取材・文=鈴木栄一 写真=川崎ブレイブサンダース、『バスケットボールサミット』編集部 提供=バスケットボールサミット

元選手など多くの実力者が集う外国籍選手の中でも、リーグの初年度の得点王、ベスト5、年間MVPに輝いたニック・ファジーカスの実力は圧倒的だ。今季で在籍6年目となるブレイブサンダースの大黒柱に、これまでのキャリアやチームへの思いを語ってもらった。

二軍プレーヤーから州を代表する名選手に

――バスケットボールは小さいころからプレーしていたと聞いていますが、他のスポーツはやっていましたか?

学生時代は様々なスポーツをプレーしていた。アメリカンフットボール、野球、テニス、ゴルフ、アイスホッケーなど、とにかく色々とやっていたね。高校からは部活としてバスケットボールに集中していたけど、それまでは野球も毎年取り組んでいた。投手、一塁手、外野手でプレーしたよ。

――高校時代から今と同じくインサイドの選手でしたか?

高校1年生の時は、身長は192㎝くらいでとても痩せていたんだ。1年目は二軍で3番ポジション(スモールフォワード)だった。2年生から一軍に上がって身長は208㎝になったけど、その時も3番だった。3年生で今と同じインサイドの選手になっても、3ポイントなど外からのシュートをよく打っていた。二軍だと言われた時は少しがっかりしたけど、モチベーションに変えて練習により励んでいたよ。

――異なるポジションでプレーすることは大変ではなかったですか?

ポジションの変更はまったく問題にならなかった。高校以前にガードとしてプレーしていて、その時にボールハンドリングなど色々なスキルを磨き、フットワークも鍛えられていたからね。僕と逆で、小さいころはインサイドだったけれど、年齢を重ねてからガードになるのは難しいと思う。小さい時からインサイドでプレーしていると、ゴール下でレイアップをするくらいしかスキルが得られないし、試合であまりボールに触れられないからね。

――高校では最終的に地元のコロラド州を代表するトップ選手となり、NCAA1部(アメリカ大学バスケの最高峰)のネバダ大学リノ校に進み、4年間主力として活躍しました。大学時代で一番の思い出を教えてください。

名門チームのカンザス大学をアウェーゲームで撃破したこと。NBAの多くのスカウトが見ていた試合でキャリアハイの得点を挙げ、大きな注目を集めたんだ。

――大学で最も成長した部分はどこだったと思いますか。

身体つきだと思う。大学に入る前からスキルは持っていて、ボールを運ぶことや得点することに苦労したことはなかった。ただ、大学でワークアウトに熱心に取り組むことで、より大きく強い身体になれたんだ。

苦難のヨーロッパ時代を経てフィリピンで復活を遂げる

――大学での活躍を経て、NBAドラフト2巡目でダラス・マーベリックスに指名されました。その後ロサンゼルス・クリッパーズでプレーしたのち、NBAから離れ、ヨーロッパに移るという決断をしました。

NBAは5歳のころから憧れていた舞台であり、デビューを果たせたことは自分にとって本当に達成感があった。しかし、だからこそNBAから離れることは大変な決断だった。NBAという大きな夢が、崩れてしまうのだから。当時、22、23歳だった自分は、精神的にも苦しんだよ。プロバスケットボール選手としてキャリアを続けないといけないけど、ヨーロッパでプレーしたくてバスケを始めたわけではなかったからね。アメリカに残って(NBAの育成組織である)Dリーグでプレーする選択肢もあったけど、正直にいって給料が安かったんだ。プロ選手としてもっとお金を稼ぐ必要があったから、Dリーグでプレーして時間を浪費するつもりはなかった。

――ヨーロッパでのプレーを振り返ってもらえますか?

フランス、ベルギーでプレーしたけど、両方ともあまりいい思い出はない。新しい環境に適応するのは大変だった。コーチングの仕方、プレースタイルなどすべてが違い、それに対する準備が自分の中ではできていなかった。また、給与の支払日にお金が振り込まれていなかったこともあった。お金を稼ぐために海外へ行ったのにね(笑)。バスケのスタイルも、よりディフェンシブなもので合わなかった。これで自分のバスケットボール選手のキャリアは終わりかなと感じたこともあったよ。

――ヨーロッパでの苦しい時期を経て、次にフィリピンに行きます。

フィリピンは素晴らしいところだった。ここで自分のキャリアをリニューアルできた。楽しんでプレーできたし、まわりも自分によくしてくれた。そういうこともあって、フィリピンではいい活躍ができたと思う。これがラストチャンスと思って来たフィリピンで、調子を取り戻せたんだ。1万5000人の熱狂的な観客の前でプレーすることで、楽しむ気持ちを取り戻せた。自分のキャリアを次のレベルに進められた。

勝者のメンタリティーをブレイブサンダースに注入

――フィリピンで復活を遂げた後、2012-2013シーズンにはいよいよ当時の東芝ブレイブサンダースに加入します。日本でプレーすることに不安はありませんでしたか?

チャールズ・オバノン、コーリー・バイトレット(ともに元東芝)といった友人たちから日本のことは色々と聞いていた。彼らは日本とヨーロッパの両方でプレーしていて、その上で日本はいいところと言っていたので不安はなかった。東芝は川崎を拠点としていて、東京まで20分ほどでいける。自分にとっていい場所だと思っていた。

――日本にはどのようなイメージがありましたか?

東京はニューヨークのような大都市だと聞いていた。僕はニューヨークが好きなんだよ。ヨーロッパ時代は拠点が小さい街だったので大変なところもあったけれど、東京なら多くの人々がいて英語も通じるし、おいしいレストランもたくさんある。東京は世界でもトップスリーの街だと思う。そして川崎は、東京の近くにあるから最高だよ。

――競技面についてはいかがですか?

実力のある外国人選手がいることは知っていたけれど、リーグのレベルについてはあまり気にしていなかった。どちらにしても日本でプレーすることを決めていたし、どんな環境だろうと自分がベストを尽くすことに変わりはないからね。東芝はアメリカでも色々と製品が売られているし、世界中で知られている大きな会社。お金の心配もないと安心していた。

――あなたが加入する前年、東芝はリーグ最下位でした。そのことは気になったりしませんでしたか?

実は来る前、リーグ最下位だったとは知らなかったんだ(笑)。ただ、自分がどこまで変えていけるかといういいチャレンジだと思った。僕とマドゥ(ジュフ磨々道=昨季引退)、辻(直人)が一緒に加入したし、変えていけると感じていたよ。加入した最初の選手ミーティングで、当時のキャプテンが「ベストを尽くし、去年よりもいい成績を残してプレーオフに行けたらいいね」と言ったんだ。それを聞いたマドゥが、「それは違う。目標はプレーオフじゃなくて優勝だ」と言った。自分も同じで気持ちだった。プレーオフに行くためじゃなく、優勝するために日本に来たんだから。そして自分とマドゥは、いつも「俺たちは優勝をするんだ」と言い続けてきた。そうして、チームの文化も変わっていったと思う。

――加入当時は企業チームで、選手たちは社員選手。今まで所属してきたプロチームとの違いを感じることはありましたか?

チャック(オバノン)からチームについてはいろいろ聞いていたけど、選手が社員であることは知らなかった。彼らと同じ職場の人たちがグループで応援に来たりするのを見るのは、今までにないことでユニークな体験だったね。ただ、企業チームということで、プロフェッショナルなチームという感じはあまりなかった。雰囲気ものんびりしたところはあったと思う。試合の結果が生活に影響するわけではないので、必ず勝たなければいけないという雰囲気はなかったし、負けてもチーム内に緊張感が走るということはなかった。ただ、そんな空気もチームが勝ち続けることで変わっていったと思う。

――チームの雰囲気も変わり、あなたが加入して以降、チームはずっとリーグ上位の成績を残し続けています。

ここ5年間で、ファイナルに4回行っている。唯一ファイナルを逃したのは、僕を含めて複数の選手が故障でプレーできなかったシーズンだ。このままチーム全体がケガなく過ごせれば、今シーズンもまたファイナルに行けると思うよ。メンバーの大半は中堅といった年齢で、まだまだプレーできる。引き続き上位の成績を残し続け、日本の(NBA随一の常勝チームである)サンアントニオ・スパーズと呼ばれるようになりたい。

――中心選手として、リーダーシップの面で意識していることはありますか?

常にリーグのベストプレーヤーになりたいから一生懸命練習している。ただ、自分は言葉でチームを引っ張るというより、普段の行動でみんなにどうあるべきか見せていきたいタイプだ。

愛着のある川崎でできるだけ長くプレーしたい

――Bリーグが誕生し、チームがプロ化したことで、変化を感じる部分はありますか?

プロモーションが良くなり、多くのファンが試合に来るようになった。かつては500人とか、ガラガラの会場でプレーすることもあった。こういったインタビューを受けることもなかったよ。この前の試合では約4000人の観客がやって来て、チケットは売り切れ間近だった。これは自分が来日したころにはなかったことで素晴らしいね。優勝するのがプレーするモチベーションなので観客数が多くても少なくても影響はない。ただ、観客が多い中でのプレーはより楽しいよ。

――チーム名が東芝から、川崎に変わったことによる影響はあると思いますか?

地域への結びつきは強くなり、川崎の人々により知られるようになった。川崎という地域を代表してプレーしている責任感はより意識するようになった。

――チームのPR活動として、駅でのチラシ配りにも参加されました。今までこういう経験はありますか?

大学時代にもやらなかったと思うな。東芝時代にも朝早くから工場でチラシを配ったけれど、寒かったしあんまりよく思ってなかった(笑)。「チラシを配って本当にファンが増えるのかな」って話もしていたしね。でも、昨シーズンから武蔵小杉駅でチラシを配り始めたことで、そこから新しいファンが増えたと思う。1カ月前くらいから、4歳くらいの子どもがマスコットのブレイビーのぬいぐるみを持って、お父さんとよく試合を見に来るようになったんだ。そういう新しいファンが増えてくれると嬉しいね。

――今季でブレイブサンダースに加入して6年目となります。来日した当初、ここまで長く1つのチームに在籍することになると想像したことはありましたか?

最初は、こんなに長くいるとは思わなかった。ただ、桜木ジェイアールは三河で17年プレーしているし、チャックもかつてトヨタで10年間プレーした。たとえNBAでなくても1つのチームに10年いるのは素晴らしいことだと思うよ。

――これからもブレイブサンダースでプレーしたいですか?

第二のジェイアールになれたらいいね。僕は身体能力に依存したプレーヤーではない。スキルがあり、スマートな選手だと思っている。故障することなく、いいコンディションさえ維持できれば40歳になっても高いレベルでプレーできると思っているよ。それに川崎に強い愛着を持っている。チームのみんなと仲良くやっているし、簡単にチームを離れる気持ちにはなれない。今の状況をずっと続けていきたい。

――もし、アメリカから友人が来たら川崎のオススメスポットとして、どこに連れていきたいですか?

「ラゾーナ川崎」や「ラチッタデッラ」といった商業施設は素晴らしいね。食料品から衣料品、スポーツジム、映画館となんでも揃っているから最高だよ。

「第二のニック」を目指す未来のBリーガーへ

――日本での暮らしも長いあなただからこそ聞きたいのですが、日本バスケ界が発展していくためには、何が必要だと思いますか?

Bリーグの試合を見に来ている子どもたちをいかに育てていくかだと思う。22、23歳になってから成長するのは難しい。小さいころから高いレベルのコーチングで育てていくことが大切だ。また、日本は小さいころから1つの競技に絞ってプレーする子どもが多い。しかし、僕は色々なスポーツをやっていたからこそ、色々な体の動かし方や捕球の仕方、フットワークを学ぶことができた。その結果として、いいバスケ選手になれたと思う。また、あるホッケー選手の記事を読んでいて、その通りと思ったことがあったんだ。「他の人と同じ練習をやっていては、自分ならではの武器を作ることはできない」ということ。アメリカでは多くの子どもたちが、ジムに行って1人で練習する。自分で考えて練習するからこそ、得られるものもある。小さいときからコーチは必要だけれども、教えすぎるのは良くない。そうなると創造性が失われてしまうから。

――未来のBリーガーを目指す子どもたちには、どんなアドバイスを送りますか?

毎日練習するというより、楽しみながらプレーしてほしいね。僕は子どものころからハーフコートショットを狙ったりしていて、それはすごく楽しかった。憧れの選手の動きを真似ようとすることも重要だ。そういう試みから、他の子どもとは違うオリジナリティーが磨かれていく。チームと一緒の練習は大事だけど、1人でプレーすることも大切だよ。

――最後にブレイブサンダースのファンへのメッセージをお願いします。

昔からのファン、新しいファン、みんなのサポートに感謝している。みんなの応援が力を与えてくれる。ファンのためにも、ハードワークを続けてこれからも勝つ姿を見せていきたいね。


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