青木康平が語るバスケ部時代vol.5「自分の理想とするバスケを追い求めて」

2016/04/08
Bリーグ&国内
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文=鈴木健一郎 写真=ABOVE、H.Shuto 取材協力=ライジング福岡

卓越した技術をベースにした1対1の強さと正確なシュートで、bjリーグ初年度から活躍を続ける青木康平。現役選手でありながら子供たちにバスケを教える普及活動にも熱心な彼が、自身のバスケ部時代と部活生へのアドバイスを語ってくれた。

PROFILE 青木康平(あおき・こうへい)
1980年12月13日生まれ、福岡県出身。ポジションはガード。卓越したボールハンドリング技術で攻撃を組み立て、美しいフォームからのシュートで得点を量産する。2015-16シーズンのbjリーグではフリースロー成功率で首位を独走している。

自分の理想とするバスケを追い求めて

大学時代は、当時のJBLでバスケをしたいと思えなくて、大学を卒業したらバスケを辞めようと思っていたのですが、4年生になってインカレで優勝できました。これが僕にとって初の全国制覇。念願がかなったことで「やはり努力は報われる」と実感すると、バスケを続けたい気持ちが大きくなってきて、「バスケ発祥の地に行かないとバスケは辞められない」と、アメリカに渡りました。

アメリカで良い経験をさせてもらって、日本にいる時はストリートバスケでバスケ界を盛り上げようと活動して、毎年時期が来るとアメリカに行く。そんなことを繰り返している間にbjリーグができて、バスケだけで飯を食いたいと、「これが最後」の気持ちでbjリーグのトライアウトを受けました。それがプロ選手の始まりで、今に至ります。

ストリートバスケ時代の青木康平

僕は現役選手と並行して、『WATCH&C ACADEMY』というスクールで子供たちにバスケを教えています。バスケのプロ選手を育てるのが第一ですが、そうならなくても、ここで得たことを他のスポーツや勉強に生かしたり、人として成長するための活力にしてもらえればいい、という思いでこの活動にも力を入れています。

人が成長する過程に関わることができて、そのツールをバスケが担っている。このことが僕にとってはすごく大事なんです。

結局、プロになっても一流で残っていける選手というのは内面がしっかりしているものです。その部分に子供の頃から触れられるとしたら素晴らしい機会ですよね。バスケを通じてそういったことを感じてもらえれば、と思います。

僕がbjリーグで最初に所属した東京アパッチで、ヘッドコーチのジョー・ブライアントにまず言われたのが、「ポジションは気にするな。ポイントガードとかシューティングガードとか関係なく、青木康平を出せ」という言葉でした。

「良い悪いはこっちで判断するけど、まずはお前という人間のバスケットを見せてくれ」ということです。

もちろん、ポイントガードで、シューティングガードでやるべきことは頭に入っているんですが、それとは別で自分のやりたいプレー、自分の理想とするバスケをやらせてもらった。そのおかげで自分がより出せるようになって、プレーヤーとして成長することができました。これも僕にとってはすごく大きなことです。

バスケをやっている部活生に僕から送るアドバイスがあるとしたら、この「自分を出せ」ということです。自分の理想とするバスケを常に頭に描きながらプレーしてください。

バスケット・グラフィティ/青木康平
vol.1「全国レベルの洗礼、目の前でダンク!」
vol.2「奇跡のメンバーでも全国制覇は果たせず」
vol.3「夜中の駐車場でスキルを磨いた日々」
vol.4「大事なのは、自分に制限を作らないこと」
vol.5「自分の理想とするバスケを追い求めて」