松井康司&木村和希

トヨタ自動車アンテロープスの松井康司と千葉ジェッツの木村和希。松井は『テクニカルスタッフ』、木村は『ビデオアナリスト』という肩書きだが、やっている仕事は同じで、数字や映像などのデータを収集して分析し、その情報でチームの勝利に貢献する。WリーグとBリーグの優勝を情報分析で支えた2人に、『アナリストの仕事』を語ってもらった。

「相手のストロングポイントやウィークポイントを数字やデータで伝える」

──まずはお2人がアナリストとしてバスケ界で働くようになった経緯を教えてください。

松井 僕は中京大学4年の時に、当時アンテロープスのアシスタントコーチだった東頭俊典さんが分析に興味がある人を探していて、インターンとして入ったのが始まりです。バスケのコーチングに興味があったのですが、選手としての実績が全然ないので、分析からこの世界に入れるのなら、それを自分の強みにしたいと思いました。最初の数年は女子のシーズンが終わるとファイティングイーグルス名古屋に合流して、シーズンが終わるまで手伝わせてもらっていました。アンテロープスではインターンの1年目を合わせて6年目になります。

木村 僕は大学3年生の時に部活動でアナリストを始めました。九州の大学だったので、関東に勝ちたいという気持ちを持つ選手がいるチームに自分がどう貢献できるか、そこでアナリストをやるのが一番だと思いました。そこから2年間アナリストをやって、3年生の冬にオールジャパンで東京エクセレンスと対戦させてもらい、そこで学生の持っていないプロフェッショナルさ、責任感が素晴らしいと感じて、自分もこの舞台でやりたいと思うようになりました。ライジング福岡でインターンをさせてもらい、大学院で研究しながら部活動にかかわり、大学院2年生の時に千葉ジェッツに加入しました。今が5年目になります。

──ビデオコーディネーター、アナリストの仕事内容を教えてください。相手のスカウティングなのか自分たちの映像を見ての気づきを与えるのか、それともまた別の部分なのか。多岐に渡る仕事の中で、最も重要なことは何になりますか?

松井 シンプルに答えるのが難しいですが、一番は対戦相手を分析すること。相手のストロングポイントやウィークポイントを数字やデータで伝えることです。大事なのは、そこに根拠を持つこと。選手やコーチに小さなことでいいので気づきや納得、安心、疑問を与えることも僕たちの仕事だと思います。

木村 抽象的になりますが、僕はチームスタッフ・選手の認知の質と量の向上を目指しています。バスケはかなり判断が大事で、『心技体プラス判断』と言われるほどですが、判断を高めるにはまず認知が大事で、松井さんが言ったように気づきや納得という認知を高めることを目的にしています。データを収集して分析して、伝達する。それを蓄積して次の収集とサイクルを回しています。

──この仕事のどの部分に楽しさを見いだしていますか?

木村 楽しさは……難しいですよね?(笑)

松井 コードウィンドウ(データの枠組み)の色をシーズンの最初に変えることかな。メインで分析する中身は一緒なんだけど、毎年1回色を変えるのは楽しみです(笑)。

木村和希

「スカウティングされていることを予測してアジャストしていく」

──でも、データを集めて分析していく過程のどこかに楽しさを見いだせなかったら、この仕事は続けられませんよね?

木村 Bリーグは試合数が多いので、1巡目と2巡目の違いが楽しいですね。1巡目は知らない選手の特徴が見えてきて、知らないプレーを知る楽しさがあります。2巡目はそれに対してどうアジャストしていくかの予想のやり合い。チャンピオンシップになるとスカウティングされていることを予測してアジャストしていく、その戦いが面白いと感じます。

松井 Wリーグは試合数が少ないので、僕はBリーグのスタッフよりも時間があるから、BリーグやNBA、ヨーロッパの試合までチェックしています。でも、そういう中でも映像分析で対戦相手を見ていると、チームの色は変わらない中でも小さな変化が出ていたり、それでこのチームは今こういう練習をしているんだ、と。プレシーズンが長い分、そういう変化が結構出るので、そこは楽しいですね。夜中まで作業することもあるんですけど、男子の試合数は倍以上あるので大変ですよね。僕はこの仕事がキツいと思ったことは一度もないです。

木村 でも僕は『量のBと質のW』だと思っていて、松井さんの分析は僕が追い付けないところまで深掘りしているんです。それは毎シーズン感じています。僕たちは個人の分析については『Synergy』がかなりのところまで出してくれます。ですが、松井さんの分析はそこでは分からない、数字に表れないところまで分析しているので、質が高いとかなり感じます。

松井 Wリーグの方が分析に使える時間が圧倒的にあるし、男子に比べて選手の入れ替わりが少ないので、僕よりも選手が相手選手のことを高校時代からずっと対戦し続けて分かっていることも多いです。『Synergy』はアクションが起きた部分の映像は出してくれても、『1回ドリブルして止まって、守られた』みたいな映像はないと思うんですよ。フィニッシュに行くアクションが起きていないので。でも僕はそういうシーンをミーティングでは使わなくても、ツールではなく自分の目で『こういうケースで止められることが多い』みたいな選手の特徴を取っておいて、使えるようにしています。

──BリーグとWリーグでバスケのスタイルの違いはありますか?

松井 セットプレーがないチームもあるし、カッティングや1対1を選手が状況を見てやるモーションオフェンスが多いので、そういうチームのスカウティングをして映像を見せる時は、セットプレーがあっても出さずにカッティングや選手の特徴だけどまとめます。

木村 男子でそれはないですね。どのチームも少なくとも10個はセットプレーを持っているので。外国人がいるかどうかは大きいですね。

松井 僕はセットの入り口よりも最終的なフィニッシュに注目していて、映像の出し方も「結局、最後はこの選手の1対1、この選手のカッティングが多いよ」という形にすることが多いですね。

松井康司

「バスケを見始めたばかりの人でも楽しめるのはフリースローの確率」

──あまり複雑な話をしてもついていけないので、普通のファンにも楽しめるデータの活用法があれば教えてください。

木村 これはリーグにもっと頑張ってほしいと思っていて、出し方や見せ方を工夫することでもっと多くの人に見てもらえる、楽しんでもらえると思います。でも、それをリーグのせいにするのは自分たちも無責任で、チームのアナリストとしても自分にできることを考えなきゃいけないと感じています。今は数字を見る見ない以前に、ファンが見て楽しむような数字があるかないかのところなのが現状ですね。

松井 バスケを見始めたばかりの人でも楽しめるのはフリースローの確率だと思っていて、NBAのフリースローを打つ時もヤジというか、相手選手を集中させないために必死じゃないですか。僕はそれを面白いと思っていて、Bリーグでもこれからフリースローを打つ対戦相手の選手の確率が分かれば、その時に出す声の感じも変わってくると思うんですよ。それが一歩踏み込んで数字を見るポイントになると思います。

木村 めっちゃ良いじゃないですか。僕もこれからそれを使わせてもらいます(笑)。

──それぞれのチームで、数字について面白い話があれば教えてください。

松井 アンテロープスの面白い数字は、オフェンスリバウンドの本数と確率がすごく高いところです。これはリーグでもダントツの40%ぐらいあって、Bリーグだとなかなかここまでいきません。女子はサイズのミスマッチが少ない分、小さい選手でもオフェンスリバウンドが取れて、それがウチの強さで数字にも表れています。ですが、これって実は一番の要因が馬瓜エブリンがゴール下のシュートを外してタップで打って、また外して取ってフリースローをもらう、というシーンが多くて、そこで2回稼ぐんですよ。これがすべての数字をごまかしていて、そして僕はそこに騙されまいとしています(笑)。相手チームはトヨタのオフェンスリバウンドを警戒しますが、本当はそうじゃない(笑)。

木村 チャンピオンシップで宇都宮ブレックスと対戦して、これはデータで見てもかなり面白い対戦でした。僕が見てきた4年間でずっとオフェンスリバウンドが強くてポゼッションで勝ってきたのが宇都宮で、逆に千葉はポゼッションの数よりも攻撃や守備の質を積み上げてきたチームです。でも、やっていく中で宇都宮は質にシフトしてきて、千葉も量を高めるフェイズに変わってきていました。結局、データ的にウチが優勝できたのはオフェンスリバウンドの確率で、準決勝からずっとそこで上回った試合は勝って、下回ると負けるというキーファクターでした。宇都宮と千葉、それぞれの歴史がぶつかり合うファイナルだったので、個人的にはすごく面白かったです。

──なるほど。まさに『リバウンドを制すものは試合を制す』ですね。

松井 アンテロープスもスペイン人のコーチが来て、相手がディフェンスリバウンドを取った後にどう素早く守りに入るか、みたいな部分を細かく言うので、リバウンドの大切さは今まで以上に分かったような気がします。

「日本一になったからこそ、これからはオンリーワンの存在になっていきたい」

──アナリストはまだまだ新しい役割です。今後、日本のバスケを発展させていく上で、2人の仕事はどう貢献できると思いますか?

松井 アナリストがだんだん増えてきた中で、もともといたコーチに「お前が来てくれて仕事が楽になった」とか「練習に集中できるようになった」と言われるだけじゃ絶対ダメだと思っています。コーチの仕事を少し楽にさせる程度の情報を出すだけでは、アナリストの価値は上がりません。「今までにない情報が手に入った」とか「お前がいなければ絶対できない仕事だ」と言われる仕事の質を今いる人たちが提供することで、新しく入って来る人たちもそういう意識を持って仕事をするようになります。僕も勉強途中ですが、そういうことが大事だと思います。

木村  Bリーグでこれだけアナリストが増えているのは、試合中にフィードバックができるようになったことが大きく影響しています。僕が入った年はその環境がなくて、リーグともかなり交渉して昨シーズンから全会場でできるようになりました。今まではいろんなアナリストとカルチャーを作ってきましたが、これからは競い合うフェイズに移行していかないといけない。アナリスト同士が競い合って高みを目指すことで、この分野の発展に繋がると思います。正直、身体的アドバンテージが存在しないこの分野であれば日本は世界と戦えると思っています。そこにも挑戦していきたいと思っています。

松井 木村くんがすごいのは、今の現状をまとめた上で次のフェイズを意識しているところです。僕や木村くんがこの仕事の入り始めだったんですけど、その後に入って来たアナリストの能力も上がっているので、現状に甘えずにやっていくことは本当に必要だと思います。

──ファンの皆さんにもアナリストの仕事に注目してもらいたいです。メッセージがあればお願いします。

松井 アナリスト目線で言うのは難しいですが、今のチーム編成になって2年目で優勝できて、3年目が本当に勝負だと思っています。チームの特長として速いバスケットを一つのポイントにしているので、迫力あるトヨタのバスケを見てもらえたら一番うれしいです。

木村 チームも自分自身も何度も悔しい思いをして、昨シーズン初めてBリーグで優勝できました。僕は日本一になったからこそ、これからはオンリーワンの存在になっていきたいです。千葉ジェッツらしさ、アナリストとしての自分らしさを突き詰めて、ジェッツにしかできない、自分にしかできないことをやる中で優勝を目指すことで、『100年先に続くクラブ』というコンセプトに貢献したいです。

松井 アナリストという役職を僕たちはやらせてもらっていますが、今まではそういう名前がなくて、アシスタントコーチがコーチングだけでなく僕たちが今やっている仕事をやっていたと思うんですよ。そういう方々のおかげで分析という仕事が認知されて、ここ数年でアナリストをチームで雇うようになったので、そういう人たちへのリスペクトは絶対に忘れちゃいけないと思います。その上で、そこではできなかった部分を僕たちアナリストがやっていかなければいけないと感じています。

木村 松井さんとこういう話をするのは初めてで、自分と全く同じことを考えていて驚きます。ゼロからイチにするのは本当に大変だと思います。それを10とか100にしていくのは僕たちの責任になります。松井さんと一緒にやれて本当にうれしいです。