田中大貴

「できるだけオリンピックに良い状態で入れれば」

バスケ男子日本代表は、フィリピンで行われたアジアカップ予選で3試合を戦い、帰国してイランとの国際強化試合3連戦の2試合目までを終えた。今のチームには15名の選手がいるのに対し、オリンピックに向けた登録枠は12。ここに渡邊雄太と八村塁、馬場雄大の『海外組』が加わるため、6人の選手が脱落することになる。

中でもポジション争いが激しいのがポイントガードだ。Bリーグの実績では富樫勇樹が頭一つ抜けているが、このところ田中大貴が先発ポイントガードを任されている。アジアカップ予選の初戦こそエントリーから外れたが、その後の4試合では先発として、またローテーションの軸としてプレータイムも伸びている。もはやテストの段階ではなく、ヘッドコーチのフリオ・ラマスは田中をメインに据えた戦い方を構築している、と見ていいだろう。

「ポイントガードの時間を長く持ちたいということは、国内で合宿をしている時にラマスヘッドコーチと2人で話しましたし、自分もそういうつもりでずっと取り組んできたので、自分でも良くなってきていると思いますし、ただもっともっと良くなると思います。短い時間ですけど、できるだけオリンピックに良い状態で入れれば」と田中は言う。

富樫のスピード得点力は魅力だが、世界と戦う上ではサイズとディフェンス力の不利を突かれるのは間違いなく、相手の圧に屈することなくシュートを決め続けてようやくアドバンテージが生まれる。ディフェンスから走るバスケを徹底する上で、富樫は先発よりもベンチから出てオフェンスに勢いを与えるシックスマンで使うべきという考え方は理解できる。

代表の常連であり、精神的支柱でもあった篠山竜青が今回は外れた。ラマスはこれをサイズの問題と説明している。193cmの身長があり、攻守のバランスの取れた2ウェイプレーヤーという意味でBリーグでも屈指の存在である田中をポイントガードに据えるのは、そういう意味なのだろう。田中はシューティングガードだが、アルバルク東京ではハンドラーの役割を複数の選手でシェアし、彼自身がピック&ロールから攻撃の起点となることが多い。ポイントガード的な仕事は常にやっていると言える。

ただ、これは2016年のリオ五輪を前にした世界最終予選の状況がフラッシュバックする。当時のヘッドコーチはサイズとディフェンス力を買って田中をポイントガードにコンバートしたが、最終的にはサイズはなくても純粋なポイントガードとしてゲームメークを担ってきた田臥勇太と橋本竜馬を選び、田中を12人のエントリーから外している。

田中大貴

「ポイントガードとして出る時はチームの流れを意識してやらなきゃいけない」

当時24歳、若手ではあったがリーグ屈指のタレントとしての評価を固めつつあっただけに、この落選は田中にとって大きなショックだった。2019年、ワールドカップ予選を勝ち抜いた後のタイミングで田中にあらためてこのことを聞いたことがある。彼は「今までバスケをやってきて、一番の挫折だったかもしれません」と、この時の代表落選を語った。

「ポイントガードを任されて、すべてが中途半端になってしまい、自分の良さを全く発揮できませんでした。変な話、自分はオールラウンドに何でもできる選手と周囲から見られていて、自分でもそう思っていましたが、何をやるにも突き抜けてはいなかったことを思い知らされました。あの悔しい思いは二度としたくないし、それが自分のエネルギーになった部分はあります」

そこから始まったBリーグで田中は揉まれ、チームを引っ張ってタイトルを勝ち取る成功体験を積み、プレーヤーとしてあらゆる意味で成長してきた。ワールドカップでもポイントガードの役割は担ったが、この時は篠山と安藤誓哉がポイントガードの1番手と2番手であり、あくまでシューティングガードとしてプレーしつつハンドラーとしての能力も使う、という役回りだった。

しかし今回、直近数試合の起用法を見る限りでは田中の役割はこれまで以上のものになりそうだ。ゲームメークをしながら12得点を記録。敗れたとはいえチームを引っ張った昨日のパフォーマンスを、田中はこう振り返る。

「ポイントガードとして出る時はチームの流れを意識してやらなきゃいけない。自分ももちろんピック&ロールを使って得点できると思っているんですけど、自分だけがボールを触らない、みんながボールを触れるようにと意識しています。第1戦はそれでシュートチャンスがあった時に決めることができなかったので、逆に今日は周りの選手がシュートタッチに苦しんでいると思ったので、そこは自分が積極的にアタックした方が良いんじゃないかと思っての、今日はああいうプレーに繋がりました」

田中大貴

「3人合流した時にガラッと変わる、そこで自分自身どうしたら良いか」

それと同時に、あくまで今はテストマッチであり、本当に結果が問われるのはこの先であることを理解してもいる。

「周りを上手く見ながらやらなきゃいけないと思っていますし、ただそこで自分が積極性を失ってしまうのは良くないので、空いている時は自分もやりつつ、ここに3人合流するわけですが、彼らが入ってきた時にまたガラッと変わるだろうし、そこで自分自身どうしたら良いかを考えながらやっているつもりです」

ワールドカップで全敗という悔しい経験をする中で、他のどの選手より「八村や渡邊に頼っていてはいけない」と語っていたのが田中だった。『海外組』がいるかどうかで日本代表が全く違うチームになるという現実を受け止めながら、『国内組』がどうするべきかを田中ほど考えている選手はいない。

昨年2月の時点で田中はこう語っている。「もちろん『彼らがいなかったら負けるのか』という見方に対して僕らが何も感じないのは違います。同じ日の丸を着ける選手なので、自分たちだけでもやれるんだぞ、という気持ちは大事です。それで勝てば次に繋がるんですけど、そういうレベルの話じゃない。彼らが合流した時に良いチームになれるように、こっちはこっちで頑張っていく。僕はそういう考え方です」

アジアと世界のレベルの違いを常に意識しているのも田中だ。昨日のイラン戦では相手のフィジカルに押されて敗れたが、「イランのプレッシャーに煽られているようだと、オリンピックで対戦する相手のプレッシャー、サイズ、フィジカルはもっと上がるわけで、もっと自分たちのやりたいことがやれない時間帯が続いてくる。その中でもハッスルして走る、ディフェンスで守りきるというマインドが大事だと個人的に思います」と語る。

オリンピックで対戦するのはアルゼンチンであり、スペインであり、リトアニアでの世界最終予選を勝ち上がってくるのであればルカ・ドンチッチを擁するスロベニアだ。その強度について「当然、上だと思いますね」と田中は言う。「サイズももう一段階上がると思いますし、今イランとこうやって試合をしていますけど、先のことをどれだけ個人個人が考えてやれるかが大事だと思います」

NBAプレーヤーを擁するようになった今も、日本はまだ世界への挑戦権を手にしたばかりの立場。地に足を付けて、それと同時に意識は高く保って切磋琢磨を続けていく必要がある。そういう意味でも、今の田中大貴は日本代表を引っ張る存在になっている。