グレッグ・ポポビッチ

『今いる選手でどうやって勝つのか』を突き詰め方針転換

バスケットボールはチーム戦術が重要なスポーツでありながら、個人の才能次第で戦術が大きく変わっていくスポーツでもあります。コーチ陣はチームの核となる選手を中心に戦術を描き、足りない選手をトレードやドラフト、フリーエージェントで集めることで、理想的な戦い方を作り上げていきます。

スパーズのグレッグ・ポポビッチの戦術は『バスケットボールの教科書』とさえ呼ばれ、現アシスタントコーチのティム・ダンカンをドラフトで指名した1997年から22年に渡り勝率5割以上、プレーオフ進出を果たしてきました。しかし、今シーズンは開幕から思うように勝てず、その記録は途切れる寸前まで来ています。

そんな中、4カ月もの中断期間を経て戻って来たのは全く別のチームです。スパーズはシーズン再開後の2試合で、早送りのような高速バスケットに急激に戦術を変えました。

お手本のようだった戦術を捨てたのには、インサイドの要であるラマーカス・オルドリッジが欠場し、足りない選手を補強できない中で『今いる選手でどうやって勝つのか』を突き詰めた結論のように見えます。

成績が落ちた理由はディフェンス力の大幅な低下にありますが、オールディフェンスチームに選ばれたことのあるデジョンテ・マレーなど、個人能力で見劣りするわけではありません。しかし、本来ガードのデマー・デローザンがパワーフォワード登録で出場するようなガード過多のロスター構成では、フィジカルで押し切られるのは明らかです。いくら戦術が優れていても、バランスが悪いチームで『教科書通り』のプレーをして勝てるわけがありません。

適切な距離感を保ったポジショニングから、ペイント内で起点を作り、ディフェンスの状況に応じた鮮やかなボールムーブで完全なフリーを作っていく。そんな徹底されたハーフコートオフェンスこそが『ポポビッチらしさ』であり『スパーズらしさ』でした。それはトランジションでディフェンスの陣形が崩れた『アンストラクチャー』な状況を作っていく現代的な流れとは一線を画すスタイルで、スモールラインナップが流行する中でビッグマンを2人起用していたのも特徴的でした。

それが再開後は、ガードを4人並べた極端なスモールラインナップを使ったラン&ガンスタイルを取り入れ、攻守の切り替えを早くしてアンストラクチャーな状況を作る戦術に切り替えています。とにかくシュートまでが早いだけでなく、従来の5人で作り上げるプレーよりも2、3人で崩すプレーを組み合せ、完全なフリーにならなくても躊躇なくシュートを打ってきます。

極端なスモールボール、一瞬でも空けば打つスタイル

そんなスパーズの変化において、特に分かりやすいのがデリック・ホワイトのプレーです。ボールムーブの中でディフェンスの逆を取ってチャンスを作り出す上手さを封印し、シンプルにオフボールで動き回って、少しでもギャップが生まれればキャッチ&シュートを狙うスタイルに切り替えました。完全なフリーを作るのではなく『一瞬でも空けば打つ』ことを徹底し、ホワイトは中断前に平均2.6本だった3ポイントシュート試投数が、再開後は8.5本まで増えています。

ただ、中断前もオフェンスについては67勝を挙げた2015-16シーズンと変わらぬ効率の良さで、ここまで振り切る必要はなかったとも言えます。現代的なスタイルを超えて『走りまくる戦術』に変更したのはオフェンスの改善よりも、ディフェンス問題の解決策がない中で『走れない選手を置きざりにする』ことを狙ったとも言えます。

中断前は相手に9.4本のオフェンスリバウンドを許していましたが、再開後は5.5本まで減らしており、極端なスモールラインナップは危険な状況を作りながらも、リバウンド強化に繋がっています。特にスターターのセンターであるヤコブ・パートルは細身でパワー負けするものの、ガード並みの豊富な運動量が持ち味。アップテンポな展開では相手センターを置き去りにすることが多く、攻守に参加する回数で差をつけることで数的優位を生み出しています。

スクリメージ(練習試合)の時期には若手のプレータイムを増やして経験を積ませると発言していましたが、出てくる選手はガードの選手ばかり。昨年のドラフトで指名したルカ・サマニッチの出番が少ないなど、発言とは微妙なズレがありました。ポポビッチは『若手の底上げ』を隠れ蓑に戦術の大変革を狙い、勝利への準備を進めていたのです。

再開後の2試合、その効果を最大限に発揮して直接のライバルとなるキングスとグリズリーズに連勝するスタートを切りました。プレーオフに進むためにバランスの取れた従来のやり方を捨てて、極端な戦術に特化してきたスパーズ。ここから強豪との対戦が続く中で、新たなスタイルが通用するのか注目です。