島根スサノオマジックの2020-21シーズンは『成功』と見ていいだろう。B1初挑戦となった2017-18シーズンは11勝49敗(勝率18%)と『B1の壁』に跳ね返されて1シーズンでB2に逆戻り。2019-20シーズンのB1再挑戦も11勝30敗(勝率27%)で、新型コロナウイルスの影響で降格がなくなっていなければ危うい状況にあった。それが今シーズンは28勝32敗の勝率47%とジャンプアップ。中堅以下のチームにとって、降格がない3シーズンに地力を蓄えるのは非常に大事なのだが、この2シーズンで目に見えて進展のあるチームは多くない。その中で戦力が頭一つ抜けているでもなく、また序盤に指揮官交代のあった島根が良いステップを踏めている要因は何なのか。開幕1カ月で辞任した鈴木裕紀に代わりヘッドコーチ代行として指揮を執った河合竜児が、このシーズンを振り返る。
「とにかく積極的に、自分の得意なプレーをコートで出すこと」
──日本人選手の意識の変化、積極的にプレーして勝敗に関与することがチームが上向いた大きな要因となりました。日本人選手の意識を変えるためにどのようなことを伝えていましたか。
外国籍選手にはコンスタントに活躍してほしいですが、外国籍選手の活躍は相手チームの外国籍選手で相殺されてプラスマイナスゼロだと考えています。その中でプラスを作ってくれればありがたいけど、島根の今後の勝敗が変わってくるとしたら、それは日本人選手の活躍だと思っていましたし、実際に選手にもそう伝えていました。
良い選手は毎試合コンスタントに活躍するものだけど、連続して良い仕事をするのは簡単じゃないから、チャレンジはするけど日替わりでいい、これだけ人数がいるんだから、誰かシュートタッチが悪い時に「ここは俺が」と思えるようになってくれ、とも言っていました。私が求めていたのはとにかく積極的に、自分の得意なプレーをコートで出すことです。
一番分かりやすい例は帰化選手になりますがウィリアムス(ニカ)選手ですね。彼の得点力は他のチームにとっても想定外だったと思います。私もbjリーグ時代から彼を見ていますが、これまで一番活躍したシーズンだったと思います。彼自身が30歳を超えてから一つ大きなステップアップをしてくれた。それがチームの大きな助けになりました。
──河合コーチ個人の話を聞きたいのですが、OSGフェニックスで選手から指導者へと転身して、Bリーグの時代になって福岡をB1に昇格させ、山形で早期解任の憂き目を見て、島根でアシスタントコーチになりました。ヘッドコーチにこだわりはなかったですか?
私は長くても2年か3年でチームが変わっています。場合によっては昨シーズンのようにすぐ解任されてしまうこともあります。言い訳はいくらでもできるんですよ。でも、負けたらヘッドコーチの責任です。そういうことを経験した中で思うのは、現場を離れてコーチとして成長するのはすごく難しいということです。福岡でチームを離れた時には、外から試合を見ているだけじゃ何の進歩もないと痛感しました。それで10日間ぐらいセルビアにバスケの勉強に行ったんですよ。英語もしゃべれない私が翻訳機を片手に知らない場所に一人で行くのは怖いんですけど、でもバスケ用語は分かるし、プレーで意図していることも分かる。他のコーチが試合を重ねる中で勉強している中で、自分も何か少しずつでもステップアップしなきゃいけないという焦りがありました。
自分のような人間は、小さなプライドだけで「ヘッドコーチしかやらない」と言えば、コーチ人生は短いと思っています。だから今回、自分に持っていないものを持っているヘッドコーチから学びながら、新しい挑戦をしようと島根に来ました。オフにはアシスタントコーチの野村(慧介)に教えてもらい、パソコンを使った分析も寝る時間を惜しんで勉強しました。時間は短かったですけど、鈴木ヘッドコーチと一緒にやれた経験はシーズン終盤の8連勝に繋がっていると思っています。
「バスケに対する姿勢はトップクラスだから、アシスタントコーチに」
──福岡にいた時から、すごく情熱的で勉強熱心な指導者というイメージでした。その情熱はどこから来ているのですか。
もともとバスケが大好きな子供でしたね。愛知県豊橋市の出身ですが、岡崎市の高校に進みました。残念だったのはバスケ馬鹿すぎたことで、高校1年の終わりには進路を決めなきゃいけなかったんですけど、その時点で大学のバスケを見たことがなかったんですよ。勉強が嫌いだったので進学クラスではなく就職クラスを選んでしまった。今とは違い、インターネットで簡単に見れる時代じゃないんです。高校3年で大学バスケを見て「これはすごい! 面白い!」と思ったんですけど、ウインターカップ予選が終わった後で進路を変えることもできず、「じゃあ愛知県の実業団で一番強いところに行きたいです」と先生に相談しました。
当時はバブルが弾けた後の就職難で、実業団はほとんど採用がなかったのですが、そんな中で今の三遠ネオフェニックスの前身であるOSGフェニックスにたまたまバスケの先輩が行っていた縁で声を掛けてもらいました。こうしてOSGに入ったのですが、そこからが私のバスケ人生の劇的なところで(笑)、4年後に同級生が大学を卒業して入って来るタイミングで中村和雄さんがコーチになったんです。
私の恩師が、中村さんと同じ秋田県出身の同級生で、高校時代から中村さんのことを聞いていたので身近には感じていました。それと同時に無茶苦茶厳しいのも有名でしたから、選手たちはみんなビビってたんですけど、バスケ馬鹿の私は「あの人に教わったら今よりもっと上手くなれる」と思っていました。ところがたった1年で中村さんから「お前のバスケに対する姿勢はトップクラスだから、アシスタントコーチとして手伝ってくれないか」と引導を渡されるんです。正直、ショックでしたよ(笑)。
──それで指導者に転身して45歳の今まで続けていますから、すごい経験ですね。
高卒のコーチは少ないんです。中村さんからは「お前はコーチに向いてない」と散々叱られる日々でしたが、20回怒られて1回ぐらい「お前みたいなコーチがいても面白い」と言われました。中村さんには「学歴は関係ない」とも言っていただき、その言葉にすがり付いて頑張るだけでしたね。コーチとして独り立ちしたのはbjリーグの頃ですけど、学歴に対する劣等感はすごくありました。それでも中村さんの下で毎年のように「もうダメだ」と思いながらも13年か14年やっていましたし、同じぐらいの年齢のコーチには絶対に負けたくない気持ちがありました。
その頃の『バスケ界の高卒』と言えば川村卓也選手で、中学高校と有名なプレーヤーだった彼と無名の私では比べ物にならないですけど、高卒でコーチを目指す子がいるなら、高卒だからとあきらめてほしくない。自分が頑張ることで希望になれればと、bjリーグ時代からずっと思ってきました。若い頃は劣等感もあり、自分を少しでも良く見せたいと変に頑張ってる時期もありました。私の場合、劣等感がモチベーションになっています。今でも負ければ自分がもっと優秀なら勝たせてあげられたと、劣等感に打ちのめされる時もあります。ただ、その劣等感が変なプライドになって、弱みをさらけ出すことができなくならないように気をつけています。
「2年後も3年後も10年後もずっとコーチをやっていたい」
──情熱だけでなく知識欲、といった感じですね。
そうですね。例えばプレーもバスケット用語も新しいものが常に出てきます。コーチよってバスケット用語が違ったりもするし、大学を出てきた選手たちが当たり前に使っている言葉を知らなかったりします。それに対して知ったかぶりもしないし、聞くことを恥ずかしがることもありません。たくさんの知識があるから良いコーチではないんです。その知識を生かすことができるコーチが良いコーチだと思います。学ぶことへの恥ずかしさはまず取っ払わないといけない。自分がより良いコーチになるためなら、そこに若くて優れたコーチがいれば、年齢に関係なくアシスタントコーチになることも私には全然問題ないんです。
──これからBリーグを目指す若い選手、また若いコーチはたくさんいます。その中でもエリートではないけど情熱のある人たちにアドバイスできることはありますか。
ある意味、実力はもちろんですが運も必要な世界です。実力以上に人との出会いを作ることが大事になってきます。でも、その出会いを作る手段もまた努力だと思っていて、努力を継続していれば誰かがどこかで見ていてくれる。そして自分が変わるチャンスをくれる誰かとの出会いが生まれます。私にとってそれが中村和雄さんでした。
「努力をすれば報われる」と選手には言いますが、報われるのがいつかは分かりません。今かもしれないし10年後かも20年後かもしれない。自分で努力と言うのは恥ずかしいんですけど、私は選手の頃、下手なりに努力はずっと続けていました。その努力が選手として報われることはありませんでしたが、コーチをやるようになって報われたとは思っています。選手として芽が出ない中で努力を続けたことで、中村さんと出会うことができました。誰とどこで出会えるのかが大事ですが、努力しなければその機会はやって来ないんです。
──それでは最後に、今後のコーチングキャリアをどのように築いていきたいですか?
来シーズンはもちろん、2年後も3年後も10年後もずっとコーチをやっていたいです。ヘッドコーチができれば一番良くて、それほど素晴らしいことはないんじゃないかと思うんですけど、人生は山あり谷ありですから10年後ももしかしたらアシスタントコーチかもしれないですね。それでもやっぱり生涯現役のつもりで、ずっと向上心を持って勉強し続けていたいし、Bリーグのコートで選手たちと一緒に働いていたいです。
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