テーブス海はレベルの高いバスケを目指して宇都宮ブレックスへ(前編)「ポイントガードはチームが勝ってこそ」

テーブス海はレベルの高いバスケを目指して宇都宮ブレックスへ(前編)「ポイントガードはチームが勝ってこそ」

2020/01/10

テーブス海

ノースカロライナ大ウィルミントン校(UNCW)でNCAAディビジョン1デビューを飾り、昨シーズンを通して1試合平均30.8分のプレータイムを得て、8.8得点、7.8アシストを記録したテーブス海。彼が大学を辞めてBリーグへの電撃参戦を決め、宇都宮ブレックスと契約を結んだことは大きな衝撃だった。日本バスケの将来を担う21歳は、どんな考えからこの決断に至ったのか。プロ転向を果たして静かに闘志を燃やす彼に、その経緯と思い描く未来図を語ってもらった。

「父が僕にバスケを勧めることはなかった」

──まずはテーブス選手のことを教えてください。お父さんは富士通レッドウェーブでヘッドコーチを務めるBTテーブス、神戸市で生まれ育って、高校の途中からアメリカへ渡りました。バスケ選手としてどう育ってきたのですか?

バスケットを始めたのは小学4年生の時です。その前からサッカーをやっていて、小学校では両方やっていました。本格的にバスケに取り組むようになったのは中学からです。父が僕にバスケを勧めることは一切なくて、『やらされる子供』にしたくない気持ちが強かったようです。サッカーは幼稚園の友達がみんなやっていたので始めました。僕、めっちゃ上手かったんですよ。バスケより才能があったかもしれない(笑)。でも、小4になって友達が休み時間にバスケをやるようになって、小学生にしては背が高かったので「意外とセンスあるぞ」って(笑)。

その頃の父はインターナショナルスクールで体育の先生をやっていました。僕からすると「そう言えば、お父さんは昔プロだったんだよな」ぐらいの認識です。家に帰って「プロだったんだよね?」と聞いたら「そうやで」と答える、みたいな。それで教えてもらうようになったのですが、父がきっかけでバスケをやり始めたわけではありません。最近またその話をしたんですけど、「いずれバスケを選ぶ」と内心では思っていたそうです。

インターナショナルスクールで1年だけ父がコーチ、僕が選手でやっていたのですが、その学校では季節ごとに競技を変えるので1年で多くても3カ月しかバスケができないし、強いチームでもありませんでした。本当に真面目にやるなら日本の公立中学校に行くべきだと、本庄中学校に転校することになりました。そこから京北高校に進み、アメリカに行きました。

──神戸で生まれ育ったのに関西弁とか関西のノリは感じさせませんね?

関西人には分かると思うんですけど、いずれ出てくるんじゃないかと思います。地元に帰ったら関西弁ですよ(笑)。

テーブス海

「アメリカ人はバスケでも何でも競争心が激しい」

──東洋大京北高校では1年から試合に出て頭角を現していました。普通の選手であれば、順調で快適な環境から飛び出そうとは思わないものです。2年の夏にアメリカへ渡ったのは、どういう考えからですか?

自分に行ける一番高いレベルでバスケがしたかったです。その時は京北の先輩の田渡凌くんがアメリカでプレーしていて、毎年夏に帰ってくると練習に顔を出していました。会うたびにすごく成長していると感じたし、話を聞いてみるとやっぱりバスケはアメリカが一番で、自分もそこでやりたいと思うようになりました。

──そこはお父さんの影響があったのかと思ったのですが、違うんですね。

全然ありませんでした。僕が高1の終わりにアメリカに行きたいと頼んだ時、「お前には無理だ」と断られたんです。その半年後にもう一度お願いしました。ディビジョン1の大学でスカラーシップ(奨学金)をもらうには今のうちに行かないとコーチが見てくれない。日本から直接ディビジョン1に行くのは難しいから、今行きたいんだと。2回目で本当にやる気なんだと認めてくれて、「高校から奨学金をもらえれば行かせてやる」ということで、家族でアメリカに行ってトライアウトを受けて、ブリッジトンアカデミーに行くことが決まりました。

その時点でアメリカのバスケットについての知識は大して持っていません。NBAをちょっと見ている以外は何も知らなくて、普通のバスケ好きの高校生と変わりませんでした。ただ、家では英語で話していたので、言葉の問題はありませんでした。今でも英語のほうがコミュニケーションしやすいぐらいだし、漢字は苦手です(笑)。

──言葉の壁がなくても、生活環境やバスケの違いはあったと思います。何が一番大変でしたか?

やっぱりディビジョン1のスカラーシップをもらうのが一番で、そのプレッシャーがありました。そのために何をどうやっていくかの計画を立てる知識も経験もなく、環境も文化も違う中でイチから積み上げていくのは大変でした。それでも、高校生のうちに行ったので順応は早かったと思います。アメリカ人はバスケでも何でも競争心が激しくて、面倒臭いぐらい競争したがります。そこにも慣れて一緒にやるようになりました。

チームメイト2人がルームメイトだったんですけど、同じアパートから練習場までそれぞれ車で行くんです。特に「競争しよう」と言葉にするわけじゃないんですけど、同じ時間に出て誰が一番に着くかを競うんです。もちろん法定速度は守って、誰が一番早く行ける道を知っているか、上手く赤信号をかわすかを競うわけです。最初は僕は全然乗らなかったんですけど、その僕に彼らは勝とうとしてくる。途中からそれに気が付いて、僕も競争するようになって(笑)。

そうしないとバスケが上達しないわけじゃないんですけど、その競争心はバスケに大いに役立ちます。練習場にはホワイトボードがあって、練習メニューが書いてあります。個人練習で毎日誰が何本シュートを決めたかも書かれています。チームの約束として週に1000本打たないといけないんですけど、僕たちは余裕でそれを超えていました。例えば僕が朝一番に練習場に来て400本打って授業に行きます。昼に戻って来ると、ルームメイトの2人のところに「401」って書いてあるんです。「なるほどねー」って(笑)。あんまり変わらなくても俺の方が打ったぞ、ということです。それで僕も2時間ぐらいかけて300本打って、また授業に行って。ロッカールームにあるパソコンを使って夜遅くまで宿題をやって、帰る前にホワイトボードを見ると「1200」とか書いてある。1200って相当な数字ですけど、それぐらい競争していました。

「チームに一番良いシュートを打たせることを優先」

──そうやって練習から意地の張り合いになるのは面白いですね。ポイントガードとしてのプレーの面ではどうでしたか?

僕はずっとポイントガードだと思っていたんですけど、アメリカに行ったら今までやっていたのはポイントガードじゃなかったと気づかされました。チームを引っ張るとか、コーチのバスケットをコートで表すとか、自分のプレーだけじゃなく周囲のことも考えながらチームを勝利に導くことができるか。やっぱりポイントガードはチームが勝ってこそです。

(プレップスクールの強豪)ノースフィールドにいた時、オフシーズンは毎日ピックアップゲームで5対5をやっていたんですけど、コーチが選手のスタッツを記録しているんです。ある日、コーチに自分のスタッツを聞きに行くと「今日は2勝」と言われました。「それは知ってるけど、他のスタッツは?」と聞いたら、「お前は2勝、それだけだ」って。

──得点もアシストも関係なく、チームを勝たせられるかどうかがポイントガードの評価のすべて、ということですね。

そうです。それはアメリカに行って結構早い時期に学びました。チームを勝たせることが一番ですが、ポイントガードとしてはパスファーストで、チームに一番良いシュートを打たせることを優先します。自分がノーマークでも、シーズンを通して40%決めるシューターが隣にいたらパスします。スコアファーストだったらそこで打ちます。以前の僕は自分で打ちに行って、打てなかったらパスしていたんです。今シーズンは結構3ポイントシュートを打ち込んでいて、自分でも打てると思っているんですが、他にもっと良い選択肢があったらパスを出します。それが僕の言うパスファーストだし、その部分で自分がNCAAのディビジョン1でもやっていけると自信を持っています。

──パスには相当な自信があるようですが、それはディビジョン1全体2位となる平均7.7アシストを記録する前から?

そうですね。パスについてはできると思っていました。スタッツは後から気づいて自信になった感じです。

──アメリカでプレーしていた時、自分が日本人だという意識は持っていました。

すごくありました。差別じゃないですけど「アジア人がやれるの?」みたいに見られることは多かったので、どうしても意識しました。やっぱり向こうだとディビジョン1の大学からオファーがあるかどうかが判断基準で、いくら上手い選手でも「こいつまだD1のオファーはもらってないよな」みたいな見方をされます。アジア人だからとナメられているからこそ、ディビジョン1のオファーが絶対に欲しいと思ってやっていました。

──アメリカで4年間バスケをしたことで得られた、一番大事なものは何でしたか?

『一番下にいるのがどういうことか』を知ることができました。日本に残っていたら、自分が一番下になることは多分なかったと思います。でもアメリカに行ったら上手い選手の枠に入れない。それも1カ月や2カ月じゃなく、UNCWのスカラーシップをもらうまでの2年間はずっと一番下でした。そこから抜け出すことがモチベーションになっていましたし、そのモチベーションは今も持ち続けています。

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