江村優有

江村優有が生まれ育った長崎県を離れ、桜花学園に入学してから3年。1年生の時にはインターハイと国体で優勝し、2年では高校3冠を達成。『自分の代』である3年生は新型コロナウイルスの影響でほとんどの大会がなくなったが、総決算となるウインターカップでは見事に優勝を勝ち取り、有終の美を飾った。1年生の時からポイントガードを任された江村は、桜花学園での3年間を「一言で言えば、濃かったです」と振り返る。この春、江村は早稲田大へと進学する。

「将来は国際的に活躍できるような選手になりたい」

──桜花学園での3年間はどんなものでしたか?

一言で言えば、濃かったです。苦しいと感じたことはそんなになかったですけど、それ以外は本当にたくさんのことを経験させてもらいました。1年の時からポイントガードとしてスタートで出してもらって、競技者として成長できたと自分でも思います。司令塔をやらせてもらったこと、3年ではキャプテンを任せてもらったことで、リーダーシップの部分、人間的な面でも成長できました。

井上(眞一)先生から一番教えてもらったのは、やっぱり人間力の部分だと思います。キャプテンとかポイントガードをやらせてもらって、声を出したりコミュニケーションを取ったり、そういうリーダーシップの部分が自分では一番成長できたと思います。

──4月からは早稲田大に進むそうですね。Wリーグではなく大学を、その中でも早稲田大を選んだ理由を教えてください。

Wリーグは大学でもっとバスケを学んでから行った方が活躍できると思ったし、自分自身が科学的な知識を学びたいという気持ちがありました。将来はWリーグや日本代表でプレーして、国際的に活躍できるような選手になりたいので、そのために自分の身体の仕組みや使い方を理解する必要があると思って、そういうことを勉強して科学的にパフォーマンス向上に繋げたいというところで、早稲田大のスポーツ科学部を選びました。

──最近はアメリカの大学に進む選手もいます。そちらの選択は考えませんでしたか?

お父さんに毎日「ライバルは前の日の自分」と言われていて、前の日の自分を超えられるように成長していくうちに、いろんなことがついてくると思っています。国際的に活躍する選手になるのが目標なので、それが何であっても挑戦できる機会があればどんどん挑戦していきたいです。

──長崎から名古屋に来て、次は東京ですね。大学での抱負を教えてください。

大学でもチームとしては日本一を目指しながら、個人としてはユニバーシアードを目指します。やっぱり私はバスケが大好きなので、その気持ちを大事にして毎日成長していけるようにこれからも頑張っていきます!