
Bリーグの前チェアマンである大河正明は、2016年に開幕したリーグのさらなる発展を見据え、「まだ体力があるうちに若い人にバトンタッチすべき」と任期を残しての勇退を決断した。オリンピックは1年延期となったが、もともと創設から2020年までの4年間が『フェイズ1』で、ここからの中長期的な発展を目指す『フェイズ2』は後任に託した。新型コロナウイルスでスポーツ界全体が混乱に陥る中、その任を引き受けたのは、千葉ジェッツの経営者として辣腕を振るった島田慎二だ。明確なアイデアと実行力でバスケ界に様々なサプライズを起こしてきた経営者は、Bリーグにどんな未来図を描いているのだろうか。
「事業拡大とプロチームの存在意義」
──これまでも副チェアマンや理事だったりと『外部の人』ではありませんでしたが、クラブの目線からリーグの運営を見て、「ここはよくやっている」、「ここはもっとできるんじゃないか」と感じていた部分はどこか、それぞれ教えてください。
レギュレーションとか規約がJリーグとかなり似通っていますよね。川淵三郎さんが立ち上げ、それを大河さんが形にして、Jリーグというお手本を踏襲したので、Bリーグはあれだけ短期間で進めることができました。そういう意味ではJリーグがあったことはBリーグにとっては非常にありがたいことで、それをベースに大河さんを始め設立メンバーがエネルギッシュに面白いことをやる部分にエネルギーを注ぎ、Bリーグのスタートダッシュの魅力に繋がりました。
とはいえ、それが3年、4年とたつことでサッカーとバスケがミスマッチする部分が見えたり、ルールで変えるべきところがあったり、またバスケでオリジナルの成長戦略があってもいいんじゃないかと感じるようになりました。そこを明確に打ち出したのが、大河さんが昨年春に発表した2026年構想です。どちらかと言うと昇降格をなくす方向で、水準の再設定による成長の加速をしていく考え方です。リーグ創設から何年かたって、それまでアグレッシブに攻めていたフェイズだったのが少しずつクラブの安定経営が見え始めたところで新たな成長路線へと舵を切ったのですが、ここから攻め気をもう一回出そう、という矢先に新型コロナウイルスに見舞われました。
Jリーグを参考にしながら良いところを真似て、アグレッシブにやってきたのは良いところ。そこから道なき道を行くために変化していかなきゃいけない、そこでどこに行くのか少し見えなくなってきたところは戦略としてはっきりしていかなければいけないところだと思います。
──新型コロナウイルスの影響は様々なところで長引きそうで、2026年構想もそのまま進めるわけにはいかないかもしれません。
チェアマンを引き受けるにあたって、大河さんの2026年構想を踏襲するのかしないのかというお話もありました。コロナの影響を鑑みて100%踏襲するわけではないでしょうが、方向性は踏襲していくつもりです。ライセンス制度はこの資金がなければダメだとか赤字は許さないとか、企業努力の源泉となるものが仕組みによって生み出され、その生きるか死ぬかの状況が成長のエンジンになったのは間違いありません。じゃあそれを未来永劫続けていくかと言えばそうじゃなくて、やはりどこかでより価値の高いクラブが集積して、レベルの高いゲーム、レベルの高いアリーナ、そしてメディアバリューも大きくなり露出も増えて、そこで世界基準の選手も出てきて、ビジネスとして大きくなっていく世界観を目指す、そうした再構築の流れは、Bリーグにとってちょうど良いタイミングだと思います。
B1とB2で36、B3も含めるとさらに多くのクラブがあり、多くのクラブがB1を目指す中で昇降格を厳しくしていく方向は、事業拡大はもちろんですが、バスケ界の発展だったりスポーツクラブの地域貢献という観点でいうとリソースがチーム強化に偏りすぎることでネガティブに働くところも見受けられ始めていました。私はスポーツクラブが地方創生に貢献して、地元で愛されてよりエネルギッシュになった各チームの集合体を、リーグとして上手くコントロールして規模を拡大していくことが大切ではないかと思っております。そこでしのぎを削るクラブがたくさんあるのがリーグの価値になります。ただ、事業拡大を目的とした再構築と、日本社会にこれだけのプロバスケットボールクラブがあることの存在意義のバランスをどうコントロールするか、それはあまり描かれてきませんでした。これは私がやっていかなければならないことだと感じています。

「アリーナのサイズだけでなく有効活用を」
──2026年構想でこれから軌道修正を考えていきたいものはありますか?
アリーナの考え方ですね。このコロナ禍においてアリーナのサイズアップをガンガン進めるのが是なのか、そこは再考すべきことかもしれません。リーグ運営にしても代表強化にしても一番難しいのはスケジュールを組むことで、市民体育館の使用から日程の調整もできない問題があります。サイズアップの前に、ある程度は自分たちでアリーナをコントロールしやすい状況を作るのが大事です。1万人とか2万人とか、大きければいいという考えを検討しなければならないと思います。
5000人のアリーナと1万人のアリーナがあって、2000円の単価で満員になったとして売上は1000万円と2000万円です。2倍と考えれば大きいですが、30試合で3億と考えると、チケット収益以外でも賄うことが検討できる数字です。アリーナのスケールに頼らない収益構造を作っていかなければいけない、まさにコロナ禍において考えていかねばならないと思います。
もちろん、1万人のアリーナがすべての試合で満員になれば良いですが、その状況をどこまで作れるか。コロナ禍においてはサイズアップとは別の価値観も追い求めるべきです。コンコースやラウンジなどの顧客体験の価値向上と高付加価値化、またこれまでの入場者数の価値と並行して、視聴者数も大事になってきます。
──アリーナに足を運んでくださる観客に加えて、視聴者も伸ばしていく。ここが一つのポイントになりそうですね。
リアルとバーチャルのハイブリット、そのあたりのテクノロジーは雨風の当たらないアリーナスポーツと親和性が高いので、バスケは当然その強みを生かすべきです。ずっとそう思ってはいたんですけど、そうせざるを得なくなりましたし、そうしないともたない状況になりました。今ソフトバンクさんは相当な投資をして視聴体験をブラッシュアップしてくださっています。そこには満員のアリーナの熱狂という絵面の魅力も大事なので、両方に価値が出てきますよね。
分かりやすい例で言うと、アジアの『テリフィック12』のような試合の視聴者数は、Bリーグの人気対戦カードの何桁も違うぐらいの視聴者数を集めます。公式戦ではなく親善大会だし、会場となるアリーナも決して大きくはないのですが、アジアでの視聴者数が文字通り桁違いで、そこにスポンサーが付くので大盤振る舞いができます。人口の規模も違うし国におけるバスケの地位も違うので一概には比較できませんが、それぐらい破壊力が違います。
日本はファンを集めたり地域で頑張ったり、企業努力ではトップクラスに頑張っていて、このモデル自体が他国に移植できるぐらいです。ただ、このビジネスモデルがスポーツの魅力の源泉であるのは良しとして、それだけじゃもったいないと思います。じゃあ新しいものを追う時に、アリーナのサイズだけを追いかけるのではなく、アリーナの活用や試合の視聴にも重きをおかねばならない。

「大事なのはアリーナが有効活用されること」
──沖縄の新アリーナは間もなく完成しますし、全国のあちこちでアリーナを作る計画が進められています。千葉ジェッツも1万人規模のアリーナを計画しています。
ジェッツが1万人のアリーナを計画できるのは、ほとんどの試合が満員でジェッツの成長がいったん頭打ちになってしまったことが一つありますが、もう一つ大事なのは東京ドームや武道館、横浜アリーナやさいたまスーパーアリーナなど、首都圏でコンサートやコンベンションができる施設の稼働率が高く、東京駅から20分ちょっとで直結する船橋であればバスケだけで考えなくても成り立ちます。バスケだけであれば、あの規模のものは仕掛けていないと思うんですよね。
──なるほど。Bリーグのホームゲームでの使用は最大でも30日で、ポストシーズンなどを合わせても40日。じゃああと325日をどうやって回すんだ、という話ですね。
アリーナがたくさんできるのは良いことです。大事なのはそのアリーナが有効活用されること。民間が作るにしても行政が作るにしても、納得感がないといけない。民間であればジェッツはバスケ以外のビジネスの採算が見込めるからやりますが、ほとんどは行政が作ることになります。税金を投入してアリーナ建設を進めるならば、バスケが何を提供できるのかをこちらも真剣に考えないといけない。ライセンス制度で決まっているから作るのでは、経済状況、社会情勢が良い時代であれば良くても、今は通用しません。我々はバスケがどんな価値を生み出せるかを考え、それを説明できないといけない。それが社会的責任だと思います。
──社会での活用を考えない、箱としてのアリーナの大きさを競うだけのことからは、もう脱却しようという話ですね。
そうなります。その価値がゼロになるわけではありませんが、今までのような価値比重を持つことがなくなるのは明らかです。入場者数にこだわり続けてきた男が言うのもなんですけど(笑)。もちろん、アリーナを満員にするのは大事で、満員じゃなきゃ絵にならないし、お客さんも楽しくない。それでは選手もモチベーションが上がりません。ガラガラのアリーナで演出を頑張っても、選手が良いプレーを見せてもダメで、役者を生かすも殺すも舞台なんです。3000人でも4000人でも満員で、舞台として最高の演出をすることが大事です。
それでも、大事なことは今までと変わっているようで変わっていません。立派なアリーナができるのは良いことだし、お客さんが入って盛り上がっているアリーナは良いものです。ただそこだけにフィーチャーするのではなく、クラブの価値、リーグの価値、スポーツの価値をあらためて多面的に見ていくべきだと思います。