佐野正昭

2020年夏、東京オリンピックは1年延期となったが、チェアマンが交代したBリーグは実質的な『フェイズ2』に入った。新しいプロリーグとして『BREAK THE BORDER』を掲げて急成長したBリーグは、新体制で次の成長を目指す。ただ、それはどこを目標として、どんなアプローチで進められるのか。日本バスケの新たな成長を牽引するキーマンに話を聞いた。外資系コンサルからBリーグへとやって来た佐野正昭は、バスケットボールを応援する企業に向き合いながらその価値を高めようとしている。

「パートナーの経営課題をバスケでどう解決するか」

──まずは佐野さんのこれまでのキャリアから教えてください。

新卒で外資系コンサルティングファームであるアーサー・D・リトルに入り、製造業や飲料、化粧品メーカーの事業戦略やマーケティング戦略をコンサルティングする仕事を11年やりました。そこでお誘いをいただいてバスケの世界に入ってきました。Bリーグの始まるまさにその時、2016年の9月入社です。今までにないアリーナエンタテインメントを作るという話は魅力的だと感じ、「人を探している」という話をうかがった時に、「行きます」と即答しました。

最初はBリーグの経営企画室長として事業計画策定や『B.LEAGUE HOPE』の立ち上げ、 最初はクラブライセンスのマネージャーを担当し、Bマーケティングができるとそちらにも所属して今は経営企画を担当しております。経営企画と言うと聞こえは良いんですけど、基本的には何でも屋です。「ここが課題だ」とか「ここはしっかりやらないと」というところに飛び込んで行くのが私のミッションです。

──Bリーグができた時点からのパートナーは、まだBリーグがどんな価値を提供できるか明確ではない時期に期待値だけでスポンサードを決めました。それから4年間で、新しいスポンサーも増えつつあります。

Bマーケティングにとって『バスケット界のBtoBビジネスの目指すべき姿』は、パートナーの経営課題をバスケを通じて解決することです。昭和ではプロ野球チームのユニフォームの胸に会社名が入っているという広告が、平成ではJリーグの地域密着型のクラブを応援することがスポンサー協賛の価値になってきました。しかし、令和ではテレビでの試合中継が多くなく、メディアやエンタテインメントコンテンツがいろいろな形に広がっている状況において、いかにバスケがパートナーの経営課題を解決できるかがすごく大事になります。

Bリーグのスタート時からご支援くださっているソフトバンク様、富士通様、SME(ソニー・ミュージックエンタテインメント)様は、Bリーグやバスケ界がどうなるかも分からない時に、競技者人口も多いし『SLAM DUNK』があったしNBAはカッコいいし、という期待値でサポートを決めてくださいました。そのサポートがあったからこそ今のBリーグがあり、本当に深く感謝しております。

その時の期待値とは、今まで日本になかったアリーナスポーツ、アリーナエンタテインメントにおいてどのようなビジネスができるかという、Bリーグを実験の場、新規事業的なお考えだったと思っています。ソフトバンク様で言えば動画配信、富士通様であればパブリックビューイングで新しいテクノロジーに対するお客さんの反応を確かめて、今後どういったビジネスができるのか。SME様はこれまで培ったライブ・コンサートのノウハウをスポーツにどのように転用していくか。そういう場としてBリーグを選んでもらえました。その取り組みはまだまだ課題もあり、現時点で大満足という感じではないですが、一緒に解決してより良いものにしていきましょう、という取り組みを日々させていただいております。

Bリーグのスタートから2年か3年で、次のステップとしてANA様、日本郵便様、ハウスメイト様などにBリーグを支援していただいています。ここは各パートナーの経営課題をバスケでどう解決していくかをご提案させていただいております。

「バスケと付き合っていることの満足感を上げる」

──ソフトバンクは放映権を持って『バスケットLIVE』を運営しているので事業として目に見えますが、これが富士通だとどんな取り組みをしているのか分かりづらいです。

富士通様は露出よりも、競技者やファンの方々を対象にIT技術を活用した新しいサービスを構築し、実証した結果に基づいて、他競技や他エンタテインメントに広げていくことが目的になります。富士通さんはソリューションを販売する会社なので、そこで新たなソリューションをバスケを活用することで創出していくことが大事になります。

──これまでの時点で、パートナーの期待にはどれぐらい応えられているのでしょうか。

そういう意味でこの4年間の振り返りとしては、最初から支援いただいているパートナーさんとはまだ試行錯誤を繰り返している状況で、まだまだ我々も努力していかなければいけないのは反省すべきところです。一方で新しいパートナーさんとの関係が少しずつ広がっているのは我々の価値を認めていただいているという点で成功と言えるかと思います。

ソリューションプロバイダーを目指すためには、パートナーの業界の変化に我々もついていく必要があり、ソフトバンク様も富士通様もITの分野はどんどん変わっています。そこで我々も新しい提案をして、バスケと付き合っていることの満足感を上げていかなければいけません。

──この1年か2年でスポンサーは急に増えた印象です。これはパートナーから見たBリーグ自体の価値が上がったのか、佐野さんたちの営業が変わったのか、あるいは時期的にオリンピック前でスポーツ全般が盛り上がっているのか、理由は何でしょうか。

今おっしゃったことすべてだと思います。一つはBリーグを最初の2年間やったことで盛り上がっている感覚を皆さんが持ち、そこに観客の平均年齢が35歳で他のスポーツより若いだとか、観客の約半分が女性だとか、そういう魅力が分かってもらえるようになりました。もう一つは八村塁選手の活躍や、オリンピックを控えたことでバスケットボールへの皆さんの関心が高まったこと。スポーツを通じてビジネスをしたい企業が増える中で「バスケを選んだら面白そうだ」と思っていただけました。

3つ目は我々がBマーケティングという会社を立ち上げたこと。立ち上げの2年は最初からご支援いただいたパートナーにしっかり応えていかないといけなかったのが、ある程度の形ができたことで次のフェーズに取り組めるようになり、エージェンシーとも関係を強め、ソリューションを提案して経営課題の解決を達成しようという方針を進めることができるようになりました。

──昭和のプロ野球、平成のサッカーに対して、令和のバスケが他のスポーツとは違う価値として押し出せるものは何ですか?

まずは先ほども言いましたファン層です。他スポーツに比べて若く、30代前半が中心で20代の方々も多いです。また女性が多いのも特徴です。もう一つはアリーナエンタテインメントのサイズ感、一体感です。野球やサッカーはフィールドが大きいので何か仕掛けても注目してもらうのが難しいのですが、各クラブの試合では5000人前後、リーグが行うファイナルのような試合であれば1万5000人の観客の規模で、試合前、ハーフタイム、タイムアウトにおいても距離の近さ、一体感を利用したファンも楽しめるようなスポンサーアクティベーションが実施できます。

そして我々Bマーケティングは、Bリーグだけでなく日本代表やウインターカップも担っており、パートナーの経営課題に対するソリューションを幅広く打ち出すことができます。加えて言えばリーグとクラブの距離が近く、我々がソリューションを検討する際はクラブの巻き込み、クラブの権益も考慮しています。例えばパートナーがマーケティング的に「この地域を対象にしたい」とのご希望があれば、我々とクラブが連携して一緒にアクティベーションを実施することができます。

佐野正昭

「今の盛り上がりは営業的にはありがたいチャンス」

──では、この先にもっとこうしていきたい、こうあるべきだ、というものは何ですか。一業種一社と考えても、まだ自動車であったり飲料であったり、バスケのパートナーになってほしい企業はたくさんあると思います。

まずはベースとして、バスケファンをもっと増やすことです。Bリーグに若いファンが多く、八村選手のNBAの活躍で盛り上がっているとは言え、野球やサッカーと比べてボリュームはまだまだ足りません。最大のミッションはバスケが好きな人、バスケに関心を持つ人を増やすこと。そしてファンの皆さんとの接点をもっと整備していくことです。例えば『スマチケ』のアプリを使えばファンとのコミュニケーションが取れますが、それは試合に来る人にしか使われていないので、プラットフォームを増やしてサービスも増やし、またファンも増やしてMAU(月間アクティブユーザー)やDAU(1日あたりのアクティブユーザー)を伸ばしていきたいです。

またソフトバンクさんのプラットフォームである『バスケットLIVE』も非常に重要です。試合の入場者数は増えていますが、さらにテレビや配信で『バスケを視聴する文化』を作って接点を増やしていけば、バスケットの価値も上がります。

もう一つはパートナーのスピード感に合わせてソリューションを提案する企画力です。ここはまだまだエージェンシーともディスカッションしながらやっているところで、スポーツ以外のことも学びながら経験値を上げて、パートナーに応えるソリューション力のベースを高めなければいけません。極端な話、10社が「パートナーをやりたい」と手を挙げてくれても、今の我々に対応する力がありません。そこは新規の開拓とソリューションを作っていく計画を立てながら、地に足を着けてやっていきたいです。

──新型コロナウイルスの影響でスポンサーが降りる心配はありませんか?

新シーズンで言えばソフトバンク様を始め、これまでサポートしていただいている企業様にはサポートを続けていただいており、本当に感謝しています。今後を考えるとコロナの影響が業界ごとに異なるので、我々が攻めるべきところを、例えばもう少しデジタルに寄せていくなどの検討は必要だと思います。それでも数社からお声掛けをいただいています。

──来年ちゃんと開催される前提での話になりますが、東京でのオリンピックはバスケファンを増やす千載一遇のチャンスになります。これはスポンサーを増やすという点でも大事ですよね?

スポンサーシップ的にはもちろん大事です。ただ、私はそもそもBリーグに来た時から「オリンピックには出場できないかもしれない」と想定して事業をしてきました。言い方は悪いかもしれませんが、神風に乗るのではなく、しっかり地に足をつけて筋力、体力をつけるべきです。そういう意味ではオリンピックにもあまりとらわれずにやっていくつもりです。

もちろん、このチャンスは大事にしたいですし、いろんな企業にバスケットボールを見て興味を持ってもらいたいです。どのパートナー様も最初のアプローチは「会場に来て、バスケを見てください」でした。そこで盛り上がりを見てもらい、面白さを感じてもらうことで「ここでイベントをやったら盛り上がりそうだよね」と感じてもらえます。少し前だとお声掛けしても「忙しいから行けない」と断られることもありました。それが今のバスケだと「是非見てみたい」となりますから、そういう意味では今の盛り上がりは営業的にはありがたいチャンスです。

──佐野さん個人として、バスケ界に入って4年間仕事をして『楽しい』ですか?

個人的にはコンサル時代からクライアントの課題を解決する『ソリューションプロバイダー』として経営改革、事業改革をサポートしてきました。そういう意味ではスポーツの世界に来たんですけど、スポーツをテーマにコンサルをやっている感じです。楽しいですかと言われると楽しいですが、私はコンサルの時からずっと仕事が楽しいんです(笑)。

──では最後に、普段はスポンサーやパートナーに向き合っている佐野さんから、バスケファンに伝えたいことはありますか?

私がすごく大事にしていることは、パートナーのため、ファンのため、クラブのため、この3つが成り立たないとダメだということです。パートナーのためになることでもファンの皆さんに楽しいと思ってもらえなくては、ブースに来ていただけなかったり、印象に残らなかったりするため、結局はパートナーの満足度に繋がりません。だから我々はファンの皆さんに喜んでもらえるものをパートナーと作っていくというチャレンジをしていきたいです。皆さんがワクワクするような企画をどんどん提供していくつもりなので、是非これからもBリーグに注目してください。