被災を通して見えた、プロバスケ選手が担う社会貢献活動(前編)

2016/08/30
Bリーグ&国内
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文・写真=泉誠一

沈痛な思いでコートに立った震災後のアウェーゲーム

「一つ言えることは、自分がバスケットボール選手ということを自覚することができました」

先日行われた「#がんばるばい熊本 熊本地震復興支援 B.LEAGUE チャリティーマッチ」を終えた後の志村雄彦(仙台89ERS)の言葉が心に響く。

今年4月、2度の大きな地震が熊本を襲った。

4月14日の最初の地震時、熊本ヴォルターズは川崎ブレイブサンダースとのアウェーゲームを前に神奈川に滞在していた。翌日の試合は予定通り行われる。しかし、選手やスタッフは試合どころの心境ではない。被災した家族や友人、ホームである益城町への心配が払拭されるわけがなく、集中できないまま75-98と大敗した。

アウェーゲームはもう1試合残っていたが、前日の試合を終えた未明にもう1度大きな揺れが起き、さらに大きな被害に見舞われる。試合は一転して中止となり、水や生活用品など多くの支援物資とともに熊本へ帰ることになった。

熊本に戻ると同時に、選手たちも被災者となった。ニュースでも多くの人々が車の中で避難生活を送っている様子が連日流れたが、小林慎太郎(熊本ヴォルターズ)もその一人となったのだ。

「家の中がグチャグチャで、熊本に戻っても家には帰れなかったです。家は基礎の部分からヒビが入っていたので住むことができず、10日間ほど車中泊をしました」

熊本出身の小林慎太郎は、自らが被災者となりながらも地元の被災地支援に全力を尽くした。これからは熊本ヴォルターズのキャプテンとしてBリーグを戦いながらも支援活動は続けたいと話す。

熊本ヴォルターズの迅速なる復興支援活動

震災によりシーズン最後の試合となったアウェーゲームは、見ている方も対戦相手も苦しいものだった。地震が遭った後なのに、熊本から応援に駆けつけたファンもいた。勇気付けられた小林は、一日も早く戻って熊本の力になりたかった。

「益城町のみんなが食べるものもない状況に対し、物資を持って行ったり、手伝えることはたくさんある。体力がなかったり、物を運べなかったり、歩けない人たちに対し、体力ある僕らがサポートすることはいくらでもあります」

最終戦後にこう話していた小林は、熊本に戻るとすぐさま仲間とともに行動に移した。自分自身の家が大変な状況にもかかわらず、である。

「無事だった祖父の家に熊本ヴォルターズの仲間を集めて、そこに物資を募って一カ所に集中して送ってもらいました。そこから指定避難所になっていないところを回ります。大きな体育館に1000人ほど避難していても指定避難所になっていないところが結構あり、そこには物資が届いていません。水であれば、1日1人1本を分けるにしても1000本が必要なわけです。そこがずっと足りない状況であり、全国の仲間やファンから支援していただいて配っていました。具体的には1日だいたい2トンくらい、トータルで20トンくらいの物資を配っていました」

「幸い、皆さんのご協力のおかげで1日5トンくらいの物資が届いており、配布効率は良かったです。それが落ち着いた後は、チームで炊き出し支援を行ったり、今は家にも住めるようにはなってきたので、バスケットボールの支援に切り替えています。体育館が潰れてしまったので、リングやゴールを支援したりしています。これからシーズンが始まっても、練習と試合の合間にこのような活動は今後も続けていきたいです」