ファンにも『メンタルの強さ』を求める戦い方
ナゲッツはクリッパーズとの7試合のうち6試合で2桁リードを許し、残りの1試合も最大23点のリードを5点差まで詰められました。レギュラーシーズン同様にアップダウンを繰り返すジェットコースターのような試合展開、しかもプレーオフになってからの14試合中6試合が『負ければ終わり』の状況で行われており、ファンにとっては心臓に悪い試合の連続となっています。
この状況に対して、あるナゲッツファンは「寿命を縮めるのに最適なのは、酒でもタバコでもなくナゲッツファンになることだ」と表現しています。
1勝3敗からシリーズを逆転した史上12チーム目になったナゲッツは、13チーム目にもなりました。昨シーズンのプレーオフから4シリーズ連続で『GAME7』を戦っており、ひょっとすると14チーム目も15チーム目もナゲッツになるのではないか、とさえ感じさせます。ナゲッツファンはクリッパーズを破った勝利の余韻にひたりながらも、カンファレンスファイナルまでの短い間に心臓を休ませておいた方が良さそうです。
ジャズとのファーストラウンドでドノバン・ミッチェルとの激しい点の取り合いを演じたジャマール・マレーは、クリッパーズとのセミファイナルではケガの影響とカワイ・レナードやポール・ジョージ、パトリック・べバリーの激しいディフェンスの前に思うように得点が取れなくなり、平均得点が9点下がりました。一見するとエースが止められたようにも思えますが、むしろこれぐらいがナゲッツにとっては本来の形であり、シリーズが進むにつれて、『らしさ』が発揮されました。
ナゲッツの強みはマレーとニコラ・ヨキッチがテンポ良くパスを回していくことにあります。自分の得点にこだわらないエースは珍しくありませんが、2年前までのナゲッツはパッシングやオフボールムーブで全員がアタックする戦術を基盤としており、むしろマレーやヨキッチは「もっと個人で攻めろ」と叱咤されていました。
1勝3敗となってから2試合続けての大逆転劇を演じたナゲッツですが、そこではしつこいくらいにパスを回してディフェンスを動かし、相手ディフェンスの穴を利用する緻密な戦略性を発揮しました。エースに頼る形も頼らない形も持っている戦術の多様性は、ドラフト指名した若手を時間をかけて育てるチーム作りの中で培われたものです。
第5戦で試合を決める3ポイントシュートを決めたのは、試合前に「ボールが回らない」と発言していたマイケル・ポーターJr.でした。しかし、外したら批判されるであろう場面でも躊躇せずに打っていくメンタルはチーム全体に共通する強さです。
前半にシュートが決まらなかったポール・ミルサップは後半にインサイドファイトで奮闘し、マークしたレナードに決められたジェレミー・グラントが3ポイントシュートで取り返す。マレーとヨキッチの勝負強さが目立ちますが、個人の戦いでやり返すマインドを全員が持っています。表現を変えれば『やられてからじゃないと、やり返さない』のかもしれません。ファン心理としては安定した強さを求めたくもなりますが、ギリギリになってからの強さがナゲッツの特長なのです。
『GAME7』の最後は我慢の展開となりました。リードしているナゲッツは一つのオフェンスに時間をかけ、ショットクロックギリギリまで攻めないことを選択しました。クリッパーズがシュートを外し続けていたため、一気に得点を奪えば早々に試合を決めることもできたはずですが、時間を消費することを優先するオフェンスはどうしてもタフショットになってしまい、得点は伸びませんでした。
目の前にある勝利をなかなか決められず、ナゲッツファンにとっては心臓に悪かったでしょうが、選手たちは臆することなくノロノロと試合を展開します。時間を使わずにシュートを打つクリッパーズは、ディフェンスばかりを延々とさせられているかのような状況で疲労が蓄積し、最後までリズムが生まれませんでした。
豪華な戦力を誇っていたはずのクリッパーズは、若きナゲッツの老獪な戦い方に巻き込まれ、点差以上に苦しみました。バスケットは『得点』を競うスポーツですが、ナゲッツを相手にすると得点ではなく『メンタルの強さ』を競う戦いに飲み込まれていくように見えます。経験豊富なレナードやジョージもこれに抗うことはできずに次々にシュートを落とし、マレーとヨキッチに主役の座を奪い取られました。我慢強かったのは『GAME7』に慣れているナゲッツだったのです。
この戦い方はファンにも『メンタルの強さ』を求めます。マレーやヨキッチのように『負けたら終わり』の試合で20点差をつけられても『試合を楽しむ』ことができれば、最後には勝利の喜びを爆発させる瞬間が訪れます。この勝利を味わってしまうと、酒やタバコよりもはるかに中毒性が高い。ナゲッツファンはやめられない、というのも分かります。
しかし、もう十分に寿命は縮んだはずで、次こそ4連勝で決めてほしくもなります。たまには老獪さではなく『若い勢い』を感じさせてほしいというのも、ファンの心理としては当然でしょう。