戦、代々木第一体育館に琉球ゴールデンキングスを迎えた試合ではすごくドキドキしました。A東京は強いチームで勝って当然と煽られていましたし、「勝たなきゃいけない、勝てなかったらどうしよう」という不安はありました。そこに仙台89ERSの中村彰久社長(当時)が来て、私の胸に手を当てて「ドキドキしてますね」と言うんです。「もうドキドキしまくりです」と答えると、中村さんから「これが60試合あって、最終的な勝ち数を競うんだから、毎試合ドキドキしまくってたら最後まで保ちませんよ」と言われたんです。なるほど、と思いましたね(笑)。
自分のチームですから、勝ち負けには相当こだわります。他のチームの対戦だったら「良い試合になればいいな」という見方をしますが、やっぱり自分のチームはプロですから勝たなければなりません。ですが、ビジネスの中では仮に60勝0敗みたいな絶対王者だったら逆にA東京は応援してもらえないな、とも思います。勝ち負けにコミットしながら、それだけに縛られないビジネスを進めていくのが大事ですね。
10月16日の群馬クレインサンダーズとの第2戦は最後に逆転されて負けました。私は出口でお客様のお見送りをしていて、最初は悔しい気持ちでいっぱいだったんですが、「本当に面白かった」と声を掛けてくださる方が何人もいたんです。これは何かと言えば、A東京は負けたのですがリードするA東京と、食らい付く群馬の緊張感のある展開で、最後の1秒まで勝敗が分からない、非常に興奮する、死力を尽くした試合内容に感動し、高く評価してくれたと思います。
──確かに両チームが終盤に素晴らしいパフォーマンスを見せる、見応え満点の試合でした。
あの試合は6567人のお客様に来ていただきました。その半分ぐらいは初めてバスケの試合を見に来た人かもしれません。そこで喜んで帰っていただけたのなら、スポーツエンターテインメントの観点では私も喜ぶべきですよね。私は一応チームのオペレーションのトップも今はやっているので、選手には「徹底的に打ちのめそう」と言うんですけど、良いバスケをするのはもちろんですが、拮抗した展開でお客さまをハラハラドキドキさせて、最後はA東京が勝つのが経営的には効果が高いです(笑)。
代々木第一体育館になってスペースが広くなり、やれることが増えました。お子さまが遊べるようなスペースもできました。試合だけじゃないところも楽しんでもらえるのが、バスケの一番面白いところだと思います。これが新アリーナになれば、もっと幅を広げて、もっと質を高めて、多様な楽しみ方ができるようになります。それを提供するのが我々の目指すところです。
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